第十四話 千客万来1 涙目ルヴィの恋愛相談
とりあえず、ルヴィを椅子に座らせて、アンヌにお茶とお菓子の用意をお願いする。
心得た! とばかりに頷き、飛んでいくアンヌ。その背を見送ってから、ミーアは改めてルヴィの顔を見た。
真っ赤になった鼻をグズグズと鳴らす少女。いつもの冷静で飄々とした姿が見る影もない。
ルヴィがこんな反応をするような状況がはたしてどんなものなのか……想像した瞬間、ミーアの背筋が冷たくなる。
「まっ、まさか、バノスさんに、何事かございましたの?」
皇女専属近衛隊の長、バノスは、ルヴィの想い人だ。熟練の兵で、剣の腕については、ディオンには及ばないまでも十分に一流。そのうえ、その人柄の良さはミーアも評価するところである。
ディオンとは違ったタイプの得難い人材……。そんな優しき巨漢に何事か起きたのか!? と、不安になるミーアだったが……。ルヴィの口から出たのは、思わぬ言葉だった。
「う、うう……実は、私に、えっ、縁談の話が、来て……」
「あら……縁談……」
ミーアは、思わず、まぁ、と声を上げた。
――なるほど、確かに、ルヴィさんは、お年頃。エメラルダさんにも来るぐらいですから、来てもおかしくはありませんわね。サフィアスさんも、許嫁がおりますし。
あの二人に縁談の話が来るぐらいなのだ。あの二人! でもなんとかなるのだから、当然、ルヴィにだって来るに違いないと頷くミーアである。が……。
「そんなの、適当に難癖をつけてお断りしてしまえばいいのですわ。あなたらしくもない」
なにを悩んでいるのやら……と、ミーアは、小さく首を傾げる。
「今は、わたくしに与えられた使命が大事とか、黒月省内で出世したいから、当面、結婚する気はないとか、なんとか適当に……」
即興ですら、すらすらと言い訳が思い浮かぶ。お断りすることなど容易いこと、と考えるミーアであったのだが……ルヴィは、ゆるゆると首を振った。
「そっ、それは、やりました。でも……ダメだった。私の出世にも役に立つし、それに……ミーアさまから与えられた使命を全うするためにも、役に立つ相手だからって、言われて……うぅ……」
それから、ウルウルと潤んだ瞳でミーアを見つめて、ルヴィは言った。
「縁談の相手は、ヒルデブラントという名の騎士で……コティヤール侯爵家の次男だからって……」
その名を聞いて、ミーアは思わず目をむいた。
「ヒルデブラント! なんと……! あのヒルデブラントですの?」
ヒルデブラント・コティヤール。その男は、ミーアの母、アデライードの実家であるコティヤール侯爵家の次男。すなわち、ミーアの従兄弟である。
そして……。
「ああ、なるほど。それで、あんなところにいましたのね……。なぜ、帝都の近くにいるのかと思っておりましたけれど……」
そう……帰還の途中に、ミーアに熱烈な視線を投げかけてきた男こそが、ヒルデブラントだったのだ。
「ふむ、そういうことですのね。でしたら、確かに事態は複雑ですわね」
大貴族のご令嬢にとって、結婚と政略は切っても切り離せないものだ。
昨年の秋、エメラルダにもたらされたエシャールとの縁談がそうであったように、ルヴィの縁談にも、しっかりと政略が絡んでいる。
では、はたして、この縁談が意味するものはなにか? そして、レッドムーン公爵家はどのような思惑を持って、この縁談を企図したのか?
――この狙いは……ずばり、わたくしとの関係強化ですわね。
帝室自体との、ではなく、ミーア個人とのというところが、実に悩ましいところだった。
コティヤール侯爵家は別に皇帝の血を引く家というわけではない。現皇帝マティアスの亡き妻の実家であるというだけであり、血の繋がりから言えば、ミーアとしか関係がないのだ。
貴族の家同士の繋がりを、血の繋がりのみで語ることはできないし、皇帝の亡き妻の実家と縁を結ぶことに意味が全くないとは言えないが……少なくとも、名門たるレッドムーン公爵家が欲するコネかどうかは微妙なところだ。
そもそも血筋でいえば、レッドムーン公爵家のほうが皇帝に近いわけで……にもかかわらず、コティヤール侯爵家と姻戚関係になることの意味はなにか?
言わずもがな、ミーア個人との関係を強化することだ。
それはすなわち、ミーアの権勢を認め、ミーアが帝位を継ぐことを支持するという表明ですらあるのかもしれない。ルヴィの父、マンサーナ・エトワ・レッドムーン公爵は、ミーアの陣営に与することを、正式に表明しようというのだ。
「なるほど……。ルヴィさんのお父さまとは、確かに良い関係を築けておりましたけれど……この縁談は、わたくしへの好意を表すものなのでしょうね。しかし、我が従兄弟が縁談の相手とは、なかなかに面倒な状況ですわね……」
敵対行動であれば、突っぱねればいい。けれど、善意での行動で、なおかつ大きなメリットがあるとなると事は簡単ではない。
まさか「ルヴィはバノスのことが好きだから!」などと言って断るわけにもいかない。
平民の、一兵士に恋をするなど、名門レッドムーン家のご令嬢には許されないことであって……。それを理由に、メリットのある縁談を拒絶することなどできないはずで……。
だからなのだろう。ルヴィが、ここまで追い詰められているのは。
普段、飄々としている彼女が、こんな風に情けない顔を晒すほどに追い詰められて……追い詰められて?
っと、ミーアの脳裏に、乗馬大会の時の記憶が甦る。
今と同じ感じで、泣いていたルヴィの顔を思い出し……。
――ああ、そうでしたわね。この人、案外、恋愛が絡むと乙女になってしまうのでしたわ。
であれば、この反応も不思議ではないのかもしれないが……。ともあれ、放置は危険だ。
――恋に恋する者の邪魔をするのは、無警戒に荒嵐に近づくよりも危険なことですもの。それに……。
「う、うう、ミーアさま……」
実になんとも情けない顔で見つめてくるルヴィ。それを見ていると、なんとかしてあげたくなるミーアである。
――確かに、レッドムーン公の好意はありがたいですけれど、それでルヴィさんの機嫌を損なっては意味がありませんわ。よし!
ということで、とりあえずルヴィの味方をすることに、ミーアは方針を定める。
それにミーアとて乙女だ。ルヴィの気持ちは十分にわかっている。
「大丈夫ですわ。ルヴィさん。そんなに泣かないでも、なんとかしますから」
と、そこで、タイミングよくアンヌが戻ってきた。
紅茶の良き香りに交じってやってきた、野菜ケーキの香りをミーアは見逃さない。
「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着きましょう。それにケーキ! 料理長が腕によりをかけて作ってくれたみたいですわよ?」
とりあえず、美味しい物でも食べて、頭をスッキリさせなければ……などと思うミーアなのであった。




