第三十八話 開会宣言
その後、遅れてやってきた父の「パパと呼びなさい」攻勢を華麗なるステップでスルーした後、ミーアには大役が回ってきた。
本日の乗馬大会、開始の挨拶である。
「では、初めにミーアさま、一言をお願いします」
ミーアたちの観覧席の前に集合した一同。レッドムーン公の私兵団と皇女専属近衛隊の面々を前に、ミーアは気合十分に鼻息を吐いた。
「ふむ……」
ぶっちゃけ、割と無茶振りではあったのだが……ミーアは動じない。すでに、この程度の状況に動揺するミーアではない。
席を立ちあがると、おもむろに観覧席の前方まで歩き、兵たちを見下ろす。
小さく息を吸って、吐いてから、
「ご機嫌よう、みなさん。今日は、わたくしのわがままにお付き合いいただき、感謝いたしますわ」
ニコやかに話し出す。
――とりあえず、皇女専属近衛隊の士気を上げる必要がありますわ。
なにしろ、彼らの活躍は、その隊長たるバノスの評価へと繋がる。
すでに、十分に士気は上がっているように見えなくもなかったが、念には念を入れるべく、ミーアは静かに語りだす。
「特に、今回は、我が皇女専属近衛隊の相手として、レッドムーン公の騎士団にご参加いただけたことは、望外の喜びですわ」
ニッコリと笑みを向けつつ、ミーアは続ける。
「レッドムーン公爵家の軍は、帝国一の精兵揃いと聞いておりますわ。その評判に相応しい働きを期待しておりますわ」
息をするがごとく、極めてスムーズかつ自然なヨイショだった。
それはマンサーナのご機嫌取り……と言うことはもちろんあれど、むしろ、ミーアが意識したのは……。
――波が高ければ高いほど、それを乗り越えた者の力が認められるというものですわ。
強力なレッドムーン公の軍と互角の戦いをしたとあれば、否応なく皇女専属近衛隊の評判も上がる。当然、その隊長はどんな優秀な人間なんだ? と興味も湧こうと言うもの。
――爵位の問題はありますけれど、まずは、マンサーナさまに気に入っていただく必要がありますわ。
ゆえに、ミーアは、レッドムーン公の私兵団を最初に持ち上げたうえで、皇女専属近衛隊へと視線を移す。
「そして、我が皇女専属近衛隊のみなさん……。わたくしのために、いつも働いていただき、感謝いたしますわ。特に、ここしばらくはとても忙しい任務にあたっていただいておりますわね。まず、心からお疲れさま、と言わせていただきたいですわ」
ミーアは穏やかな口調で言った。
その言葉に、嘘偽りはなかった。ミーアは、彼らの働きが断頭台を遠ざけるものであると知っている。ゆえに、心からの感謝の言葉を贈ったのだ。
それを聞き、何人かの兵の目に、感極まったかのような涙が浮かぶ。
女帝派の面々に決して劣らぬ、ミーアへの忠誠心を保持している皇女専属近衛隊であった。
「そのようにして、忙しくしているところ、このような会を開いてしまい、心苦しくはございますけれど……どうぞ、気楽に、お遊び気分で……などと言うわけにはまいりませんの」
ミーア、ここで、キッと表情を引き締める。
「あなたたちは、わたくしの誇る剣にして盾。未だ、その名においては、レッドムーン公の軍に劣るとしても、実力においては決して劣るものではない、と、わたくしは信じておりますわ」
それから、ミーアは観覧席のほうに目を向けて……。
「本日は、ここに、我が父たる皇帝陛下と、レッドムーン公爵にいらしていただいておりますわ。あなたたちの真の力を披露する絶好の機会。華々しい勝利を期待しておりますわ」
そうして、ミーアは、一転、優しい笑みを浮かべて。
「さて、これで結びとしますけれど、これから対決するとはいえ、両陣営共に、栄えある我がティアムーン帝国の軍。味方同士でいがみ合うことなく、勝負が終われば互いの健闘を称え合うこと」
今回の大会をきっかけに、レッドムーン公の軍と関係が悪化するのは、ミーアの望むところではない。いざという時には、両軍で協力して、自分たちを守ってもらいたいミーアである。
ゆえに、あくまでも対抗心を燃やすのは、この競技の中でのこと、と明言しておく。
「そして、そのために、怪我はしないよう、無理せず競技に臨むこと、ぜひ、それを心掛けていただきたいですわ」
誰かが血を流せば、禍根が残る……という側面はもちろんあるが、それ以上に、皇女専属近衛隊の者が怪我をすると、物資の輸送に支障が出るかもしれない。それもまた、ミーアの望むところではない。ゆえに、怪我するなよ、無理するなよ! とも強調しておく。
そうして、とどめに……。
「それでは、楽しみましょう」
これは、楽しむためのものですよー、ということも、印象付けておく。
発言を終えると、ミーアは優雅に踵を返し、自らの席に座る。
「それでは、両陣営、元の位置に。戻ったら、第一競技から順番に始めて行く。該当の者はコースに出るように。それと、審判は所定の位置に……」
キビキビとしたルードヴィッヒの指示が飛ぶ中、席に戻ったミーアに皇帝が話しかけてきた。
「ミーアが出るのは、この最後のホースダンスという競技か?」
「ええ、そうですわ……。って、お父さま、ずいぶんと眠そうですわね」
「ふふふ、ミーアがこのような催し物に誘ってくれるとは……。嬉しすぎて、昨晩、眠れぬでな」
それを横で聞いていたマンサーナが穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ、陛下もそうでしたか。私も、最近、ルヴィがそっけない態度をとるので、ちょっとしたことでも声をかけてもらえると、ついつい嬉しくなってしまうのです」
「ははは、そうかそうか。どこも同じようだな」
そのように、和気あいあいと笑い合う父親たちを、ミーアとルヴィ、さらにシュトリナまでもが、なんとも言えない表情で眺めているのだった。