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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第六部 馬夏(まなつ)の青星夜(よ)の満月夢(ゆめ)
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第十七話 ミーア姫、訪問する

 厩舎を離れたところで、

「これは、ミーアさま、ようこそおいでくださいました」

 少し焦った様子でルヴィが出てきた。どうやら、門衛をしていたセリスという女性に呼ばれたらしい。

 ルヴィは、ちょぴーっとバツが悪そうな顔で、ミーアに耳打ちする。

「先ほどは失礼しました。どうも私は……自分の恋の話になると、取り乱してしまって……。ミーアさまのように、いつでも落ち着いていられたらいいのですが……」

 しゅんと肩を落とすルヴィに、ミーアは優しい笑みを浮かべた。

「別に気にする必要はありませんわ。わたくしのように、いつでも泰然自若としているためには、修羅場をくぐる必要がございますわ」

 修羅場をくぐっていることは、否定のしようもない事実ではあるのだが……泰然自若に関しては若干の疑問の余地がないではないミーアである。

「ところで、皇女専属近衛隊(プリンセスガード)になにか御用ですか?」

「ええ。ここ最近の働きを労いに。それに、働きぶりを少々見学させていただこうと思っておりますわ」

 ミーアは、それから悪戯っぽい笑みを浮かべて……。

「あとは、ついでにヒルデブラントに会いに行くので、その護衛の手配を、と思いまして」

「え……? ひ、ヒルデブラント殿に、ですか……?」

 ギョッと顔を引きつらせるルヴィに、ミーアは静かに頷いた。

「ええ。話を聞くつもりですわ。あなたの悩みを解決するためには、いろいろと考えなければならないようですし」

 そんなこんなで、建物に入ったところで、ミーアは目を丸くする。

「ミーア姫殿下、ようこそおいでくださいました」

「ミーア姫殿下に敬礼!」

 建物内にいた近衛兵たちが、みな整列し、姿勢を正して廊下の両側に並んでいたからだ。

「あら、仕事の手を止めさせてしまって、申し訳ないですわね」

 穏やかな、優しい笑みを浮かべるミーア。彼らは忠勤の士。ルードヴィッヒの報告書を流し読みした限りでは、本当によく働いてくれている。

 笑顔どころか、特別給金を与えてもいいのではないか? ぐらいに考えているミーアである。

 そのまま、ミーアは近くの部屋に立ち寄った。せっかくだから、見学しようというのだ。

 突然のミーアの訪問に、兵士たちは慌てた様子で、道を開ける。

 部屋の中央、大きな机。その上に置かれた玩具の駒のようなものを見て、ミーアは首を傾げる。

「これは、なにをしておりますの?」

「はっ! これは、兵の連携の確認をしております。この駒が馬車。そして、こちらの小さな駒が我々で……」

 聞かれた兵士がしゃんと背筋を伸ばして答える。

「なるほど……。馬車の台数や兵の人数により、動き方が異なるのですわね」

 ちなみに、この戦術シミュレーションは、ルードヴィッヒの兄弟弟子によって提案されたものである。頭脳派集団であるガルヴの弟子たちにより、皇女専属近衛隊の練度は、かなり底上げされていた。

「こちらの板はなにかしら?」

「これは、隊をいくつかに分けて、ローテーションを組んでおります。この一番上の金の枠がついているのが、栄えあるミーア姫殿下の護衛担当でして……」

「なるほど。そんなことまで……。これはなかなかに大変ですわね」

「幸い、ルードヴィッヒ殿の手配で、文官が派遣されてきています。そちらの方にすべて担っていただいておりますので……」

 などと、やり取りをしながら、興味深げに詰め所の中を見て回って後、ミーアは廊下の端まで歩いたところで、振り返った。

「いつもご苦労さま。みなさんの働きに、わたくし、敬意を払いますわ。今は大変な時ですけれど……頼りにさせていただきますわね」

 それから、静かに頭を下げると、ミーア一行はルヴィの執務室に入って行った。

 接客用の椅子に座ってから、ミーアは少しだけ唸る。

 ――ふぅむ……。しかし……少し硬い表情をしている者が多いですわね。なんだか、生真面目な方が多い気がしますわ。労働量はただでさえ増えておりますし、適度に休みを取ってもらえるといいのですけど……。あるいは、憂さ晴らしができるような何か……やはり、ここは、甘い物が必要かしら……?

 そんなことを思いつつ、ミーアは、腕組みするのだった。


 さて……ルヴィの部屋に消えたミーアを見送ったところで、兵たちは思わず、と言った様子で肩の力を抜いた。

「緊張したな……」

「ああ。緊張と言うか……感動した」

 近衛兵たちは、口々に、そんなことを言う。

 ミーアを訪問したバノスと同様、彼らもまた、ミーアの叡智っぷりを肌で感じている者たちだった。

 一般の民は知らない。今、この国の裏でなにが起きているのかを。

 あるいは、直接的に危機に接した者たちの中には、気付いている者がいるかもしれないが、多くの帝国の民は知らないのだ。

 この帝国が、大陸が、大きな危機に接していたことを。

 そして、その危機を回避した者こそが、ほかならぬ、自分たちの皇女殿下であるということを。

 けれど、ここにいる兵たちは、それが、どれほどのことであったのかを、すべて知っているわけで……。

「なんでも、ミーア姫殿下がこの危機を予測したのは、齢十二の時。新月地区を訪れた折であったとか……。いやまぁ、さすがに、これは嘘なんじゃないかと思うんだが……」

 ある者がこう言えば、

「権威付けのための嘘だろうと関係ないさ。ミーア姫殿下の命令で食糧が蓄えられ、遠き異国から輸入し、そして、民の間で不足した時には惜しげもなくそれを分け与えているのだ。その事実が変わることはない」

「ああ、まさに、その通りだ」

 最後には、こう頷きあうのだった。

 彼らの親類縁者の中にも、ミーアの備蓄に救われた者は、決して少なくない。

 ミーアの意向で、その功績が表に出ることはないが……それでも、彼らの心に芽生えているのは、なんとも言えない誇らしさだった。

「ミーア姫殿下の名を汚さぬよう、我らは振る舞わなければならぬ」

 自らが、皇女専属近衛隊であるという、燦然と輝く誇りを胸に抱きながら、今日も彼らは仕事に励むのだった。

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[良い点] 時期的に飢饉に片足突っ込んでいる状態だけに、特別任務で現場の状況を つぶさに知る皇女専属近衛隊は初期の頃以上にパラメータ"忠誠心"が上がってますなあ。 バノスのあの態度は決して大げさではな…
[一言] 親衛隊の人たちは、ミーアさんを見て緊張というか、感激のあまり硬くなっただけですが、当のミーアさんは、彼らの様子を見て、より良い労働環境を整えようとしているのを知ったら、なんか宗教化しそうです…
[気になる点] ミーアの勢力はどんどん大きくなっているなか、何年後ミーアパパが突然退位した時には「それはある種の政変ではないか」の声も反対派の中で出るでしょうか? 女帝派の軍事翼とも言える皇女専属近衛…
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