第六十四話 ミーア姫、探りを入れる
さて、レティーツィアに手紙を出してすぐに、ミーアはパティたちに話をしに行った。
「料理会……?」
怪訝そうな顔で首を傾げるパティに、ミーアは深々と頷く。
「そう、セントノエルでしたようなものですわ」
言ってから、すぐに、ミーアは付け加える。
「お料理の腕を磨くことは、とても意味があることですわ。食とは、わたくしたちに与えられた喜びの最たるものですもの。日々の食事を楽しめない人生は、つまらない……みたいなことが、神聖典に書いてあったはずですわ……確か」
ラフィーナがいないので、やや適当なことを口走るミーアである。が……。
「ともかく、誰かに美味しい料理を作ってあげたい時に、そのための腕前がないというのは不幸なこと。あなたも、いざ作ってあげる機会が得られた時に欲しても遅いですし。未来を予測して動くのが大切ですわ」
それから、ミーアは指を振り振り、偉そうに続ける。
「そう、わたくしも、初めてアベルに作ってあげた時には少し困りましたわ」
……少し?
「あの時のわたくしは、まだまだ未熟者で。アベルが喜ぶようなものを、一人では作ることができなかった。みなの助けが必要でしたわ」
微妙に“そんな私も今は……”みたいなニュアンスが感じられないでもない言い回しなのが、いささか気になるところではあるのだが……。
「相手を喜ばすために心を尽くすことは当然。されど、そのためには、スキルも必要ということですわ。いいですわね」
だから、弟に作ってあげる時のために、今から料理の腕を上げておくのが良いよ、と、主張したいミーアなのである。
……その主張は概ね間違ってはいない。いないが……こう、なんというか、ミーアが偉そうに言っていると、微妙に引っかかる者がいないではないような気がするが……それはさておき。
「あの、ミーアさま、あたしたちも一緒に行っていいんでしょうか?」
不安そうな顔をするヤナ。対照的にキリルは嬉しそうだった。先日のセントノエルでのことが楽しかったと見える。
「問題ありませんわ。あなたたちだって、貴重な戦力ですわ!」
優しい笑顔で、そう言ってあげるミーアである。
ちなみに、子どもたちに関して言えば……勝手にパンを馬の形にしたりしないので、どこかの誰かさんより戦力になるというのは、れっきとした事実であった。お世辞抜きの真実なのであった。
とまぁ、そんなこんなで、子どもたちにも事情を伝え……さらに翌日のこと。
ミーアは、サフィアスを白月宮殿に呼び寄せた。
――手は打ってありますけれど、一応、サフィアスさんに探りを入れることも必要ですわね。
そんなことを思ったためだ。
ちなみにベルによれば、ブルームーン家は、謀反の責任を取らされてお取り潰し。派閥は解体の憂き目に遭うという。
「うーん、変ですねぇ。ブルームーン公爵家と言えば、ミーアお祖母さまの治世を支える大切な存在ですし……」
などと、しきりに首を傾げるベルである。
実際、中央貴族の中には、ミーアが女帝になることに対して、反対の者が数多くいる。そんな不満分子を、ブルームーン家当主としてサフィアスが押さえてくれることは、ルードヴィッヒら女帝派も期待していることだった。
「もちろん、謀反は起こらないと思っていますが、もしも、サフィアスさまが裏切るようなことになれば、我々としても立ち回り方を変える必要があるかもしれません」
あのルードヴィッヒすら、苦々しい顔をするような事態。されど、ミーアは涼しい顔を崩さない。なぜなら、すでに手は打ってある。
――レティーツィアさんを上手く丸め込めばどうということはございませんわ。
確固たる確信を胸に、ミーアはサフィアスがやってくるのを待っていた。
やがて……。
「ミーアさま。ご機嫌麗しゅう」
やって来たサフィアスは普段とまったく変わらぬ様子で、親しげな笑みを浮かべた。
そこに違和感などは、一切なく……否! ミーアの鋭い観察眼は、サフィアスの顔に表れた微かな陰りを見出した。
それに、ミーアを見つめる目に、微妙な不安の色が見え隠れしている。
――あら、あの表情……なにか心配事でもあるのかしら……? ふぅむ、謀反の兆候がまるでない、とは言いきれないということなのか……。ふむむ……。
自らの手紙が、彼の心配事の中心であることなど、夢にも思わぬミーアである。
ミーアは、ニッコリ笑みを浮かべて、
「ご機嫌よう、サフィアスさん。さ、どうぞ。今日は、せっかくですし空中庭園でお茶にしましょうか」
さりげなく、人気のない場所へとサフィアスを誘うミーアである。
白月宮殿の屋上、少し張り出した場所にある空中庭園は、ミーアたち皇帝一族やその身の回りの世話をする者たち、そして、招かれた一部の客以外は、立ち入れない場所だった。
じっくりと探りを入れるには、もってこいの場所と言えるだろう。
――念のために、人払いをしたうえで、ルードヴィッヒはそばに控えさせておりますし……。準備は万端。まずは、話を聞くのが大切ですわね。
懸念点である、日記帳の記述の信ぴょう性について、できれば、はっきりさせておきたいミーアである。
そうして、気合とやる気に満ち溢れたミーアが、着いて早々に放った一言が……。
「ふむ、まずは……紅茶とケーキで心を満たしましょうか……」
いつでも揺らがぬ帝国の叡智の姿なのであった。




