第二十四話 ミーア姫、エンターテイナーの精神に目覚めかける!
その日、ミーアは穏やかな朝食の時間を迎えていた。
料理長の料理に舌鼓を打ちつつ、パティたち三人の子どもたちwithベルに「好き嫌いはダメよ?」なーんて、滔々と言って聞かせる。偉そうにお説教して、ちょっぴり良い気分になって……実になんとも充実した朝の時間を過ごしていたのだが……。
自室に戻ったミーアをルードヴィッヒと、皇女専属近衛隊の馬番、ゴルカが訪ねてきた。
「あら? ルードヴィッヒにゴルカさん、いったいどうしましたの?」
ルードヴィッヒはまだしも、さて、ゴルカはなんの用だろうか? などと首を傾げつつ、紅茶の香りを楽しんでいると……。
恭しく頭を下げたゴルカが、こんなことを聞いてきた。
「ミーア姫殿下は、どの馬にお乗りになりますか?」
「はて、わたくし……ですの?」
ミーア、目をぱちくり。一瞬、状況が理解できずに戸惑う。
なぜ、自分が乗馬大会に出ることになっているのか?
そもそもの話、ミーアが考えていたのは、ヒルデブラントに騎馬王国の技術を見せつけること。だから、ヒルデブラントと慧馬を対決させさえすればいいわけで。ミーアが出馬するなどと言う話は、どこにもなかったはず。なのに、なぜ……。
しばしの検討。その後、ミーアはすぐに悟る。
「ああ……しかし、なるほど。確かに、わたくしが出ないわけにはいかないかもしれませんわね」
と。
理由はとても簡単だ。皇帝マティアスが参加するからだ。
あの父のことだ。きっと、乗馬大会を開くならば、ミーアの乗馬を見たいと言うに違いない。正直、ミーア的に言えば、別に父に見に来てもらわずとも構わないのだが……。しかし、この帝都でそのような会を催すならば、そして、そこにミーアが関わっていると知られたなら……、きっと参加したいと言い出すに違いない。レッドムーン公爵を呼ばなければならないのであれば、なおのこと。なぜ、レッドムーン公だけが参加できるんだ、ずるい! などとゴネかねないではないか。
となれば、ミーアも出場しないわけにはいかない。
――それによくよく考えれば、ヒルデブラントと慧馬さんの対決だけでは、面白くありませんわね……。
せっかく、レッドムーン公爵も呼ぶのだ。どうせならば、彼に楽しんでもらいたいと思うミーアである。
なにしろ、レッドムーン公マンサーナは、今回のことで素直にミーアへの支持を表明しようとしてくれた。いわば味方で支援者で恩人だ。その彼の想いを無視するようなことをしようというのだから……こう、なんとなく罪悪感を覚えてしまうミーアである。
だからこそ、せっかく来てもらうなら、きちんと楽しめるものを見てもらいたいと思うミーアなのであった。
「そうですわね。それならば……わたくしだけではなく、レッドムーン家の私兵と皇女専属近衛隊からも出場者を募るのはどうかしら? さすがに公募というのは、警備の観点からできないでしょうけれど、良兵揃いのレッドムーン家ならば、良き乗り手も、きっといることでしょう」
腕組みしつつ言ってから、ミーアはポコンっと手を叩いた。
「あ、そうですわ! どうせですから、東西の陣営に分けて、勝負するという形にしてはいかがかしら?」
「勝負ですか?」
「ええ。そうですわ」
そう言いながら、ミーアは思い出していた。
つい先日、明るみに出て潰えてしまった自らの悪だくみ。スイーツ十本勝負を……。
今年のペルージャンと帝国との親善パーティーは両国のお菓子を順々に出して、食べ比べるのはどうか……? などと、考えていたミーアだったが……訪ねてきたタチアナに、うっかりそのメモを見られてしまい、頓挫してしまったのだ。
「ミーアさま……さすがに、こんなに食べては……お体に障りますから……」
などと、半ばマジなトーンで言われてしまったのだ。実になんとも、ロクでもない話であった!
まぁ、それはともかく……その計画を練っている時にミーアは思ったのだ。
「一品ずつ出していき、勝負していく……これは、なかなかに盛り上がりますわ」
などと……。
かつての計画を再利用する形で、ミーアは提案を続ける。
「応援する陣営を決めておけば盛り上がりますし……。勝負の種目もいろいろなものがあると楽しいかもしれませんわね。ただ速さを競うだけでなく……もっと乗馬の技術を見せられるものも入れて……」
そうして、ヒルデブラントの乗馬情熱を、より一層、燃え上がらせてやることが肝要だ。
「わたくしは、まぁ、最後のほうにチョロッと出られれば構いませんわ。レースである必要もないのではないかしら?」
できれば、馬に乗って登場するだけで済ませたいミーアである。なにしろ、レースって疲れるし……。それに、ミーアが負けてしまえば、父が黙っていないだろう。対戦相手を守るため、ミーアは目いっぱい父をなだめなければならない。
それは、とても疲れそうだ。
まぁ、相手が空気を読んでわざと負けてくれるかもしれないが、それはそれで微妙な気分になりそうだし……。
「なるほど。速駆け以外の種目も……。では、そうですね。日ごろの乗馬の訓練でやっているものの中で生かせるようなものがないか、検討してみます」
ルードヴィッヒは静かに一度頷いた。
一方で、ゴルカは、
「では、ミーアさまは、また東風にお乗りになるということでよろしいでしょうか?」
「ええ、ありがとう。お願いいたしますわ」
静かに頷きつつ、ふと、ミーアの脳裏に乗馬用の服のことが過ぎった。
服というか、靴のことが……。
例のアレを踏んでしまった靴は、洗って綺麗にしてあった。なので、なにも問題はないはずだったが……。
――アベルがプレゼントしてくれると言ってましたし、できれば、新しい綺麗な靴で臨みたいものですけど……。でも、わたくしのほうから催促するのも、はしたないかしら……ううん……。
そんな風に悩むミーアを……静かに見守っている者がいた。
ひそやかに、こっそりと……ミーアのために動き出した者、それは、勝手に動くと定評のあるミーアの片腕の専属メイドで……。