第四十五話 帝国の叡智は乗馬を知り尽くしている
さて、ルヴィに偉そうな説教を垂れた後、ミーアは急いで仮設の幕屋へと急いだ。そこで乗馬服に着替えるためだ。
それは、ホースダンスに合わせて新調した、ちょっぴり派手目のものだった。
ふさふさの羽が付いた半月形の帽子、身にまとうのはレムノ王国の軍服にも似た青色を基調とした服だった。その上からまとう赤いマントは、かつて選挙で用いた自らのカラーだからか、はたまた、レッドムーン公爵への配慮か。
最後に、アベルに買ってもらった靴をきちんと履いて、姿見で確認。
「ふむ、いい感じですわ!」
っと、満足げに頷き、競技場へと戻る。
戻ってきたミーアの姿を確認したルードヴィッヒによって、競技の再開が告げられる。
次なる競技はチーム戦。四頭の馬をリレー形式に走らせ、伝令を届けさせるものだった。
最初の騎馬が一周、二番目が二周、三番目が三周と、徐々に長くなる距離を走り、命令書を渡していく。四番目の騎馬が最終走者となり、四周を駆け抜けることとなる。
ちなみに、コースの一周は千五百mであり、四周、六千mともなれば……ミーアが全力で走っても半日はかかりそうな距離になる。
いや、というか、そんな距離走ることは、ミーアには不可能なわけで……。
――あれだけの長距離を走り続けられる馬というのは、やはり素晴らしい存在ですわ。大切にしなければなりませんわね。うん……。
愛馬精神を新たにするミーアであった。天馬姫ミーアは、翼を持たぬ凡百の馬をも愛でるのである。
――しかし、何番目に走るかで大変さが変わるとは。あれを見ていると、こう……ついつい、我が事のように思えてきてしまいますわね。
長きティアムーン帝国の歴史……。その中で、幾人の皇女が安穏とした人生を過ごしてきたことだろうか?
あと二代か三代前に生まれていれば、このような苦労をすることなく生きていられたはずなのに……などと考えると、悔しくもなろうというものである。
――ぐぬぬ、生まれる時代を間違えたのですわね。できれば、あの最初の馬に生まれたかったですわ。一番、距離が短くて楽な馬が良かった……。
そうすれば、このように苦労をすることもなく、悠々自適にベッドの上で過ごせたはず。手を叩けばケーキが出てきて、それで……。
「ミーアさま、どうかなさいましたか?」
ふと見れば、アンヌが心配そうな顔をしていた。それを見て、ミーアはハッと我に返る。
――ケーキが出てきて……そう、ですわね。わたくしが、もっと早くに生まれてきていれば、アンヌにケーキを放り投げられることもなかったですわね。
そうしてミーアは、思わず苦笑する。
――ああ、そうですわ……。この時代に生まれなければ、アンヌやルードヴィッヒと出会うこともなかったわけですし……もしかしたら、もっと苦労していた可能性だってありますわね。
それこそ、過去の時代には、しっかりと蛇もいるわけで……そんな時代に味方もなく生まれていたら、どんなことになっていたのか……。
――そう考えると、パティは苦労しますわね、きっと……。
ミーアとは違い、誰が信用できるか、パティはわからないのだから。
ふと見ると、ちょうどパティと目が合った。ミーアの視線の意味がわからないのか、きょとりん、と首を傾げている。
「あの、ミーアさま……?」
再びのアンヌの声。ミーアはそれに笑みを浮かべて、
「ええ。なんでもありませんわ。アンヌ。着替えを手伝ってくれてありがとう。わたくしは、果報者ですわね……」
信じるに足る忠臣を得ていることの、どれほど心強いことか……ミーアは改めて実感する。
――やっぱり、わたくし、この時代に生まれてきて正解でしたわ!
などと、ミーアが、馬の走る姿から人生を考察している間にも、レースは進んでいく。
第一走の馬から、第二走の馬へ。勝負はほぼ互角。
「ふむ……。この競技は、距離を変えてあるのが、面白さの肝と考えるべきかしら?」
ミーアのつぶやきに、答えたのは……。
「そのようですね。私も乗馬についてはあまり詳しくはないのですが……」
キラリ、と眼鏡を光らせるルードヴィッヒだった。
「距離の長さと、レースの展開を考慮しつつペース配分を決めていく。状況判断がとても大切な競技になるだろう、と、馬番のゴルカが言っていました。例えば終盤までは相手の後ろにつけて風よけに使ったり、差が開きすぎていれば、序盤から速度を上げて距離を詰めたり……戦略はいろいろ考えられるとか……」
「ほう。なるほど。状況判断……ふむ、確かにそれは、とても大切なことですわね」
ミーアは改めて思う。やはり、乗馬にも状況判断が大切なのだ。ゆえに、きちんと状況判断ができる『馬』に乗らなければいけない、と!
「……しかし、そうか。馬の能力だけではありませんわね。その要旨を、きちんと馬に伝えることも大切ですわ」
おかれた状況を馬にきちんと伝え、その情報をもとに、判断してもらわなければならないのだ。
誰に? もちろん、馬にである!
だが、判断を馬に委ねるにしても、判断材料はきちんとわかりやすく伝える必要があるわけで……。
「馬との意思疎通が問われるわけですわね……。実に深い……。とても、考えられた競技ですわね」
そう、微笑むミーアである。
そんなミーアのつぶやきは……ルードヴィッヒにはこう聞こえた。
「騎手が馬の能力をきちんと把握し、正しく状況を判断してペースを配分する。その意図をきちんと馬に伝える能力も大切になっていく、とても深い競技だ」
などと……。
――ミーアさまは、やはり馬に対する造詣が深い方なのだな。そんなミーアさまに認めてもらえたのだから、競技を考案したゴルカも鼻が高いだろうな……。
後で彼にも、ちゃんと話してあげよう、と心に決めるルードヴィッヒなのであった。
来週ですが、遅れてきたお正月休みということで、一週間お休みにしようと思います。
次の巻の、書き下ろしを書かねば……。
では、そんなこんなでよろしくお願いします。