第十五話 千客万来2 恋の仲介天使ミーア、出撃す!
さて、紅茶とお菓子で、ちょっぴり元気を取り戻したルヴィ(やはり、甘い物は偉大ですわ! などと感心するミーアである)を送り出したミーアであったのだが……。
扉が閉まった瞬間、ほふーぅ、と長い長いため息を吐いた。
「これは、なかなかに、難解な問題ですわ」
今回の縁談話、ただ潰せばいいという類のものではない。
レッドムーン公マンサーナは、ミーアに味方するために、この縁談を進めたのだ。それをないがしろにしては、レッドムーン家との仲がこじれてしまう。
着地点を見出すのは容易なことではない。けれど、それ以上に問題なのは……。
「そもそも……バノスさん自身の気持ちもございますし……」
これである。
今回のことは、自身の従兄弟も関係しているから、介入することもやぶさかではないミーアである。されど、それはあくまでも問題の先延ばしに過ぎない。
「いずれにせよ、レッドムーン公爵家の令嬢として、ルヴィさんは、どなたかかと結婚しなければならないわけで……」
その時に、ルヴィはどうするつもりなのか?
身分違いを理由に、バノスとの婚姻を反対された、などと言うことであれば、ミーアとしても助力は惜しまないだろう。けれど、問題は、バノスの気持ちの問題だった。
「ルヴィさんの片思いだったら、あまりごり押しするのもよくありませんわね。ふーむ……」
大貴族の平民に対する横暴を応援することは、ミーアにはできない。せっかく最近、猫っぽくなってきた獅子ラフィーナを、再び目覚めさせることになってしまうかもしれない。
「それに、バノスさんの士気が下がるのも問題ですわ」
皇女専属近衛隊の隊長として精力的に働いてもらっているところである。その士気を削ぐようなことはしたくない。であれば……。
「できれば、両想いになってもらいたいところ……。そうなれば、わたくしとしても、協力を惜しんだりは致しませんけれど……ぐぅ、だ、ダメですわ! バノスさんが、ルヴィさんに惚れるビジョンがまるで浮かびませんわ!」
ミーア、思わず頭を抱える。
「しかし、まぁ、とりあえず、今回の縁談話ですわね。なんとかしてあげないと……」
どうしようかなぁ……などと、頭をモクモクさせ始めようとした、まさにその時だった。
「失礼いたします。ミーアさま……。あの、バノス隊長がお見えになりました」
部屋に入ってきたアンヌの口から、意外な名前が飛び出した。
「あら……珍しいですわね。バノスさんが来るだなんて……」
ふぅむっと一つ鼻を鳴らし、ミーアは考える。
――ルヴィさんが訪ねてきたタイミングで、バノスさんもやってくるとは……。これは、偶然のことなのかしら? それとも……。
刹那の黙考。その後……まぁ、考えても仕方ないか! と結論を得る。
「とりあえず、食糧輸送団の護衛のことも労いたいですし、いいですわ。お通しして」
そうして、部屋に迎え入れることになったのだが……。
「失礼いたします」
入ってきて早々に、バノスは膝を付き、
「ご無事のご帰還に、心より喜びを申し上げます」
実に、なんとも、かしこまったことを言った。
「あら、あなたもルードヴィッヒのようなことを言いますのね。バノス隊長」
ミーアは、くすくすと笑い声をあげて、
「堅苦しい挨拶は不要に願いたいですわ。そんなにかしこまっていては、肩が凝ってしまいますわよ? それでは、いざという時に動けない。それは、わたくしの護衛にあるまじきことではありませんこと?」
「やれやれ、変わりませんな。姫殿下」
顔を上げた時、その顔には、なんとも言えない苦笑いが浮かんでいた。
「こちらとしては、ここ数か月、姫殿下の予言が当たりに当たって、慄くばかりなんですがね」
「あら、別に、だからといって、なにも怯える必要はありませんわ。あなたたちは、わたくしの言葉を信じ、そのための備えを進めてきていた。そして、だからこそ、スムーズに動けている。わたくし、あなたたちの働きを評価しておりますのよ? 皇女専属近衛隊は、よくやってくれておりますわね」
上機嫌に笑ってから、ミーアは首を傾げた。
「それで、今日来たのは、そのことですの?」
「ああ。いえ、そうじゃないんですが……」
それから、バノスはガシガシと頭をかいた。
「実は、副隊長の……ルヴィお嬢さまのことなんですが……」
「あら? ルヴィさんが、どうかなさいましたの? よく働いてくれていると思っておりましたけれど」
そう言うと、一転、バノスは頬を緩めた。
「よくやってくれてますぜ。貴族の嬢ちゃんかと思いきや、どうしてどうして。根性出してくれてます。ただ……どうも最近、元気がないのが気になりましてね……」
――まぁ! これは……っ!
バノスの言葉に、ミーア、思わず瞠目する。
「副隊長として、彼女に力を発揮してもらわないと、この先、少々困っちまいそうでしてね……」
などと言うものの、ミーアの恋愛審美眼は、彼の表情をつぶさに観察していた!
――これは……ただ、同じ仕事をしている者を心配しているようにも見えますけれど……。いや……でも……可能性が、ないわけではないのかしら?
それは糸のように、か細い可能性。けれど、ミーアはそこに光を見た気がした。
――というか、嫌いな人には、そういうこと……思わないですわよね? であれば、もしや……可能性がないこともないということかしら?
小さな可能性であれ、そこに道があるならば、進むしかないではないか?
なにより、ミーアは見てみたかった。身分の違い、年齢の違いを超えたご令嬢と一兵士の純愛物語を!
恋愛小説愛好家たるミーアの、恋愛脳が唸りを上げる!
――だとすると、ここは、一肌脱がずにはいられませんわね。
俄然、ミーアは鼻息を荒くする。
「ええ。そういうことでしたら、わたくしが何とかいたしますわ」
「後のことは任せろ!」とばかりに、胸をドンと叩いて請け負うと、ミーアは早速動き出す。
「まず、必要なのは、ヒルデブラントをなんとかすることですわね!」
恋の仲介天使ミーアは、そうして静かに動き出すのであった。