第二十九話 別に、見せびらかしたいわけじゃないんだけどね?
さて、部屋に戻ったミーアは、新しい乗馬靴を枕元に飾ってみた!
新品の革の香り、可愛らしいデザイン、なにより、アベルからのプレゼントということで……。その靴はミーアには輝いて見えた。
ベッドの脇に飾ったそれを見て、ムフフっと満足の笑みを浮かべる。
「ああ、素敵ですわ。とっても素敵。素晴らしい」
ベッドの上にぴょーんっと寝転がり、横になりながら、靴を眺めてニッコニコ。
鼻歌など歌いつつ、足をパタパタさせる。
「うふふ、アベルからのプレゼント。さすがはアベル。とっても良いセンスですわ」
真剣な顔で、プレゼント選びをしてくれるアベルを思い出すと、実に、なんとも、胸がポカポカしてしまうミーアなのである。
夕食前にニヤニヤ眺め、湯浴みの後もニヤニヤ眺め、寝る前もニヤニヤ、ニヤニヤしながら、その日は眠りについたミーアだった。
そんな不気味に笑うミーアを見かけて、パティがビクッとしていたが、まぁ、それはどうでもいいのだった。
そうして翌日、たっぷり靴を飾って楽しんだ後、ミーアはそれを手に取り、今度は履いてみた。
キュッと紐を結べば、靴はミーアの足をピッタリと包み込んでくれる。鞣した革のしなやかな感触は、実になんとも心地よかった。
「ふむ、やはり、履き心地も上々ですわ」
試しに、部屋の中を歩いてみたり、ジャンプしてみたり、ステップを踏んでみたりする。
靴は、長年履き慣れたもののように、ミーアの足に馴染んでいた。
「うふふ、いいですわ。ああ、とっても素敵。あ、そうですわ!」
そこで、ミーアはポコン、っと手を叩いた。
「よくよく考えれば、わたくしは、来る乗馬大会のために、練習をしておかなければいけませんでしたわね」
ミーアは、新しく買ってもらった服はすぐに着たいし、新しく買ってもらった傘は、早く差したいから、雨が降らないかなぁ、などと思う性格の人である。新しいフォークをプレゼントしてもらった時には、早くケーキが食べたいな、と思う……いや、ケーキは、フォークが古くても食べたいミーアなのである。
それはともかく、ミーアは、せっかくの乗馬靴をすぐにでも使って、馬に乗りたいと思ったのだ。
ミーアは大変に、単純な性格をしているのである。ということで……。
「どこかで馬に乗りたいですわね。良い場所は……」
むろん、帝都の外に遠駆けに出かけたい、などということは言わない。昨日は「殺気を向けて来る者が……」なぁんて、ディオンも言っていたし、遠出は避けるべきだろう。
それに、護衛に負担をかけるのは本望ではない。スッと行って、スッと帰ってくるのが理想だ。
となると、場所は……。
「コティヤール家の前庭ですわね……。あそこが最適ですわ」
皇女たるミーアが頼めば、否とは言うまい。それに、ヒルデブラントは生粋の馬好きである。同好の士に冷たい態度はとらないだろう。
「あとは、そうですわね……。せっかくですし、子どもたちも誘ってあげようかしら……」
良いことを思いついた、とばかりにミーアは笑った。
まぁ、言わずともわかることながら、あえて指摘するならば、別に見せびらかしたいわけではない。決してない。
ただ、子どもたちが退屈していないか、心配だっただけである。
お城にただいるだけでは退屈だろうなぁ、それなら、馬に乗ってる自分の姿を……具体的には真新しい靴を見てもらい、いいなぁ、羨ましいなぁ、なんて思ってもらえればいいかなぁ? と思っただけで。
決して自慢しようとか、見せびらかそうなんて思ってはいないのだ。
純然たる気遣いである。まったくもって見せびらかしたかったわけではない。ないったらないのである!
というわけで、ミーアは早速、パティたちのところへと向かったのだが……。
パティとヤナ、キリルは、白月宮殿の大図書館にいた。
さらに、そこにはベルとシュトリナに加え、エリスまでが揃っていた。
「あら、エリスまでおりますのね? いったいここでなにを?」
「あ、ミーアおば、お姉さま。実は、子どもたちが退屈してないか心配になって、それで、エリスか、さんに、いろいろな話をしてもらっていたところなんです」
ベルは嬉しそうに笑いながら言った。
「はて、いろいろな話……?」
「はい。ミーアお姉さまの、華麗なる逸話をいろいろと……」
「ふむ……逸話……?」
目を向けると、エリスが神妙な顔で頷き、
「ミーアさまの素晴らしい活躍を、細大漏らさずにお話しさせていただきました」
そんなエリスの言葉に、実に嫌ぁな予感がするミーアであったが……。
「それで、今、話していただいていたのは……」
ベルが、頬に人差し指を当てつつ首を傾げてから、
「要約すると、ミーアお姉さまのダンスは、とっても上手いっていう話でしょうか」
「あら、ダンス……まぁ、それでしたら」
ダンスの腕前には、それなりに自信を持っているミーアである。ダンスならば、多少オーバーに、大陸有数の腕前ぐらいに言われても、それほど困らないはず。
――なにしろ、本当のことですし。それだけならば、まぁ……。
と、納得するミーアである。
……心なしか、ヤナとキリルは、キラキラした目で……そして、パティは……相変わらず、感情の読み取れない顔をしていた。けれど、よく見ると、その細い喉が、一瞬、こくん、っと生唾を飲み込んだように動いた。
――ふむ、あの様子は、わたくしへの尊敬の念を新たにしていると思えば良いのかしら……。まぁ、マイナス感情ではないと思っておきましょうか。
「ところで、ミーアさま、なにかご用で来たのではないのですか?」
きょとん、と首を傾げるエリスに、ミーアは小さく笑みを浮かべた。
「ええ。そうでしたわ。これから馬に乗りに行こうと思うのですけど、子どもたちも一緒にどうかな、と思いまして……」
この時、ミーアは気付かなかった。
自らの祖母に、孫娘ミーアがダンスの達人であると知られることが、なにを意味しているのか……。
過去に戻ったパティがどのように行動するのか……今のミーアには想像すらできないことなのであった。