第五十二話 ミーア姫はダンス上手!
大きく息を吐き、思い切り吸って……。
ミーアは東風に指示を出した。
「派手にやってやりますわよ、東風。蛍雷と慧馬さんに、負けないようにお願いいたしますわね」
ミーアの声に、東風は、ぶるるーふと鼻を鳴らして答える。ミーアが手綱をキュッと短く持った瞬間、東風が静かに駆けだした。
それほど急ぐ必要もない。ミーアは東風が作る心地よい三拍子に身を委ねつつ、会場に視線をやる。
――ふむ、どうやら、こちらに意識を誘導することには成功しているみたいですけど……。
問題はこの後……。きちんと、演技が終えられるかどうかだ。視線を集めたうえで、失敗して途中で演技が止まってしまう、など赤っ恥もいいところである。
アベルの前で、無様な真似は出来ぬ、と大いに気合が入るミーアである。
そうして、まず、向かった先は、レッドムーン公の私兵団のすぐ前に置かれた障害物だ。その数は二つ。連続ジャンプをすることになる。
不意に東風の足のペースが変わる。綺麗な四拍子。それに合わせ、ミーアは腕と膝を使いリズムを重ねる。
障害物は、こうして見ると、なかなかに高い。されど、ミーアの心に恐れはない。
――変に怖がると、それが馬に伝わってしまいますし……。そもそも馬が怪我をしないよう、簡単に倒れる軽い障害物なわけですし……。
実際にミーアも練習の時に持ち上げてみたが、ミーアでも持ち上げられるほどに軽く、また、もろく作ってある。仮にミーアが頭からぶつかっても、怪我をするようなものではないわけで……。
ゆえに、ミーアはただただ、東風の動きにのみ集中する。
――集中ですわ。集中。どうせ、跳ぶのはわたくしではありませんし、ここは、東風に気持ちよく跳んでもらえるように、邪魔しないようにしなければなりませんわ。
歩調の変化に合わせ、体を揺らす。それはさながら、波間に漂う海月のごとく……自然に東風に身を委ねる。
近づく障害物を前に、ミーアはグッと鐙を踏み、体を前傾姿勢に。お尻が軽く浮いたところで、ぶわわっと東風の身体が飛んだ。
東風の重心と自身のそれを完全に一致させつつ着地。膝と腰を使って、衝撃を殺しつつ、次の障害物へ。
再びのジャンプ!
その二度のジャンプは意外なことに、お手本のように美しいものだった。意外なことに!
そうなのだ、昨今のミーアの乗馬の腕前は、かなりのレベルに到達しているのだ。
もはや、小馬姫などと、小馬鹿にすることなどできない。ミーアはすでに小馬姫を越えた乗り手、いわゆる、超・小馬姫と呼んでも過言ではない実力を持っているのだ。スーパーポニプリミーアなのである。
……スーパープニプニミーアではない。念のため。
そうして、二つ目の障害物を飛び越えたところで、驚くべき出来事が起きた。
ミーアが……あの、海月式馬術の権威たる、あのミーアが……なんと、
「東風、そこで、ぐるり、ですわ!」
自ら指示を出したのだ! それは実に画期的な光景だった。
そうなのだ、乗馬に関して馬にすべてを委ねるミーアではあるのだが、ダンスに関しては話が変わってくる。なにしろ、ミーアの唯一と言っても良い特技がダンスなのだ。
ミーアは、ダンスパートナーに心地よく躍らせる術はもちろん、自分たちのダンスを周りに魅せる術をも、フワッと感覚で理解しているのだ。
レッドムーン私兵団の者たちに、自らの愛馬を紹介するように、小さな円を描いて一回転。それから、ゆっくりと、彼らの目の前を悠々と横切っていく。
それを見て、レッドムーン私兵団の中からも、ほう! っと感心したようなため息がこぼれる。
次に、ミーアと東風が向かったのは、皇女専属近衛隊のほうだった。
ミーアが近づくにつれて、うおおおっ! と歓声のようなものが轟いた。皇女専属近衛隊の中でのミーアの人気は高いのだ。
「東風、そこで……」
ミーアが声をかけると、東風の耳がぴくぴくっと動いた。ミーアが手綱を再び短く持って身構えると、東風は、ぶひひぃんっ! と高々と嘶き、前足を大きく上げた。
「おおおっ!」
っと、歓声を上げる皇女専属近衛隊の面々。それに片手を上げて応えながら、
「いきますわよ。はいよー! とうふー!」
ミーアの声に応え、東風が再び加速。障害物の前で、高々とジャンプ。着地。ジャンプっ!
ふんぬっ! と気合を入れつつ両脚と腰でバランスを取り、ミーアは美しい姿勢を維持する。
ダンスと名がつくもので、無様な真似はできない。
ミーアにだって、意地がないわけではないのだ。一応は。
無事に着地した東風にその場でもう一度、一回転させて、ミーアは手を挙げる。
「おおおおっ!」
と、再びの歓声。
それを聞き、ミーアはようやく自身の誤解に気が付いた。
そうなのだ、ミーアは別に、自らの力で慧馬を上回る波を作り出す必要などなかったのだ。
――そうですわ。わたくしは……慧馬さんが作った波に上手く乗って、それなりにやり過ごせばよかったのですわ!
今の観客は、慧馬によってとても盛り上がりやすい状態にされているのだ。そんなチョロい観客を熱狂させることなど、わけもないこと!
「さて、仕上げですわ。東風。しっかり、レッドムーン公の視線を惹いて差し上げますわ」
馬首を翻し、目指すは、観覧席前に設置された障害物。
今までと同じように、真っ直ぐに向かって駈け出した。
そんなミーアたちの背中を押すように、風は……少しずつ、強さを増していた。




