第十二話 お姉ちゃんの次に好きです!
「ミーア、その子は……」
――くっ、なぜ、ここにお父さまが……?
ミーアは、聞こえてきた声に一瞬固まる。
ぎくしゃくと振り返った先に立っていたのは、ミーアの父、皇帝マティアスだった。
――これは、下手に隠し立てするのは得策ではないですわね。そもそも最初から、紹介するつもりではあったわけですし……当初の予定通り、さりげなく……。名馬を隠すならば騎馬王国。子どもを隠すならば、子どもたちの中ですわ!
そうして、ミーアは一転、柔らかな笑みを浮かべた。
「あら、お父さまご機嫌よう。ちょうどよかったですわ。この子が、お話ししていたパトリシアですわ」
できるだけ早口にならないように言ってから、ミーアはパティの肩に手を置いて。
「それと、こちらの女の子がヤナ。その弟のキリルですわ」
すかさず、残り二人の子どもたちを紹介する。
「三人ともセントノエル学園で始まった特別初等部の生徒たちですの。わたくしも時折、教鞭をとっておりますわ」
「ほほう、なるほど。ミーアの教えを受けた子どもたち、か……」
皇帝マティアスは、興味深そうに子どもたちに視線を注いだ。
それを受け、キリルがビクンっと肩を震わせた。小さな手が、キュッと姉のスカートを掴む。一方で、ヤナのほうも、緊張に頬を強張らせていた。
貧民街で大人とも渡り合ってきた彼女であるが、さすがに相手が一国の統治者となると、勝手が違うのだろう。
セントノエルでは、まだ実感が湧かなかったのかもしれないが、こうして、壮麗巨大な白月宮殿の中にあっては、嫌でも、その絶対的な権力を理解せざるを得なかったのだ。
目の前の男の力の凄まじさ……そして、その男を父と慕うミーアの権力というものを。
そんな中、ミーアは、父の視線から子どもたちを守るように、一歩前に出て。
「もう、お父さま。そんな怖い目で睨んだら、子どもたちが怖がってしまいますわ」
腕組みしつつ、呆れた顔で言う。
ミーアとしては、父よりもラフィーナなどのほうがよっぽど恐ろしいように思えるのだが……。最近は、すっかり優しくなったとはいえ、獅子は獅子。父とは物が違うように思えて仕方ないのだが……。
――まぁ、怖いものは人それぞれですしね……。
「むぅ、別に怖がらせているつもりはないのだがな……」
マティアスは、唇を尖らせてもごもご言ってから、ふと、パティに目を移し……。
「しかし……そうか。そなたが、パトリシアと言うのか……」
ジッとその顔を見つめてから、ふふっと笑みを浮かべた。
「なるほど。さすがはミーアだ。確かに私は、名前に印象を引かれているようだ。油断していると、母上に似ている、などと言い出してしまいそうだな」
マティアスは、そこで膝を付き、パティと目線の高さを合わせた。それから、そっと手を伸ばし、パティの頬に触れ……。
「しかし、この髪……それに、この感情の底が見えぬ美しい瞳……。こうしてじっくり見ると、母上の面影があるように見えて来るな。奇妙な気分だ」
「そ、それは、お父さまが単純だという良い証左ですわ。わたくしの言ったとおりではありませんの!」
ミーアは少々慌てつつ言った。
――ううむ、意外と鋭いですわね……。お父さま……。普通、自分の母親が幼少の姿で現れても気付かないと思いますけれど……。
意外と鋭い父の感性に感心半分のミーアであったが……残りの半分で……。
――しかし、お父さま……。年端もいかぬパティに母の面影を見てしまうだなんて、本人だから仕方ないとはいえ、こう……ちょっぴり……アレですわね。
なんとも複雑な気持ちになってしまうミーアなのであった。
「……そうか。そうだな……我ながら、実に単純なことであった」
苦笑いを浮かべつつ、マティアスは立ち上がる。それから、改めてヤナとキリルに目をやった。
「ふむ……そちらが姉のヤナで、弟のキリルであったか……」
その声を受け、ピンっと背筋を伸ばす二人。マティアスは姉のヤナの前……を素通りし、キリルの前に立った。
「時に、キリル……。そなた、我が娘ミーアのことを、どう思うか?」
「……え?」
キリルは、びっくりした顔で瞳を瞬かせてから、
「え、えっと……とっても、お優しくて、お美しい方だと思います」
模範解答を口にした!
――ふむ……。ヤナも割と頭がいい子かと思いましたけど、キリルも幼いながらに、なかなか……。お父さまの喜びそうなことをスルスルと言うとは、実に空気が読める子ですわ。
そんなミーアの評価を裏付けるように、
「ほう! なかなか、見る目があるな!」
マティアスは上機嫌に笑っていた! それから、急に真面目な顔になり、
「では……そなたは、ミーアのことが好きか?」
ジィっとキリルの顔を見つめる。キリルは、かすかに首を傾げてから、
「はい。ミーアさまのこと、大好きです。お姉ちゃんの次に好きです!」
「ほう……」
マティアスは腕組みをし、険しい顔でキリルを見つめてから……。
「なるほど、な……。姉の、次にミーアのことが好き……と。ふふふ、偉い! 実に偉い子だ!」
にっこーっと笑みを浮かべた。
「我が娘ミーアを好くとは、実に見どころがある。しかも、姉の次、というのが気に入った。誰よりもミーアのことが好きだ、などと言い出したら、警戒してしまうところだったぞ! ……なぁ、アベル王子?」
ジロリ、と視線を向けた先。いつの間にやら、ミーアと合流しようとして、近づいて来ていたアベルは……。
「あ、ははは……」
思わずと言った様子で、苦笑いを浮かべるのだった。




