第七十話 盛り上がる……芸術談義!
「こちらが、調理場になっております」
レティーツィアの案内で、ミーアたちは厨房を訪れた。
さすがに侯爵家の厨房だけあって、その広さはなかなかのもの……否、むしろ、それは、下手をすると白月宮殿の厨房にも匹敵する、立派な厨房だった。
「ほう、これはなかなか……素晴らしい厨房ですわ!」
偉そうに腕組みしつつ、ミーアが唸る。その身にまとう雰囲気は……雰囲気だけは、一流料理人のものっぽく思えてしまうミーアである。
「おほめに預かり光栄です。ミーア姫殿下。実は、ここのデザインにも、少し私の意見を取り入れていただいているのです」
レティーツィアは、ちょっぴり恥ずかしげで、でも、少しばかり誇らしげな顔で言った。
「お料理をするなら、やはり、しっかりと設備が整った場所で、と思いまして。そのほうがいろいろと凝ったものができますし」
――そういう凝ったものじゃなくって、普通に簡単なものから作ってくれると、楽なんだけどなぁ……。
などと思いつつ、ダリオは改めて、本日の戦力の確認をする。
まず、意気投合する姉とミーア……は論外。できるだけ、この二人の暴走を抑えることが、今日の成功の必要条件といえるだろう。
その少し離れたところで、イエロームーン公爵令嬢とその友人であるベルという少女が楽しそうに話をしている。戦力になるかは微妙。
――大貴族のご令嬢なんか、あてにはできないし、もう一人のほうは……なんだか、やらかしそうな雰囲気があるんだよなぁ!
セントノエルにいたころから、何度かベルのことを見かけたことがあるダリオだったが……その好奇心にキラッキラ輝く目が、今はなんだか、危ない気がする。
次に、ミーア姫のメイドとルドルフォン辺土伯令嬢が会話をしているのが見えた。
――確か、アンヌ嬢といったか。メイドなんだから一応、料理はできるだろう。ルドルフォン辺土伯令嬢は……どうかな。二人の王子殿下は、うーん……。
会話に興じるアベルとシオン。そんな二人を見ていて、ダリオは、小さく首を傾げる。
――不思議だ……。この二人の王子殿下のほうが、ミーア姫や姉さんなんかより、よほど料理ができそうに見える……。なぜだろう……?
そんなふうにして、ダリオは、なんとか、今日の料理会を無事に乗り切るべく、プランを練っていたのだ。流されつつも、なんとか、最善の結果を掴み取ろうとする。彼の隠された根性……というよりは、切実な自己防衛本能がそれをさせていた。
けれど、そんな彼の、はかなくも懸命な努力をよそに、ミーアたちの暴走は続いていた。
「この窯もとっても大きいですわね。セントノエルのものより大きいのではないかしら?」
「ふふふ、実はそれ、最新の技術を取り入れたパン焼き窯なんですよ。陶器の窯の技術を応用したもので、火力の調節ができて……」
「ほほう! それは素晴らしいですわ。これだけ大きいと、等身大の馬型パンも焼けてしまえそうですわね」
かつて、キースウッドに却下された仔馬サイズのパンのリベンジができるかも!? などと、ミーアが目を輝かせる。
「そう! 以前にお聞きして、とっても興味をもっていたんです。等身大の仔馬型のパン。とっても可愛らしくて、素敵!」
パンッと手を打ち、嬉しそうに笑うレティーツィア。
なんというか……、いわゆる芸術家肌の人と、とっても料理の話が合うミーアなのである。
「ああ、やはり、わかってくれる人はくれるのですわね。あれは、形を作るのがとても大変で……。そう、うちのアンヌも細かな造形に協力してくれましたわ。耳の形などにこだわりをもって……」
などと言えば、レティーツィアは顎に手を当てて……難しい顔をしてから……。
「とてもよくわかります。馬は、耳の形がとても大切ですよね」
わかってしまったらしい。
なにかがズレているはずなのに、奇妙に一致した会話は、加速度を増していく!
「お友だちにクロエさんという方がいるのですけど、その方によると秘境の珍味には……」
「まぁ、そんなものが食べられるのですか? けれど、色味としては、青というのはとても綺麗で面白いかも……。サフィアスさまにも合っているし……」
ツッコミを入れる者は……いなかった!
さらに、さらに!
「あ、でも、肉はやっぱり窯ではなく、熾火で焼いたほうが美味しくなる、です」
口を挟んできたのは、ルドルフォン家のメイド、リオラだった。
「ああ、リオラさんもいらしていたんですのね。心強いですわ……しかし、熾火のほうが美味しいというのは?」
「味が全然違う、です」
腕組みするリオラに、レティーツィアがポンっと手を打った。
「なるほど。その動物が生まれ育った場所の環境で焼いたほうが美味しいものができる、ということかしら? 調味料なども、肉が採れた森のものを使ったほうが味が馴染むとか、そういう……」
それを聞いたリオラは小さく首を傾げたが……、
「……たぶん、そんな感じ、です」
深々と頷いた。
――それ、絶対そんな感じじゃないだろう! っていうか、熾火で焼くのと窯で焼くのとは、そもそも調理法が違うっていうか……そういう焼き加減の話なんじゃないのか!?
我慢できずに、胸の内だけでツッコミを入れるダリオである。
――いやぁ、っていうかサフィアスさま……これを俺一人で止めろって言うのは、ちょっと無茶振りが過ぎるよ……。早く来てくれないと……。
などと、早くも諦め半分のダリオである。
なまじっか料理の経験があるため、目の前で繰り広げられている会話のヤバさが、しっかりわかってしまう分、心が折れるのも早かった。それでも、なんとか、気を取り直し……。
「ええと……とりあえず、下ごしらえから始めるのがいいと思いますよ。姉さん」
頭をかきながら、そんな指示を出す。
――さすがに、野菜を切るだけだったら、変なことにはならないはずだし、シオン、アベルの両王子は刃物の扱いに慣れていそうだ。
そうして、味付けに関しては、言いつけを守りそうな子どもたちに任せて……。
「ふむ、鍋料理であれば……やはり、キノコかしら……」
などと言う、誰かさんのヤバそうな発言は、聞かなかったことにして、ダリオは遠い目をする。
――ああ、マジで早く来てくれないかな、サフィアス義兄さん……。いや、本当に。
援軍の到来を心待ちにするダリオであった。
お姉ちゃんに振り回される弟っていいよね!




