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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第六部 馬夏(まなつ)の青星夜(よ)の満月夢(ゆめ)
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第十六話 変わる人々と、変わらなければいけないミーアと

「恐らく、ヒルデブラントは、領内に帰還したか……。いえ、帝都にある別邸のほうにいるはずですわね」

 レッドムーン公爵家に挨拶に来て、そのまま帰還などということはしないはずだ。次男坊とはいえ、貴族家の人間は多忙だ。まぁ、ミーアを見てると、そうは思えないかもしれないが……多忙なものなのだ。うん。

 もしかしたら、皇帝への拝謁もあるかもしれないし、叔母……すなわち皇妃アデライードの墓参りもするかもしれない。そのためには、少なくとも十日かそこらは、滞在しているはず。

「であれば、動くのは早いに越したことはありませんわ」

 思い立ってからのミーアの行動は早かった。

 アンヌに着替えを手伝ってもらった後、ササッと護衛の手配をするため、皇女専属近衛隊の詰め所へと出向く。

 本来、ルードヴィッヒか、あるいは隊長のバノス、副隊長のルヴィ辺りを呼び出してするべきところだが……。今は時間が惜しい。

 幸い、皇女専属近衛隊の詰め所は、宮殿のほど近くにある。問題はないだろう。

 途中でアベルとも合流。護衛を買って出てくれた彼と、ウキウキ弾みながら町を歩いて……。

「ほら、アベル。あそこのお店は帝都で一番の……はっ!」

 危うく目的を忘れそうになって反省。

 足早に詰め所へと向かう。


 辿り着いた詰め所は、活気で溢れていた。

 現在の皇女専属近衛隊には、主に三つの勢力が存在していた。

 もともと近衛隊に所属していた兵士とディオン・アライアの隊に所属していた兵士。

 そして、もう一つの勢力が、レッドムーン公マンサーナが手配した、ルヴィのそば仕えの女性兵士たちである。その数は二十名。精鋭揃いだとのことだったが……。

「これは、ミーア姫殿下。ご機嫌麗しゅう」

 その女性兵士が、話しかけてきた。凛とした空気をまとった、きびきびした女性である。

「ご機嫌よう。ええと、あなたは、レッドムーン公爵家の方かしら?」

「はい。レッドムーン公爵家より派遣されましたセリスと申します。本日は……ああ、もしかして、騎馬王国のご友人の方をお探しなのでは?」

「はて……? 騎馬王国の友人?」

 なぜ、そんな話に? などと首を傾げるミーアを、その女性兵士は、厩舎に案内した。そこにいたのは……。

「あら、慧馬さん、こんなところにいましたのね」

 呼ばれて振り返った慧馬は、嬉しそうな顔で近づいてきた。

「おお、ミーア姫。どこかに出かけるのか?」

 ちなみに、今日の慧馬は、騎馬王国の民族衣装ではなく、帝国製のドレスを身に着けている。馬に乗る勇ましい姿しか知らなかったが、こうして見ると、どこかの貴族のご令嬢のように見える。

「ん? どうかしたのか?」

「いえ。その服、とっても似合ってますわ」

「ああ。これか……」

 慧馬は、スカートを軽く摘まんで、ふわふわ揺らした。

「ん、んんっ!」

 ふと見ると、目のやり場に困ったのか、アベルがそっぽを向いて咳ばらいをしていた。

「慧馬さん、レディがそういうことをするものではございませんわ」

「ああ、すまない。しかし、ふふ、似合うと言ってもらってすまないが、こういう服は、小驪のほうが好きだと思う。せっかくだから、あいつも、その内、呼んでやってくれ」

 あの日……馬合わせの日に、慧馬と小驪は友誼を結んだらしい。

 馬好き同士、通じるものがあったのだろう。

「しかし……良き馬がそろっているな。さすがは、ミーア姫の護衛部隊だな」

 慧馬は、厩舎の馬たちを眺めながら言った。

「あら? 騎馬王国の月兎馬を知るあなたから見ても、そう見えますの?」

 首を傾げるミーアに、慧馬は苦笑いを浮かべる。

「そうだな。以前までならば、馬鹿にしていたかもしれない。我も小驪と同じで騎馬王国の民の常識に従っていた……。駿馬こそが良き馬と決めつけていただろう。だが、あの日の馬合わせを見て、目が覚めた。あれは、良き馬合わせだった。我も血が騒いだ」

 ギュッと拳を握りしめ、

「あの最後の坂を上るところは、今でも、目に浮かぶ。東風も、ここにいる馬たちも良き馬だ」

 それから、慧馬は小さく笑みを浮かべた。

「小驪も我も、他の族長たちも、ミーア姫と出会って変えられた……。兄上も、あるいは……」

「ああ、そう言えば、聞いておりませんでしたけど、お兄さまは、今、どうしているんですの?」

 怪我をしたということは聞いていたが、詳しいことは聞いていなかったミーアである。

 火馬駆は、蛇導士を追跡する優秀な追手だ。あまり怪我が大きくなければいいのだが……。

「怪我が癒えるまでは、今までのような働きはできないだろう。まったく、我が兄ながら情けない限りだ」

 ぷりぷりと怒る慧馬だったが、やがて、肩をすくめてみせた。

「まぁ、しかし、むしろ、兄上にはちょうどいいのではないかと思っている」

「ふむ……まぁ、そうですわね。たまには休むことも必要でしょうし……」

 と言うミーアに、慧馬は首を振った。

「いや、そういう意味ではないのだ。兄上は、蛇導士を追うことはもちろんだが……それより先にすべきことがあるからな」

「はて……先にすべきこと?」

「ああ。蛇の巫女姫……ヴァレンティナと話をすることだ」

「ああ、そうか、姉さまと……」

 黙って聞いていたアベルは、慧馬の言葉に驚きを見せるも、すぐに納得の頷きを返した。

「なるほど……そうかもしれないな……」

「聖女ラフィーナも賛同してくれたらしい」

「あら、そうなんですのね。ラフィーナさまが……。ですけど、それは危険ではありませんこと? 妹の慧馬さんに言うのもなんですけれど、狼使い、馬駆さんはかなりの剛の者ですし、巫女姫と会わせたりしたら、なにをするか……」

「我もそう思わなくもなかったのだが……聖女ラフィーナに言われたよ。ディオン・アライアがいるのは、なにも帝国だけではない、と……」

 ブルルッと肩を震わせて、慧馬は首を振った。

「恐ろしいことだ……。あのような男がいろいろな場所にいるとは……」

 ブルルッと肩を震わせて、ミーアも答えた。

「ええ、もっともですわ。実に恐ろしいお話ですわ……けれど」

 っと、ミーアは心の平静を保つようにして、言葉を加える。

「まぁ、でも、それは言葉の綾というものではないかしら。ディオン隊長のような方が、そこら中にいたら、大変ですもの」

 うんうん、っと二人で頷きあい、それから、慧馬は続ける。

「まぁ、なんにしても、これは良い機会だ。巫女姫と話すことができるというのであれば、それに越したことはない。そろそろ、兄上も向き合うべきなのだ。向き合って、そして……兄上もまた変わらなければならないと、我は思う。逃げることは許されない」

「そう……。まぁ、そうですわね」

 慧馬が変わったように、小驪が変わったように……あるいは、ヴァレンティナも、馬駆も、変わることができるのだろうか?

 願わくは、それが良い方向であればいいと、祈らずにはいられないミーアであった。

「ところで慧馬さんは、こんなところでどうかなさいましたの?」

「ああ。そうなんだ、実は、ここに蛍雷を預けているのだが、少し運動不足になりそうなのでな。羽透と遠駆けに行こうと思っていたのだ。もしよければ、ミーア姫もどうだ? アベル王子も一緒ならばちょうどよい。また軽く競争でもしてみるというのは……」

「そうしたいのはやまやまなのですけど、実はこれから出かけるところがございますの」

 そうして事情を説明すると……。

「そうか。よし、そういうことならば無論、我も同行するぞ」

 慧馬は、明るい笑みを浮かべた。

「どうだ? ミーア姫。あまり、体を鈍らせるのも良くない。馬に乗っていくというのは」

「ふむ……そうですわね」

 ミーアはペロリ、と口の周りを舐めた。舌先に感じたのは、先ほど食べた野菜ケーキの甘味……。

 ――甘い物を食べたわけですし、運動もしておいたほうがいいですわね。

 自らも変わらなければならないところがあるのではないか? 

 悔い改めるべき点があるのではないか? 

 ……などと、湧き上がる切実な想いに押されるようにして、ミーアは静かに頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 労働、ケーキ、ケーキ、野菜ケーキ、乗馬、ケーキ このぐらいの配分が大事ですわね…。
[一言] 書き忘れたので、一言。 このラノ、ランクインおめでとうございます!
[良い点] 【朗報】ミーア姫、ダイエットを思い出す [一言] でもパティの教育(ケーキ)のこと考え始めたらすぐ記憶の彼方に飛んでいきそう
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