第六十一話 奴の弱点……
ベルの言葉を聞いてから、ミーアは改めて言った。
「どのような事情であれ……サフィアスさんが裏切る。これを基本として、動くことにいたしましょう」
ルードヴィッヒがよこした情報に間違いなし。
それは、前の時間軸の経験に基づく、ミーアの結論だった。
ミーアの決定に、最初に声を上げたのは慧馬だった。
「ということは……戦術の基本は機先を制すること。相手が裏切る前に、捕らえるか、殺してしまうかする、ということだな!」
などと、意気上がる慧馬である。が……ミーアは、それには賛同しかねた。
基本的に乱暴なことが、あまり好きではないミーアであるが、それ以上に……その……慧馬には、戦略的なことも政治的なことも、そこまで期待していないミーアである。
乗馬以外のことでは、慧馬に対して、微妙にイエスマンになりきれないミーアなのである。
人には向き不向きがあるし……。
そして、ミーアの判断の正しさは、帝国の叡智の知恵袋によって、証明された。
ルードヴィッヒが待ったをかけたのだ。
「いや、それは悪手だ。そもそも、まだ裏切っていない者を処罰した、などということになれば間違いなく、彼らの好餌になってしまう。あの、蛇たちの……」
それから、ルードヴィッヒは小さく唸る。
「第一、ミーアさまへの支持を表明しているサフィアス殿に、ミーアさま自身が危害を加えたりしたら、それこそ、ブルームーン派が蜂起するきっかけにもなりかねない」
「そうだね。ボクも反対だ。サフィアス殿は、本気でミーアに支持を表明している。信義に反することをすべきではないと思う。それに……個人的には、サフィアス殿を……友を信じたいと思う」
賛意を表したアベル。その真剣な顔に、ミーアは思わず、ドキッとする。
――ああ……友人のために必死になれるアベル……いいですわね! 実にいい!
などと、黄色い歓声を心の中で上げていると、それに応えたわけではないと思うが、黄月の姫君が口を開いた。
「でも、機先を制する、というのは大切なことだと、リーナは思います」
シュトリナは、頬に手を当てて、小さく首を傾げながら……。
「おそらく、蛇ならば、サフィアスさんが蜂起した時点で、どう転んでも攻撃を仕掛けてきて、ブルームーン派とミーアさまとの分断を図るはず。処罰したら処罰したで、正しく処罰しなかったなら、処罰しなかったで……責めてくる。今、サフィアスさんが蜂起するという情報を事前に掴んでいる、こちらにアドバンテージがある状態で動くことが大切だと、リーナは思います」
――ふむ、蛇の第一人者がそう言うのであれば、やはり、そうなのでしょうね……。とすると……。
ミーアは、ベルのほうに視線を向けて、
「ちなみに、ベル。サフィアスさんが謀反を、と言っておりましたけれど、具体的にはなにをいたしますの?」
「はい。ええと、食糧輸送部隊に対する攻撃と流通の混乱を引き起こします。それによって、ミーアお祖母さまの評判を落とそうという作戦だったみたいです。かなり、用意周到に計画されていたみたいで……」
「用意……周到……。ふぅむ……」
それは、なんとなくサフィアスには似合わないような言葉に思えたが……。
――いえ、そういえば、生徒会長選挙の時には、いろいろ暗躍しようと持ち掛けられましたっけ……。
そう考えると、きっちり準備し、根回しをする、というのはサフィアスの気質に合った行動かもしれない。
さて、それを防ぐためには、どうすべきか……。
ミーアは考える……ふりをして、他の者の意見を待つことにする。
「用意周到な準備ということは、思い付きで行動したわけではない。以前から計画を練っていたか、もしくは……」
難しい顔で腕組みするルードヴィッヒ。その言葉を継いで……。
「計画を練っていた者は他にいて、サフィアス殿がそれに乗ったということ……かな」
あくまでも、サフィアスを擁護する構えのアベルであった。
ミーアは、大きく頷き、
「わたくしはアベルの言葉を信じますわ。わたくしも、盟約を交わしたサフィアスさんが、裏切るとは思えませんもの。もちろん、リーナさんも、エメラルダさんも、ルヴィさんもですけど……」
それは、ミーアの個人的な感傷と言うわけでもなかった。
事実として、サフィアスが裏切るなどという未来は、今までには存在していなかったのだ。
――ベルの慌てようから考えるに、このような展開は、ベルの知る未来にはなかったはず……となれば、なにか、新しい要因が影響して、このような事態になった、ということですのね。気になりますわね……。
今朝のパンとバターが美味しかったから、ミーアの脳みその働きは悪くなかった。
難しい顔で、ミーアは唸る。
ベルの歴史と『現状』の大きな違いは、パティの存在であるが……。さて……、それがなにか関係あるのか……。
ミーアは考える。考え……考えて……。
考えることを諦める!
「まぁ、ともかく、行動しなければなりませんわ。サフィアスさんがどうして裏切るのかは知りませんけれど……。弱点ならばわかっておりますし、大きな問題はありませんわね」
そう言い切ったミーアに、みなの驚きの視線が集まる。
「ミーアさま、なにか、お考えが……?」
代表して尋ねてきたルードヴィッヒに、ミーアはニンマーリと笑みを浮かべて。
「ええ、もちろんですわ……奴の弱点は、重々承知しておりますもの。ふっふっふ……。あ、アンヌ。申し訳ありませんけど、お手紙を書く用意をしてくださらないかしら?」
「はい。かしこまりました。ミーアさま」
準備が整うと、ミーアは早速、手紙を書き始めた。
あて先は、シューベルト侯爵家の令嬢、レティーツィア。サフィアスの愛しの婚約者に向けてだった。
キャラメモ
レティーツィア・シューベルト侯爵令嬢
サフィアスの婚約者の少女。サフィアスと同い年。
弟はサフィアスの従者をしていたダリオ。