第七話 ミーア姫、やる気を出す
白月宮殿には、ティアムーン帝国全土の知識を集めた大図書館がある。
その大図書館に備え付けられた木製の机に頬杖をついて、ミーアは憂鬱そうに、ため息を吐いた。
「うーん、どうしたものでしょう……」
ミーアは、ここ数日、ずっと図書館にこもっていた。
あの日、アンヌのことを思い出したミーアは、一週間かけて日記帳を見直しながら、記憶を整理した。
その結果、ようやくアレが夢なんかではなく、実際に起きたこと……いや、正確には、これから起こることだということが理解できたのであった。
その結果!
「そそそ、そんなの、まっぴらごめんですわっ!」
ミーアは一念発起した。
もう一度、断頭台にかけられるなど、冗談じゃなかった。なんとかして、あの未来から逃れなければならない。
ということでミーアは図書館にこもって、現在のティアムーン帝国について調べてみた。
確か、ミーアの記憶によれば、あと数年のうちに帝国の財政は悪化。追い討ちをかけるように飢饉が来て、疫病が蔓延し、民衆が革命を起こして、近隣国が革命軍に手を貸して介入してくる。
だいたい、そんな感じ……、だった気がする。
図書館で、その記憶を頼りに調べていった結論としては、
「難しい、ですわ」
それはそうだろう。なにしろ、甘やかされて育った彼女である。いきなり政治や経済のことを調べ始めたってわかるはずがない。
なにが起こるかはわかっているのに、どうすればいいのかわからないもどかしさに、ミーアは頭を抱える。
いくら甘い物を食べて頭の働きをよくしても、まったくいいアイデアが思い浮かばなかった。
さすがに自分の食事一回分が、民衆の一か月分の給金に等しいというのは、まずいのではないか、ということは理解できたけれど……。
「やはり、あの方を探し出さねばならないでしょうね……」
アンヌのことを思い出すのと同時に、ミーアは、もう一人の忠臣のことを思い出していた。
傾いた帝国を立て直すため、ひいてはミーアたち皇帝一族を助けるために、身を粉にして働いてくれた、優秀な青年文官。
ミーアがどん底に落ちても、見捨てることなく、最後まで働いてくれた人、にもかかわらず、
――どこにも名前が書いてないんですのよね。ものすっごーく、失礼なヤツだったのはおぼえているのですが……。
陰険メガネ、くそメガネ、くされメガネ……などなど。いろいろ呼んでた記憶はあれど、そう言えば、彼の名前を呼んだことはなかった気がする。
「名前がわからないとどうにもなりませんわね。なんとか、手がかりになりそうなものでも書いていないかしら……?」
そう思い、改めて日記を読みなおしてみると、はじめて会った日のページに、
『中央から地方に飛ばされたバカ』
と小さく書かれているのを見つけた。
「そうですわ、確か、しばらくは帝都に任官してたと言ってた気がしますわ……。探しに行ってみようかしら?」
もしかしたら、まだ、帝都にいるかもしれない。
思い立ったら即行動。ミーアは立ちあがると、アンヌに外出の準備をさせた。
ティアムーン帝国、帝都ルナティアには、皇帝の統治を助ける五つの月省が存在している。
首都の行政を担う青月省
税関係を扱う金月省
地方の行政を担う赤月省
外交を担う緑月省
そして、帝国七軍をまとめあげる黒月省である。
ミーアが向かったのは、白月城に最も近い位置にある金月省だった。
特に理由があったわけではない。彼が帝国の財政立て直しに駆けまわっていたから、とか、お金のことにやたら細かかったからとか、きちんと考えていたわけではない。
ぶっちゃけ、ただの勘である。
「あの、ミーアさま、こんなところに、いったいなんの用があるんですか?」
首を傾げるアンヌに、ミーアは、
「会いたい方がいるのですわ」
ただ、一言答えるのみだった。
「会いたい人って……まさか……」
ハッと口元を押さえるアンヌ。それから、納得したようにうなずいて、
「そう言うことでしたら、このアンヌ、しっかり協力させていただきます」
「……?? まぁ、そう言っていただけるなら、嬉しいですわ」
なぜ急にアンヌが張り切りだしたのか、わからなかったが、まぁ、いいか、と気持ちを入れ替える。
「いてくださればよろしいのですが……あら?」
歩いている途中、誰かが言い争うような声が聞こえてきた。
「なぜ、こんな無駄使いが通るんですか? こんなことでは、帝国の財政は近いうちに破綻してしまいますよ。あなただってわかっているはずです」
「ええい、うるさい」
「しかし……」
「黙れ! そのような細かいことを言っていて、なんとするか」
「細かくなどありません。このままでは帝国は……」
「あら?」
聞き覚えのある、どこか懐かしい声が聞こえてきて、ミーアはにんまり笑みを浮かべる。
「あたり、ですわ。図書館にこもった甲斐がありましたわ!」
図書館で得られた知識はまったくもって関係ないわけだが……。
それでも少なくともミーアが幸運に恵まれていることは確かなようだった。