第二十五話 恋愛脳姫ミーア、熱弁をふるってしまう!
さて、ルードヴィッヒとゴルカが部屋を出て行ったところで、ミーアは、小さくため息を吐いた。
「さて……なんだか、面倒なことになってしまったようですけど……まぁ、馬に乗って出ればいいだけですし、そこまででもないか……あら? そう言えば、アンヌの姿がありませんわね。どうかしたのかしら?」
これはもしかすると、お茶菓子の替えでも用意しに行ってくれたのかなぁ? などと甘いことを考えるミーアである。
直後、コンコンッとノックの音。そうして入ってきたのは、
「ああ、ミーア姫殿下。こちらでしたか」
血相を変えたルヴィだった。
「あら、ルヴィさん。どうかなさいましたの?」
「いえ、実は、先ほどヒルデブラント殿が来て、父と話をしていかれたのですが……」
勢い込んで話し出すルヴィに、ミーアは思わず苦笑する。
「ああ、さすがに早いですわね。ヒルデブラント。もう、動き出しておりますのね」
「あの、これは……なにがどうなっているのでしょうか?」
困惑した様子のルヴィに、ミーアは穏やかに微笑みかける。
「心配はありませんわ。ええ。すべて計画通りですから」
自信満々に頷いて、それから少しばかり考え込む。
――ふむ……まぁ、確かにすべて計画通りですし、今回のことはなんとかして差し上げますけれど……毎回、わたくしを頼られるのも少し困りますわね。
ふと、そんなことも思ってしまう。
それは、ルヴィの成長を期待して……というわけではない。
もちろん、ミーアがサボっていたいから、ダラダラしていたいからである――かというと、実は、それも違う。
では、ミーアがなにを考えていたのか? というと……。
――やはり、こちらで完全に道を定めてしまうのは、面白くありませんわ。登場人物は、読者や作者の思わぬ方向に行ってくれなくては……。
そう、ミーアは……恋愛小説の良き読者さんなのだ!
ミーアは、帝国有数の大貴族の令嬢と平民の年の差恋愛劇を、心から楽しみにしているのだ。
――ルヴィさんがしたいことをお手伝いすることはやぶさかではありませんが、わたくしの思い通りに動かすのは、やっぱり違いますわ。今回の件は、ルヴィさんに、自発的に動いていただくための、良ききっかけになるやもしれませんわね。
うんうん、っと頷いてから、ミーアはちょっぴり真面目な顔を作る。
「ただ、そうですわね……。わたくしがしようとしていることは、あくまでも時間稼ぎに過ぎない、ということは、忘れないでいただきたいですわ」
「というと……?」
深刻そうな顔をするルヴィに、ミーアはできるだけ優しい口調で言う。
「知れたこと。あなたはレッドムーン公爵家の令嬢ですわ。このまま、永遠に縁談から逃げ続けるわけにはいかないでしょう?」
言われ、思わずハッとした顔をするルヴィである。
「さらに付け加えるならば、この度の縁談は、あなたにとってとても良いものですわ。今後、これ以上の相手はいない、と、そう考えてもいいぐらいにね。そのぐらいに、ヒルデブラントとの縁談は、条件がいいですわ」
人物評に少々の誇張を施してから、ミーアは静かにルヴィの目を見つめた。
「それを破談にするというのですから、あなたが大切に抱えている想いを、きちんと成就させなければ意味がないですわ」
グッと力強く拳を握りしめ、熱弁を振るう。
ミーアの恋愛脳は今まさに活性化しきっており……、その言葉には熱があった。
そんな熱い熱い演説の途中で、ミーア、ふと我に返る。
――あら? これ、ちょっぴり言いすぎかも……。
などと……。
調子に乗って、乗りに乗って……全力全開でルヴィの背中を押してしまったミーアであるが……。さりとて今さら後悔しても仕方ない。こういうことは、自信満々で言い切るのが大事なのだ。ゆえに、ミーアは、あえてブレーキをかけず突き進む。
ルヴィの目をジッと見つめて……。
「あなたは、覚悟を決める必要がありますわ」
「覚悟……」
ぽかん、とした顔をしていたルヴィだったが、すぐに表情を引き締める。
「それは……あの時のような覚悟ですか? あの、乗馬対決の時の……」
ゴクリ、と喉を鳴らすルヴィ。対してミーアは頬に手を当て、首を傾げ……。
「乗馬対決……ああ……ええ。まぁ……そうですわね。あんな感じですわ……」
なぁんて、一応頷きつつ……。
――あの時は、ルヴィさん、自分の大切なもの、剣を懸けて戦ったんでしたわね、確か……。
レッドムーン家で生まれ育ったルヴィにとって、剣は自らの命に等しいほどに大切なものだったはず。それを懸けた時と同じぐらいの覚悟で臨む、とルヴィは言っているのだ。
ミーアは静かに視線を落とし、ジッと自らの手のひらを見て、
――やはり、背中を押す力が強すぎたかしら……。
「ミーアさま……?」
「……ま、まぁ、いずれにせよ、ヒルデブラントのことは、わたくしに任せてもらっても構いませんわ。その代わり、あなたは、きちんと自分の恋を成就させるよう、歩みださなければいけませんわ」
それから、ミーアは表情を和らげ……。
「その……小さな一歩でも構いませんわよ? 無理して大きく踏み出す必要はありませんわ」
などと、微調整を入れておく。
気合入れすぎなくていいですよー、ぐらいのつもりで言ったのだが……。
ルヴィは、晴れやかな、凛とした顔でミーアを見つめて、
「ありがとうございます。ミーアさま。私、少し吹っ切れました」
どうやら、ナニカが吹っ切れてしまったらしい!
若干、不安を覚えつつも……これ以上引っ張ることなく、ミーアは実務的なことを詰めておくことにした。
「それで、後でルードヴィッヒから話が行くと思いますけど、ヒルデブラントと慧馬さんの勝負だけでなく、皇女専属近衛隊とレッドムーン公爵家の私兵団から、馬の乗り手を何人か出したいと考えているんですの。詳しいことはこちらに……」
言いつつ、取り出したのは一枚の書類……。つい先ほど、ルードヴィッヒに作ってもらった乗馬大会の計画書だった!
それを、さも自分が作りましたと言わんばかりの様子で手渡すミーアである。
「なるほど。それでしたら、むしろ立候補者を募ったほうが士気が上がるかもしれませんね。あとは、乗馬だけでなく、剣術や弓術、格闘術を交えた複合競技も良いかもしれません。戦場で必要となるのは乗馬術だけではありませんから……」
などとルヴィの考えに「いいね!」と頷くこと数度……。やがて、話が一段落し、ルヴィが退室したところで、今度は入れ替わりにアンヌが戻ってきた。
「あら? アンヌ、今までどこに……あら?」
そこで、ミーアはかっくーんと首を傾げた。アンヌの後ろに控えていた人物を見て……。
「やあ、ミーア」
アンヌのすぐ後ろには、爽やかな笑みを浮かべる、アベルが立っていたのだった。