第三十一話 馬番、ナニカを確信する!
「しかし、ベルが子どもたちの面倒を見てくれているとは思いませんでしたわ」
ミーアは改めて、自らの孫娘ベルを眺めた。心なしか以前より、若干大人びて、お姉さんっぽくなったベル。それが、ちょっぴり心強いミーアである。
「それに、エリスにお話を聞きにきた、というのも、なかなか冴えてますわね。てっきり、あなたことだから、子どもたちを連れて白月宮殿の中を探検しよう、なぁんてやってるのかと思いましたわ。ふふふ、あなたも成長しますのね」
っと、そんなミーアの言葉にベルは、大人のお姉さんっぽい笑みを浮かべて……。
「ふふふ、当然です。ミーアお姉さま。白月宮殿なんか、ボク、小さい頃に探検しつくしておりますから、今さら探検なんて……」
ドヤドヤァっと胸を張るベルである。ミーアはそんなベルに、ため息混じりに肩をすくめて、
「ああ……やっぱり、あなたには、もっと厳しい教育が必要そうですわね。まぁ、それはともかく……。これからコティヤールのお屋敷に、乗馬の練習に行こうかと思いますけど、あなたたちはどうしますの?」
「はい! しっかり勉強させていただきます。ミーアお姉さま!」
スチャッと姿勢を正し、生真面目な顔をするベル。
一瞬、はて? なんの? などと思いはしたものの……。まぁ、気分がいいから、別にいいか、と思い直す。
こうして一行は、コティヤール侯爵家の屋敷へと向かった。
ちなみに、本日の護衛もディオンと、それに、ゴルカら、皇女専属近衛隊の面々も数名、同行していた。
「東風がご入用とのことでしたから……」
などと言う馬番ゴルカである。
一方で、アベルは、今日は別行動だった。サフィアスら帝国貴族の青年たちと交流会があるらしい。
――アベルもいずれ、帝国に来てもらうわけですし。今の内から、しっかりとサフィアスさんとも仲良くしておいていただいたほうがよろしいですわね。うん……。
将来の国家運営すら視野に入れた帝国の策士、ミーアは腕組みしつつ頷く。
――それに、デートは時々するから楽しめるもの。たとえ楽しいことであっても、毎日やっていては、飽きてしまうのが世の常というものですわ。
いつでもデートを楽しみつくさんとする帝国のエンターテイナー、ミーアは、しかつめらしい顔でうんうん、と頷いた。
「ところで、ミーアお姉さま、その靴は……」
っと、その時だった。目ざとく、ベルがミーアの足元に目を向けた。
「あら、気付きましたのね? うふふ、そうなんですの。実は、アベルがプレゼントしてくれたものなんですのよ? どう? 素敵でしょう?」
「ああ、アベルおじ……王子が。はい。とってもよくお似合いですよ」
祖父母の仲良しっぷりに、ニコニコのベルであった。
さて、コティヤール邸についたミーアは、挨拶もそこそこに早速、乗馬服に着替えた。
そうして、屋敷から前庭に出ると、すでにミーアの第二の愛馬、東風が待っていた。
「うふふ、相変わらずですわね、東風」
鼻を寄せてくる東風を、優しく撫でる。っと、東風は高らかに嘶きを返してきた。
「ほぉ、それがミーア姫殿下の馬ですか」
声が聞こえてきたほうを見ると、ヒルデブラントが馬に乗ってやってくるのが見えた。
「ふむ。典型的なテールトルテュエ種……。月兎馬ではないのですね」
「ええ。セントノエルには、乗り慣れた月兎馬がおりますけれど……。そういうあなたの馬は、どうなんですの?」
「ふっふっふ、我が愛馬、シルバーアローは、テールトルテュエといくつかの駿馬の血を引く混血種です。良い馬だが、しかし、かの月兎馬には、やはり、及びませんね。月兎馬はとても素晴らしい。ミーア姫殿下も、そう思いませんか?」
その問いかけに、ミーアは、しかし、首を振った。
「いいえ。わたくしは、すべての馬を貴重なものと思っておりますわ」
ミーアは、自分を乗せ、自分よりも速く走る存在を、すべからく尊敬しているのだ。
馬車であれ、船であれ、自身を危険から逃がしてくれるものに、貴賤などない。
そして、馬は最後の最後にミーアが頼るべき生命線。
どんな馬であれ、文句を言うはずもないのであった。
「なるほど。それが姫殿下の馬の見方ということですか……。ああ、ところで本日は、普通に馬を走らせるだけでしょうか?」
「といいますと?」
尋ねれば、ヒルデブラントはすまし顔で、馬を走らせる。彼の向かう先には、木で作った障害物が置いてあって……。
ぴょーんっと軽々、それを飛び越えて、ヒルデブラントは笑った。
「てっきりこの、特製の障害物に興味があったのかと思ったのですが……馬が好きならば、ね」
「あら、ヒルデブラント。あなた、わたくしを挑発しておりますの?」
「いえいえ。ただ騎馬王国の民に勝利したというミーア姫殿下であれば、あのぐらいは軽いかと思っただけのこと」
ははは、と笑うヒルデブラントに、ミーアはニヤリと勝気な笑みを返して、
「いいでしょう。ここで引いては、わたくしの名が廃れますわ。いきますわよ、はいよー、東風!」
ミーアに応えるように、東風、再びの嘶き。それから、静かに走り出した。
眼前に、見る見る、木製の障害物が迫ってきた!
近くで見ると思ったよりも、高い。
――あら? これを飛び越えるのって、結構……。
などと思っている間にも、東風はぐんぐん障害物に向かって加速していき、その目の前で、グッと思い切り地面を蹴った。
「はぇ……?」
一瞬、体が浮きかけて、ミーア、慌てて、両足に力を入れる。手綱を離さぬよう、ギュッと握りしめ……そして!
次の瞬間、着地を決めた東風、想像より大きな衝撃に、体をぐらんぐらんと揺らしつつ、ミーアは懸命に、姿勢の維持に努める。
そうして、東風が、勢いの余韻を殺しているところで……。
――こっ、ここ、こわぁ!
ミーア、思わず震えあがる。
背筋につめたぁい汗が流れ落ちていく。が……。
「わぁあっ!」
パチパチと、拍手をするヤナと、歓声を上げるキリルの姿が見えて……。びっくりした様子で目を見開くパティを見て……ちょっぴり気分が良くなって……。
「ふふふ、このぐらい、軽いですわ」
なぁんて、調子に乗って、片手を振ってみせたりなんかして……。
「ふっふっふ、なかなか、良い気分ですわ。それ、行きますわよ、東風!」
そうしてミーアが障害物を飛び越える様を、静かに……ジッと見つめる者がいた。
……皇女専属近衛隊の馬番、ゴルカだった。
彼は、障害物を華麗なジャンプで飛び越えるミーアを見て……。
「おおっ!」
と、思わず歓声を上げる。それから、なにごとか納得した様子で、うんうん、っと頷いていた。
はたして、彼がなにを思ったのか……。
ミーアが障害物をぴょーんっと飛び越える姿を見て……ナニを確信してしまったのか……?
そんなことは知る由もないミーアなのであった。
クリスマスおめでとうございます!