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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第六部 馬夏(まなつ)の青星夜(よ)の満月夢(ゆめ)
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第十八話 ミーア姫……踏んでしまう!

 皇女専属近衛隊の一隊に護衛されたミーア一行は、コティヤール侯爵家の別邸に向かった。

 ちなみに全員、馬に乗って、である。

 随伴者は、当初の予定通り慧馬とアベルである。

「そういえば、来るのははじめてですわね」

 帝都の一角。貴族の館が立ち並ぶ地域に建つコティヤールの館を見て、ミーアは思わずつぶやいた。

 基本的に、ミーアとコティヤール侯爵家との関係性は悪くはない。

 コティヤール領は、織物の盛んな地。服飾業も発達しているため、幼き日のミーアはよく遊びに行き、いろいろと買い込んでいたのだ。可愛い姪っ子――というよりは、わがままな皇女という雰囲気が勝るミーアではあったが、伯父である侯爵もよく面倒を見てくれて、たびたび、素敵なドレスをプレゼントしてくれた。

 いささかお高い手触りの良い布で、ぬいぐるみを作ってもらったりしたのは、良い思い出だ。

 しかし、親しい親戚づきあいをしていたか、と言われると、実はそんなことはない。

 ミーアにとっては、あくまでもコティヤールの織物が目的なのであって、特に仲の良い親戚がいたわけでもないわけで。必然的に、帝都の別邸に来るようなことはなかったのだ。

 そんなわけで、ミーアがコティヤールの別邸に来たのは今日がはじめてということになるのだが……。

 門衛とやり取りをした皇女専属近衛隊の兵が小走りに戻ってきて……。

「申し上げます。まもなく、ヒルデブラント・コティヤール殿がお迎えに参上されるとのこと。門をくぐったところで、少々、お待ちいただきたいとのことです」

 ふと、見ると門衛は、馬に乗ってやってきたミーアに驚愕している様子だった。

 ――ふふふ、どうやら、馬に乗るわたくしの、堂々たるたたずまいに驚いているようですわね。

 皇女ミーアは馬を嗜む。その話はかなり有名なことではあったが、実際に目にすると驚く者も多い。特に、姫君のお遊びと侮っている者たちは、ミーアの本格的な乗馬姿に度肝を抜かれるらしい。

 なにしろ、ミーアにとって乗馬はお遊びなどではない。命綱の一本であり、しかも、その太さはかなり太い。

 故にこそ、ミーアは馬を愛し、敬意を払うことを欠かさないのだ。

 それはさておき、門衛の見とれるような視線を、ちょっぴり心地よく感じつつ……。心持ちドヤァっとした笑みを浮かべながら、ミーアは言った。

「そういうことでしたら、しばし、門の内側で待たせていただきましょうか」

 そう言うと、ミーアは、馬を前進させた。それに合わせて、ミーアを守るように、二騎の騎馬が前に出る。右にアベル、左に慧馬を従えての堂々たる入門である。

「しかし、ずいぶんと立派な前庭ですわね」

 門をくぐりぬけたところで一行は馬から降りた。

 目の前には広い広い前庭が広がっていた。見渡す限りの美しい緑。手入れのされた木々と芝、そして、ところどころに何に使うのか、木製の柵のようなものが並べられている。

「あれは、騎馬を止めるための仕掛けだろうか?」

「そうですわね。なにかしら……」

 ミーアが柵に近づこうとして、歩き出そうとした……まさにその時だった! ミーアの背筋に、戦慄が走った!

 踏み出した足……。生じた音と、いやぁな感触……。ミーアには覚えがあった。

 あれは、割と昔……。確か、セントノエルの浜辺に向かおうとした時に……。

 恐る恐る、っと足を上げると……靴の底には……泥のような……その……ちょっぴり気になるナニカがついていた!

「なっ……こっ、これは、まさか……」

 ふるふる、と震えるミーアだったが、近づいてきた慧馬が事も無げに……。

「ああ、馬糞だな」

 聞きたくない言葉を言った!

 そう……それは、乗馬部でさんざんに見慣れた、馬糞だったのだ!

「ぐ、ぐぬぬ、よりにもよって、なぜ、庭にこのようなものが……」

「別に、気にする必要はないぞ。ミーア姫。馬は聖なる生き物。だから、それは、別に汚くはない。畑に植えれば、植物を強くする、むしろ、恵みの産物と言えるだろう!」

 快活な笑みを浮かべる慧馬だったが、ミーアはそんな気にはならなかった。

馬を愛し、敬意を払うミーアであるが、だからといって、馬糞までは愛せないのである。

 ――うう、なぜ、このようなことに……。

 当然のように、テンションだって下がる。

 しかも、今日履いていた靴は、ミーアにとって特別なものだった。ルヴィと乗馬対決をした時にも、狼使いから逃げ切った時にも、常にミーアとともにあった靴。

 最近、サイズがちょっぴり合わなくなってきたし、少し傷も増えてきたけど、なんか、ちょっと変えるのは気が進まないな、なぁんて思っていた、愛着のある一品なのだ。

 ――うう、わたくしの、思い出の品が……。

「ミーア、もしよければ、新しい靴をプレゼントしようと思うんだが……」

 などというアベルの気遣わしげな声も、ミーアの落ち込んだテンションを回復するのには至らず……至らず?

「まぁ! アベルからプレゼントなんて、嬉しいですわ!」

 ぱぁ、っと笑顔を輝かせ、ミーアは歓声を上げた!

 よくよく考えれば、愛着とか、特にありませんでしたわ! とばかりに、上機嫌に鼻歌を歌うミーア。

 ――ふむ。これは確かに、恵みの産物。むしろ、馬糞を踏んでラッキーだったかもしれませんわ! やはり、馬はわたくしの味方ですわ。

 なぁんてことまで思ってしまう恋愛脳モードなミーアであった。

 さらにさらに!

 ――ふむ、これはもしや、天の配剤かもしれませんわ。天がわたくしに、馬を使うと良いことがあると、教えているに違いないですわ!

 こぉんなことまで考えてしまう上機嫌っぷりである。単純恋愛乙女なミーアなのであった。

「しかし、庭に落ちているということは、この庭で、馬を走らせているということか……」

 アベルは腕組みしながら、庭を見回す。

「そうだろうな。我の見たところ、あの木の柵は、馬に飛び越えさせるための仕掛けのように見える。万が一、足が引っかかっても怪我をしないように、簡単に倒れるようになっているだろう?」

 慧馬の指摘に、アベルは、ぽんっと手を叩いた。

「なるほど。確かに、あれでは騎兵は防げない。馬の訓練用のものだとすれば納得できるな」

 と、その時だった。

「はいよー、シルバーアロー!」

 などという威勢の良い声とともに、一頭の馬が駆けてくるのが見えた。馬は、こちらに真っ直ぐ向かってくることはせず、途中の木の柵をぴょん、ぴょん、っとジャンプで飛び越え、駆け回る。

 まるで見せつけるように馬を乗りこなし、やってきた男……。それは、まさに、ミーアが会おうとしてきた人物で……。

「やあ、ミーア姫。ご機嫌麗しゅう」

 颯爽と馬から降りたヒルデブラントは、ミーアの前で華麗な一礼を見せるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 慧馬と結ばれそう(´・ω・`)
[良い点] 馬糞堆肥いいですよね。 鶏や豚より植物性有機物が豊富で、牛より塩分濃度が低いので、土壌改良材として重宝しています。 聖ミーア学園のアーシャ様に送ったら喜んでくれそうですね!あ、でも農業機械…
[一言] 愛着と思い出のある靴で馬ふんを踏んで落ち込み、アベルに新しい靴をプレゼントと聞いてすぐ立ち直るミーア、可愛いんじゃ〜(笑) ふふっと笑ってもーた。
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