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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第六部 馬夏(まなつ)の青星夜(よ)の満月夢(ゆめ)
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第五十四話 カミカイヒ、直撃す

「ミーアさま!」

 会場内が騒然とする中、アンヌが小走りにやってきた。

「あら、アンヌ。うふふ、どうでした? わたくしの、ホースダンスは」

 東風から降りたミーアは、ニッコリ微笑みつつ聞くが……。

「それよりも、お怪我は本当にありませんか?」

 アンヌは心配そうな顔で、ミーアの身体を見て回った。

「ええ。なにも問題はございませんわ」

「そうですか……よかった。あ、こちらをどうぞ」

 そう言ってアンヌが差し出してきたのは、月雫レモンティーの入った水筒だった。

「あら、ありがとう」

 早速、水筒に口を付けたミーアは、口の中に広がった風味に、思わず、ほふぅっと息を吐く。

 舌の上に感じる果実の酸味、紅茶の芳しい香りが、なんとも心地よい。喉を潤す感覚は、熱すぎず、冷たすぎず、ちょうど良かった。

「ふふふ、さすがアンヌですわ。とっても美味しい」

 笑みを浮かべるミーア。アンヌは、嬉しそうに微笑み返してから、不意に黙り込み……。

「本当に、ご無事でホッとしました。あの……ところでミーアさま? つかぬことをお聞きしますが……今回の風は、わざとではありませんよね?」

「はて……? わざと……とは?」

 きょっとーんと不思議そうに首を傾げるミーアに、アンヌはとても真剣な顔で言った。

「あの風はミーアさまが起こされたものだったとか、そんなことはありませんよね? あるいは、あの風が吹くことを予想していた、とか……」

「……な、なぜ、そのような話に?」

 一瞬、混乱してしまうミーアだったが……。

「ミーアさまは天を操る、と騎馬王国の人たちが言っていました」

「ああ……」

 確かに、何人かの方たちは言いそうですわ! などと納得しつつも、ミーアは思わず眉をひそめて……。

「そのような力、わたくしにはございませんわ。あの風も完全に想定外のことでしたもの」

 きちんと否定しておく。なにしろ、アンヌの妹は、エリスである。あの、ミーア皇女伝をこの世に生みだしたエリスなのである。

 こんな話を聞かれたら、どんなことになるか……想像するだけで寒気がするミーアである。

「本当に……?」

「ええ! もちろんですわ。わたくしには、そのような力はございませんわ」

 断言してやると、アンヌは、ホッと胸に手を当てて……。

「そう……ですか……良かった」

「はて? 良かったとは……どういうことですの?」

 そう問いかければ、アンヌは、極めて真面目な顔で、

「もしも、わざとだったら文句を言っているところです。危ないことをして、心配かけないでください! って……」

「まぁ、アンヌ。あのような風を起こす力を持つわたくしに諫言とは……なかなかに命知らずの蛮勇ですわね」

 冗談めかして言うミーアに、アンヌは小さく首を振った。

「たとえミーアさまが天を操る魔法が使えたとしても、それを悪用しないって、私は信じてますから。私が怖いのは、ミーアさまがそれを使って、ご自分を危険な目に遭わすような、無茶をなさることだけです。だから、ミーアさまをお諫めすることを躊躇うことなんか、あり得ません」

「アンヌ……」

 忠臣の小動(ゆるぎ)もしない信頼に、思わず感動するミーアである。

「ミーア!」

 アンヌに続いて、アベルがやってきた。走ってきたのか、その顔にはほんのり朱が差していた。

「あら、アベル。どうしましたの? そんなに慌てて……」

「いや、その……」

 アベルは、ミーアの顔を見て、一瞬、ホッと安堵の笑みを浮かべてから、

「怪我がないか心配だったから……。少し抜け出して様子を見に来たんだ」

「まぁ、あなたもですの?」

 うふふ、っとおかしそうに笑ってから、ミーアは、その場でくるりん、っとターンして見せる。

「ほら、この通り、なにも問題ありませんわ。バノスさんが守ってくださいましたし……」

「そうか……。いや、見ていれば問題ない、とはわかっていたのだが……」

 アベルは小さくため息を吐き、

「どうも、ダメだな……君のことになると、大丈夫だとわかっていても、冷静ではいられなくなる……」

 自嘲するように笑った。

「まぁ! アベル……」

 ちょっぴり大人びてきたアベルが、ものすごーく真剣に自分のことを心配してくれている……そう考えただけで、頬がちょっぴり熱くなってくる。喉もカラカラに乾いてきて、上手く言葉が出ない。

 実になんとも、恋する乙女なミーアなのであった。


 さて、二人の会話が終わるのを待ち受けていたかのように、今度はルードヴィッヒが近づいてきた。会の進行を委ねられている彼は、ごくごく真面目な口調で告げた。

「失礼いたします。ミーアさま、この後、閉会のご挨拶をしていただきたく思うのですが……」

「ああ。そうでしたわね」

 それから、ミーアは空を見て……。

「風も強くなってきているようですし、早めに閉じなければなりませんわね」

 観覧席のほうに向かおうとしてから、ふと、ミーアは思った。

 ――レッドムーン公の怒りは……鎮まったかしら……?

 目を凝らしても、ここからではよく見えないが……つい先ほど、顔が赤くなるほど怒っていたマンサーナである。ミーア自身に対してではないとはいえ……今すぐに近くに行くのは、少々気が引けて……。

「……ふむ、そうですわね。では、今日の会に相応しく、馬に乗り、会場を走りながら終わりの挨拶をすることにいたしましょうか……」

 っと、そこで、ミーアは良いことを思いつく。

 ――あ、そうですわ。レッドムーン公のご機嫌取りのために、最後の挨拶は、夕兎に乗りながらさせていただくというのはどうかしら……。

 仕方がなかったとはいえ、レッドムーン家の良馬を、完膚なきまでに負かしてしまったのだ。少しフォローが必要かもしれない。

 ――それに、あの子も蛍雷に負けてへこんでいるかもしれませんし、ここは、名誉挽回のために目立つ機会を用意してあげて……。

「馬に……? それは……先ほどのアクシデントで怪我などがなかったことを、みなに明らかにするため、でしょうか?」

「え? ああ……ええ。まぁ……それもございますわね。うん」

 アンヌとアベルが心配で駆け寄ってきたぐらいだ。他にも、心配に思っている者があるかもしれない。

 腕組みしつつ、うんうん、っと頷くミーアに、唐突に、ルードヴィッヒが頭を下げた。

「申し訳ありません。ミーアさま……。あの障害物を作らせた私のミスです」

「あら? 無理に責任を背負いこもうとするなんて、あなたらしくありませんわよ、ルードヴィッヒ」

 ちょっぴりへこんだ様子のルードヴィッヒに、ミーアは穏やかに微笑みを向ける。

「あれは、誰のせいでもありませんわ」

 きちんと言っておく。

 もしも、ルードヴィッヒが、今回のことをきっかけに過剰に自重するようなことがあっては、いろいろなことに支障が出る。

 彼には元気はつらつ、やる気を持って職務を全うしてもらわなければ困るのだ。

「このように、急に風が吹いてくることなんて、誰にも予想がつかなかった……わたくし自身にだって、予想がつきませんでしたわ」

 自分にもわからなかったんだよぅ、ということを、抜け目なく付け足しておく。

 ルードヴィッヒはそんなことないだろうなぁ、とは思うものの、万が一、アンヌのような疑いを持ったら大変だ。

 あの風がミーアのせいだったり、ミーアに予想できるものであったりした場合、最悪、ミーアのせいで、ルードヴィッヒの落ち度を作ってしまいかねなかったわけで。

 しっかりと否定しておく必要があったのだ。

「ミーアさまにも……おわかりにならなかったと……?」

「ええ。もちろんですわ」

 そう言っても、ルードヴィッヒは、まだ難しい顔をしていた。

 ゆえに、ダメ押しとばかりに、ミーアは言っておく。

「わたくしたち人間は……風がいつ吹くのか、まったくわからないもにょ……」

“わからないものではないかしら”と言おうとしたミーアであったが……久しぶりに噛んだ。

 アベルとのやり取りで緊張してしまい、口の中がカラカラになっていたのが原因だ。アンヌのレモンティーを飲むのが足りなかったのだ!

 このまま「ではないかしら」と続けた場合「でゅえはにゃいかしら?」などと、ちょっぴり情けない姿を晒しそうな気がする。

 ダメ押しの……決めるべき場面でのしくじりを避けたいミーアは、脳内で刹那の軌道修正。噛まなそうな箇所まで言葉を飛ばした。すなわち!

「……かしら?」

 舌をあまり使わずに良いところまで一気にジャンプ! 幸い、そちらは噛まずに済んだが……。

 ――くぅ、肝心なところで噛むとは、我ながら不覚ですわ!

 っと若干渋い顔をしつつ、誤魔化せたかなぁ? などと、ルードヴィッヒの顔を見つめる。

 ルードヴィッヒは、ミーアの言葉をジッと静かに聞いていたが……やがては、何事か感じ入った様子で頷いて……

「ミーアさまのお心、よく……わかりました」

 短く言って、深々と頭を下げた。

 どうやら、納得してくれたらしいルードヴィッヒに、安堵しつつ、ミーアは夕兎のほうに向かった。


「わたくしたち人間は……風がいつ吹くのか、本当にわからないもにょ……かしら?」

 ルードヴィッヒは、投げかけられた言葉に、戦慄を覚えていた。

「本当にわからないものかしら?」

 この問いかけは、ただの問いにあらず。それは、修辞表現が施された疑問形……すなわち、反語ではないだろうか? とルードヴィッヒは考えたからだ。

「本当にわからないものかしら?」

 その後には、きっとこのような言葉が続いたのではないだろうか。すなわち、

「本当にわからないものかしら? 否、そんなはずがありませんわ……」

 っと。

 なるほど、ミーアは確かに、今回のルードヴィッヒの失態を咎めない。ルードヴィッヒが風が吹くことを予想できなかったのは、仕方のないことだと思っているからだ。

 されど……そのうえで、ミーアは問いかけてきたのだ。

 “本当に、わからないものと思っているのか?”と。そして、

 “いつまでも、このままでいいのか?”とも。

 ――そうだ……そもそも、最近の小麦の不作も、寒波のせいで引き起こされているもの。我ら人間は、明日の天気すら知ることはできない。不覚にもそう思っていた……。だが……。

 ミーアは示したのではなかったか?

 数年後の冷夏を。それに伴う小麦の不作と飢饉の発生を。

 だからこそ、備えることができたのではなかったか?

 ――ミーアさまがいる間は良い。けれど、ミーアさま亡き後の帝国、未来の帝国を生きる者たちが、天の気まぐれに翻弄され、飢饉に苦しむようなことがないようにしろ、と……ミーアさまは言っておられるのではないか?

 いつ風が吹くか、明日の天気はどうか? 

 それを完璧に予測することはできないにしても、限りなく精度を上げることはできるのではないか?

 そのためにどうすれば良いか……。腕組みし、真剣な顔で考え込むルードヴィッヒであった。


 さて……まぁ、これはまったくもって関係のない話ではあるのだが……。

 この数年後、聖ミーア学園に二つの学科が新設されることとなった。

 一つはミーアが着想を得た馬の知識を学ぶ総合馬類研究学科。そしてもう一つは、気象を研究する学科である。

 この二つの学科はそれぞれ、ミーアネットの輸送部門と、農業技術開発部門に、多大な貢献を果たしていくことになるのだが……。

 まぁ、それは、完全なる余談なのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 力ミカ化(りきみかばけ)……意味不明、ボケきれないorz 「あら? 週明けの関東は強い北風じゃないかしら? 雪も積もるかもしれないですわね」 という学科ですね(?) 木曜は拍子抜けレベルで…
[良い点] 周囲のメガネの曇り度数はそろそろ計測不能の領域ですね! (注意)かなり前からであります 馬だけでなく気象の学科もできちゃう!(∩´∀`)∩ワーイ [一言] 大学生の時、一般教養の授業で 大…
[一言] アンヌがミーアと絡むと癒される そして安定して曇っているルードヴィッヒのメガネw だがそんなルードヴィッヒが好き
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