第八話 混じる、不純物……
「相談したいこと……ですか。それはもしや、先日、お手紙でお知らせいただいた摩訶不思議な出来事について、でしょうか?」
そう言ってルードヴィッヒは、静かに眼鏡の位置を直した。
ミーアはすでにベルのことを、ルードヴィッヒに知らせていた。
ベルによれば、未来のルードヴィッヒはベルの正体を知っているとのことだった。ならば、教えることには何の躊躇もないミーアである。
むしろ今は、パティという不確定要素が存在する。ルードヴィッヒに相談しないというオプションは、ミーアには存在しない。
ベルによれば、未来にいた誰も……パティのことは言っていなかったという。
それが「未来からやってきたベルは、パティのことを知らなかった」という状況を作るため……すなわち“彼らが辿る歴史と同じ状況を作るため”なのか、あるいは、本当に「未来にやってきたパティ」という存在が、彼らの辿る時間軸には存在しなかったからなのか……。
その辺りのことが定かでない以上、ルードヴィッヒに相談するのが最善の策……。
などと小難しいことを考えた末の結論……なわけもなく。そう、そんなこと、微塵も考えずに……!
――情報を秘して、わたくし一人が苦労をするなどと言う理不尽があっていいはずもありませんし。未来ではベルの時間移動を結構な数の方が知ってるとも聞きますし。教えて悪い理由はありませんわね。うん、わたくしの知恵袋を使わない手はありませんわ。
などという結論に至ったミーアなのであった。
さて、そんなミーアではあるのだが……、さすがにパトリシアのことは、まだ知らせていなかった。
なにしろ、パトリシアの存在はミーアにとって、究極のウイークポイントである。
もしも、蛇に誘拐でもされたら、ミーアの存在自体が消えてしまうかもしれないわけで……。せっかくこれまで頑張ってきたことが、水泡に帰しかねない。それは、なんとしても避けたいところである。
――パティについては、ベル以上に情報の扱いを慎重にしなければなりませんわ。
腕組みしつつ、ミーアは考えをまとめていく。
「ベルのことはもちろんございますけれど、それだけではありませんの。正直に言ってしまうと、事態が複雑すぎて、わたくしとしてもどう考えればいいのか、迷っているところですわ。だから、あなたにも考えを聞きたいんですの」
「ミーアさまでも……ですか?」
ゴクリ、と喉を鳴らすルードヴィッヒ。眼鏡の奥、その瞳に困惑の色が広がる。
「ええ。わたくしでも……。そして、場合によっては、未来のあなたですらも、予測できない事態が起きているんですの」
ミーアは、それから静かに腕組みした。
ベルに聞いた限りにおいて、未来のルードヴィッヒもまた、パティのことを口にしてはいなかったという。わざと秘していたと考えられなくもないが……。
――それならば別に構いませんわ。未来のルードヴィッヒが『秘するべき』と考えたうえでしたのであれば、それは、ルードヴィッヒの計算の内にあることですもの。
問題は、パティがイレギュラーな存在であった時なのだ。
ルードヴィッヒの計算外の出来事が起きていた時、それに備えていなかった、などと言うのは最悪な展開だ。
「あれは、断頭台かな?」というものが見えた時……断頭台だと思って備えて、断頭台ではなかった場合は笑って済ませることができるだろう。けれど、断頭台ではないと思って油断して、実際には断頭台だった場合には、笑うに笑えない。
なにかよくわからない怪しげなものを見たら、とりあえず断頭台だと思っとけ! というのは、よく知られたミーア格言の一つだ。
常に最悪に備えて振る舞うことこそが、小心者の戦略なのだ。
「だからこそ、あなたの知恵をお借りしたいと思っておりますの。わたくしが知る最高の知者であるあなたの知恵を、ぜひわたくしのために使っていただきたいんですの。頼りにしておりますわよ、ルードヴィッヒ」
そうして微笑むミーアに、ルードヴィッヒは、何事か考えていたようだったが……。
「申し訳ありません。ミーア姫殿下。そういうことでしたら、その件に関しては、日を改めてお聞きするということでも構わないでしょうか?」
静かに、硬い表情で言った。
「え? ああ、まぁ、あなたがそう言うのであれば……」
意外なルードヴィッヒの反応に、はて、どうしたのだろう? と首を傾げるミーアであるが……。
二日後、再びやってきたルードヴィッヒに、思わず納得の笑みを浮かべてしまう。その後ろにいる男の姿を見て、なるほど、と思う。
参上したルードヴィッヒは、穏やかな顔で言った。
「ミーアさまのお話が極めて難解なご様子でしたから……。助力を請うこととしました。ベルさまの時代とは違い、今は大陸最高の頭脳の力を借りることができますから」
そうして、ルードヴィッヒは自らの後ろに立つ男に目を向けた。
ベルの時間移動について、ある一定の仮説を立てた、宰相ルードヴィッヒ。その知恵をもしのぐかもしれぬ人物……。
それこそが、ルードヴィッヒの師である賢者……。
「お久しぶりですわね。ガルヴさん」
ミーアの笑みに、聖ミーア学園の長、ガルヴことガルヴァヌス・アルミノスは、静かに頭を垂れるのだった。
かくて、ミーアのもとに、この時代最高の頭脳が集う。
帝国の叡智の知恵袋ルードヴィッヒと賢者ガルヴ。そして、帝国の叡智ミーア・ルーナ・ティアムーン…………ミーア・ルーナ・ティアムーンっ!?
……微妙な不純物の混じった最高の頭脳集団が今、時間移動の謎に挑もうとしていた!




