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第七十二話 一角馬(ユニコーン)のかんざし

 クロエの父との商談を終えた翌週、ミーアは帝都の貧困地域、新月地区に視察に訪れた。

 その訪問はミーアたっての願いとのことで、ルードヴィッヒの指示の元、今回は十人規模の近衛小隊が派遣されることとなった。

 急な任務に兵たちの中には、ひそかに不満をこぼす者もいた。

「姫殿下も物好きな。わざわざ治安の悪い貧困地区になんか行かなくてもいいのに……。余計な手間だよなぁ」

「ご自分で建てられた病院を見たいんだろう。人気取りのために建てただけじゃなく、その後もほうっておかないとは、さすがに帝国の叡智、抜け目ないな」

 皇女になにかあっては一大事。

 できれば、城の中で大人しくしていてくれれば、警護だってしやすいのに。

 そんな若い騎士たちの揶揄(やゆ)を聞きとがめたのは、前回、ミーアに同行したベテランの近衛騎士だった。

「貴様ら、滅多なことを言うものじゃない。姫殿下はな……違うんだ。少なくともお前たちが思っているような貴族様とはまったく違う方だ。愚弄(ぐろう)するのは許さんぞ」

 治安の悪い地区であっても必要があれば躊躇わずに足を踏み入れる勇敢さ、薄汚れた子どもを(いと)うことなく助け起こす慈悲深さ、貧困地区に必要な病院を英断によって建て上げた賢明さ。

 彼のミーアに対する評価は、ルードヴィッヒに負けず劣らずに、インフレしているのだ。

「今日はよろしくお願いいたしますわね、みなさん」

 ちょうどそこに、ミーアがやってきた。

 慌てて姿勢を正す騎士たちに、ミーアはニコニコ笑みを浮かべる。

 革命時に、近衛騎士団はほとんど裏切ることなく自分と運命を共にしてくれた。

 ミーアの好感度が非常に高い騎士団である。

 笑顔ぐらいならば、いくらでも見せてやろうと思う所存である。

 そうなると現金なもので、若い騎士の士気は否応なしに引き上げられる。

 なにしろミーアは絶世の美少女とまではいかないが、かろうじて美少女のカテゴリーに滑り込める程度の容姿は持っているのである。

 しかも、大帝国の姫君というステータスもある。

 さらにさらに、今日のミーアは乗馬用に仕立てたブラウスと半ズボンという、ちょっとだけアクティブな服を着ている。

 貴族と言えば、ドレスに身を固めているものと思い込んでいた彼らにとって、これは良い意味での不意打ちだった。

 そんなミーアがニコニコと親し気な笑みを浮かべてくれるのだ。

 嬉しくないはずがない。

「では、まいりましょうか」

「はっ、はい!」

 いささか士気の上がった近衛騎士たちを引き連れて、ミーアは城を後にした。


「あら、少し雰囲気が変わりましたかしら?」

 足を踏み入れてすぐに、ミーアはその変化に気づいた。

 心なしか人通りが増えた気がする。すれ違う人々の顔も少しだけ明るくなっているようにも感じる。

 なにより町全体を覆っていた臭気が薄れ、侵入を拒絶するような雰囲気が薄れているようだった。

「病院が稼動し始めましたから。それに、食料の配給も以前の倍にはなっています。路上で死ぬ者も減り、徐々に活気が戻ってきていると報告があります」

 生きるか死ぬかの状況では生活環境を気にしている余裕はない。明日死ぬかもしれないのに、身ぎれいにしても仕方がない。

 けれど、そんな危険が遠のいた途端に、現金なもので、周囲の不潔さが気になってくる。

 最初は病院に派遣されたスタッフたちが自主的にやっていた町の清掃は、やがて住人たちの間に広がっていった。

 さらに綺麗になってくれば、そこは帝都の一角でもある。

 土地の利用価値はいくらでもあった。

 人が溢れる都市であるルナティアは、いつでも住環境が不足した地域でもある。そこに目を付けたルードヴィッヒは、新月地区の端の方に新しく宿屋を建て、身ぎれいにさせた住人たちを従業員として雇うように指示を出した。

 状況が整った場所に、労働の機会を与え、そこに金の流れを生み出したのだ。

 宿屋が軌道に乗りさえすれば、今度はそこに商機を見出した商人たちが訪れ、商売を展開していく。

 帝都の中の壊死しかかっていた地域に、流通という名の血液を注ぎこもうとしているのだ。

 一通りルードヴィッヒから情報を聞いたミーアは満足げにうなずいた。

「そう、それは何よりですわ」

「あっ、ひめでんか!」

 その時だった。遠くの方で声が上がった。

 見ると、路地で遊んでいた子どもたちの中から、一人の幼い男の子がこちらに走ってきていた。

「こら、とまれっ!」

 護衛の騎士たちの間に、緊張が生まれる。けれど、

「あら、あなたは……、確かあの時の……」

 ミーアは彼らを片手で制し、男の子の方を見た。

 やってきたのは以前、来た時にミーアが見つけた、衰弱していた子どもだった。いまだに少し痩せてはいるものの、今はその肌には健康的な張りがあり、その瞳には輝きがあった。

「きちんと、食事をしてますの?」

 ミーアの問いかけに、元気よくうなずき、

「うん、ひめでんかのおかげです。ありがと!」

 男の子が笑った。

 それから、ポケットからなにやら取り出して、ミーアの目の前に差し出した。

「なんですの?」

「あげる! この前のお礼!」

「これは?」

 それは白いかんざしだった。その表面は微かに(プリ)(ズム)の輝きを帯びて、見る角度によって色が変わる。

一角(ユニ)(コーン)のかんざしです」

「まぁ、一角馬ですの!?」

 ミーアは驚きの声を上げ、マジマジとかんざしを見つめた。

 そのかんざしは確かに見たことのない輝きを帯びていて、確かに伝説の一角馬の角を削りだして作ったもののように見えた。

 そんなミーアの様子に、男の子はくすくすと笑い声を上げて、

「ぼくの故郷の木を削って作ったんです。一角馬のかんざしって呼ばれてます」

「まぁ、そうなんですのね」

 ミーアは、改めてかんざしを見た。

「いいですわね、これ」

 ミーアはご機嫌で、一角獣のかんざしをつけた。

「ありがとう、嬉しいですわ」

 ミーアがにっこり笑みを浮かべると、男の子はポッと頬を赤くして、それから走って行ってしまった。

「それはあの子の母親の形見ですよ」

「えっ?」

 いつの間に来たのか、いつぞやの神父がそこに立っていた。

 このあたり唯一の孤児院を運営していた人物だ。

「あら、神父様、お久しぶりですわね」

 ミーアは、礼儀正しく、半ズボンのすそをちょこん、と持ち上げて挨拶して見せた。


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