第六十五話 ドヤァッ! イラァッ!
運ばれてきた紅茶。カップを持ち上げて、一口。
選び抜かれた茶葉の鮮烈な香り、濃厚なミルクのコク、ひとさじの砂糖の甘味。
それらが一体となって、ミーアの味蕾を刺激する。
「ふむ……」
さて、今日のお茶請けは……などと、テーブルの上に視線を落とそうとしたところで……。
「あの、ミーア姫殿下、それで、私に話というのは……」
サフィアスが戸惑うような顔で言った。
「ああ、失礼。少し物思いにふけってしまいましたわ」
危うくお茶菓子で本題を忘れかけるミーアである。いかんいかん、と思いつつ、急いで、お茶請けをパクリ。
ちなみに、今日のお茶請けは、王国梨をハチミツに浸けこんだものだった。ねっとりとした舌ざわり。歯で噛みしめれば、柔らかながらも、シュリッと、わずかに残る食感が心地よい。
――ふむ! この梨のハチミツ漬け、いい仕事していますわ。さすがは料理長ですわね!
うんうん、っと満足するミーア。対してサフィアスは……黙って、お茶を嗜んでいた。
最初こそ、迂闊にも声をかけてしまったが、彼はミーアを知る者、食べ物を楽しんでいるミーアの邪魔をするのが危険であることを思い出したのだ。
そうして、ミーアは、お茶菓子を存分に満喫し、糖分を摂取したところで、何事もなかったかのように話し出した。
「ところで、サフィアスさん。アベルから聞きましたけれど、頑張ってくれているみたいですわね。派閥の若い方を集めて、いろいろなさっているとか……」
「ははは、まぁ、今は地固めといったところでしょうか。どうも我が父は、私に皇帝の座を、と考えているようで……。周りの有力貴族たちもその気になっている。それを止めるには、仲間が必要」
それから、サフィアスは、そっと頭を下げた。
「ミーアさまとの盟約に従い、尽力していく所存です」
「ええ。期待しておりますわ」
ミーアは柔らかに微笑みつつ、紅茶を一すすり。上目遣いにサフィアスを観察する。
――ふむ、今のところ、不自然な様子はなし。派閥のことに話を振ってみましたけれど、特に後ろ暗いところはなさそうですわね。
ミーアの知るところ、サフィアスは、あまり腹芸が得意なタイプではない。突かれたくないところを突かれれば、必ず顔に出るわけで……。
――しかし、サフィアスさん本人にその気がなくても、周りに強いられてという可能性は否定できないはず。わたくしのように硬い意思をもって行動できればよろしいのですけど、意外とサフィアスさんは、その時々の流れに流されていきそうですし……。
などと分析するのは、海月戦術の第一人者、ミーアである。
――どのような状況下であっても、跳ねのける不屈の精神力……。それをもっていただくためには、やはり、婚約者のレティーツィアさんの協力が不可欠のような気がしますわね。
っと、その時だった。不意に、サフィアスが表情を曇らせる。
先ほどからずっと観察していたミーアであったから、その変化にはすぐに気がついた。
「あら、どうかなさいましたの? サフィアスさん」
「ああ……ええ。その……」
などと、言いづらそうにしていたサフィアスだったが、意を決した様子で口を開いた。
「レティーツィア……、シューベルト侯爵令嬢と、料理会を開くという噂を耳にしましたが……本当でしょうか?」
その言葉に、ミーアは、スゥッと目を細めた。
――あら……サフィアスさん、なぜ、そのことを知っているのかしら……?
無論、それは、レティーツィアの弟、ダリオ経由でもたらされたものであるのだが……。自らの策を、事前に察知されていたということに、微妙に警戒心を上げるミーアである。
「ええ。その通りですわ。いつぞや、四大公爵家の令嬢たちを集めて、料理会を開きましたわよね? あの時にまたやろうと、約束したのですわ。覚えていらっしゃらないかしら?」
覚えていないはずはないだろう……と言外に訴えるミーアである。
「あ……ああ。ええ……まぁ、覚えておりますが……その、ミーア姫殿下……。もしよろしければ、その……お茶会などに変えることは……?」
「あら? なぜですの、サフィアスさん」
ミーアは、再び、疑わしげな目つきでサフィアスを見つめる。
ただのお茶会と、一緒に協力して作る料理会とでは、仲良くなる度合いが違う。やはり、一緒に料理したほうが仲良くなれるはずなのだ。それをしたくない、ということは……。
――わたくしと、レティーツィアさんとが仲良くなると……なにかまずいことがあるのかしら?
そんなミーアの視線を受けて、サフィアスは若干慌てた様子で……。
「その……まことに心苦しいことなれど、オレ……ではなくって、私の婚約者は、ご存知のように料理の腕前が心もとなく……。せっかくのミーアさま考案のイベントを台無しにしてしまうのではないかと……」
「あら、そんなこと……。なにも心配する必要はございませんわ」
ミーアは、サフィアスの心配を笑い飛ばしてみせた。
「誰しも、初めは上手くいかないものですわ。わたくしだとて、まだまだ未熟者、料理の腕は一人前とは言えませんわ」
そう言ってから、ミーアは優しい笑みを浮かべて……追い詰めにかかる。
「けれど、下手だからといって何もしなければ変わらない。下手だからこそ、料理会を開いて練習する。そうではないかしら?」
至極もっともな正論を吐いて、ドヤァッと笑みを浮かべるミーア。
その顔は見る人が見れば……実に、こう……イラァッ! とする笑みなのであった。




