第四十四話 恋愛大将軍ミーア、語る!
「ところで、バノスさん。今回は、あなたの腕前をぜひ見せていただきたいですわ」
ベルとシュトリナの微笑ましいやり取りを尻目に、ミーアは改めてバノスのほうに向き直った。
「よくよく考えてみれば、わたくし、あなたの乗馬の腕前を見たことがありませんでしたわ。ディオンさんの常識外れの無敵っぷりは何度も目にしておりますけれど……」
バノスは、ディオンを諫める役割。ミーアにとって重要な人物だった。けれど、その剣や乗馬の腕前、彼の本気を目にしたことはなかったはずだ。
「ははは。言われてみればそうでしたな。では、ミーア姫殿下のご期待に応えられるよう、せいぜい気張ってみますかな」
裏表のない豪快な笑みを浮かべるバノスを見て、ふと、ミーアは感慨にふける。
「思えば……あなたとも、ルールー族との抗争以来、ずいぶんと長いお付き合いになっておりますわね」
彼があの森で命を落とすはずだったことを思えば、感慨も一入と言ったところだ。
「そうですな。あの時以来、栄光あふれる道を歩ませていただいております」
バノスはふと、真面目な顔になって言った。
「できますれば、今後も姫殿下の護衛という栄誉ある職務を全うしたく思っております。そのためにも、今日は良き機会……。どうぞ存分に、姫の騎士の技をご堪能いただければ幸いです」
「ふふふ、期待しておりますわ。バノス隊長」
っと、そこで……。
「バノス隊長……」
ミーアの隣、ジッと黙っていたルヴィが一歩前に出る。
「ご武運をお祈りしております。隊長の勝利を信じています」
胸の前で手を組み、まるで祈りをささげるようにルヴィは言った。
「ははは、信頼はありがたいが……。しかし、副隊長の前でも、それほど騎乗戦闘は披露していなかったんじゃないですかね?」
不思議そうな顔で首を傾げるバノスに、ルヴィは静かに首を振った。首を振って――なぜか、覚悟がキマった顔で!
「いえ。よく存じ上げております。だって、私は……あなたが……す」
――ちょちょちょっ! る、ルヴィさん、まさか、このタイミング、告白するつもりですのっ!?
ミーア、突然のルヴィの凶行に慌てる。何の前触れもない告白は、さすがのミーアも想定外。けれど、今さら止められるわけもなく……。ミーアは、ただ、ゴクリ、と喉を鳴らすのみで……。
「す……す……」
ルヴィは口をあわわ、っとさせた後で……。
「素晴らしい馬の乗り手でなければ……あなたの部下たる私の名にも傷がつきますからっ!」
キリリッと表情を引き締めて、ルヴィは言った。
「なるほど。確かに今の俺はレッドムーン家のご令嬢を部下に持つ身。ははは、簡単に負けるわけには、確かにいきませんな」
豪快な笑い声をあげるバノスに、ルヴィは疲れたため息を吐き……それから、改めて表情を引き締める。
「隊長が競技に臨まれている間、ミーア姫殿下の護衛はきっちりと行います。どうぞ、安心して、競技に専念してください」
ミーアの、ただの応援とは違う……。それは、後顧の憂いを断つ言葉。バノスの背中を力強く押す言葉。隊長を支える副隊長の言葉で……彼と共に重責を担う者の言葉だった。
バノスは、ルヴィのエールに、少し驚いた様子で瞳を瞬かせたが、
「レッドムーン家出身の副隊長にまでそう言われたら、頑張らないわけにはいかなそうだ」
「はい。今の私は、皇女専属近衛隊副隊長のルヴィですから。どうぞ、心置きなくお勝ちください。バノス隊長」
それでは……などと言って踵を返すルヴィ。その肩は心なしか、ちょっぴり寂しげに下がっていて……。
――ふむ……これは……。
ミーア、新たに深刻な危機を見つける。
素早くルヴィに歩み寄り、そっと耳打ち。
「ルヴィさん……あなた、今、告白しに行きましたわよね?」
「うっ……」
ルヴィはビクッと肩を震わせて……。ミーアのほうを見つめて……なんとも情けない顔をする。
「……うう……。私は、こんなにも勇気がなかったのか、と……落ち込みます。ずっと、ずっと伝えたかったことなのに……いつでも伝えられるはずなのに、どうして言えないのか……」
などと切なげな乙女の顔で言うルヴィ……だったが、ミーアはその言葉の中に否定のしようのない誤謬を見出した! それは……。
「なるほど……確かにルヴィさん、あなたには勇気がないかもしれませんわ。けれど、もしも、あなたが行動していたとしたら……それは、ただの勇気ではなく蛮勇……。無謀な行動に堕してしまっていたかもしれませんわ」
「え……?」
きょとん、と瞳を瞬かせるルヴィに、ミーアは……さながら、揺るがないこの世の真実を語るかのような口調で言った。
「あなたには……大切なものが欠けておりますわ、ルヴィさん」
「というと……?」
ルヴィ、キリリッと表情を引き締め、姿勢を正す。
そんなルヴィの前で、ミーアは実に偉そうに胸を張り……。
「知れたこと。タイミングですわ!」
まるで歴戦の名将のような口調で言った。
「たっ、タイミング……?」
衝撃を受けたように、ルヴィが仰け反る。そんなルヴィに、ミーアは優しい口調で続ける。
「ふむ、勝機、と言い換えても良いかもしれませんけれど……。いずれにせよ、いつでも想いを伝えられる、という認識は改めるべきですわ。種を蒔き、花が咲き、果実が実った時、初めて刈り入れというのは行うもの。種を蒔くべき時に蒔き、育てるべき時に育て、刈り入れる時に刈り入れる。あるいは戦もそういうものではないかしら? 攻めるべき時に攻め、守るべき時は守る」
恋愛大将軍ミーアは、腕組みをして頷く。
「すべてのことには、時がある。想いを伝えるのにも、時がありますわ。いつでも言えるなどと言うのは誤りですわ」
あのタイミングで告白に行くなど、どう考えてもあり得ない。
蓄積された、ミーアの……恋愛小説知識が、そう物語っていた!
あのタイミングだけは、ない! と。
「いつでも言える、は誤り……」
ゴクリ、と喉を鳴らすルヴィに、ミーアは小さく首を振った。
「やれやれ……仕方ありませんわね。まさか、あなたが、ここまで恋愛に疎いとは思っておりませんでしたわ。その辺りのことも一緒に、教える必要がありそうですわね」
言うと、ミーアは、自らの忠実なるメイドを呼ぶ。
「アンヌ。これ、アンヌ……」
「はい。ミーアさま」
すちゃっと前に進み出たアンヌが、すまし顔で頭を下げる。
「すみませんけど、ルヴィさんにも、恋愛の基礎が学べる読み物を用意していただけないかしら? そうですわね……エリスの書いた『姫殿下の大恋愛!』あたりがよろしいんじゃないかしら?」
「かしこまりました。では、近いうちに用意してお持ちいたします」
「テキストを読みながら進めていきましょう。大丈夫、恋愛など、わたくしにかかれば、ウマ型のサンドイッチを作るより簡単にできますわ」
などと……。恋愛大将軍ミーアと、その軍師アンヌとにより、ルヴィの恋愛教育は進められることになるのだった……大丈夫だろうか?