第二話 賑やかな旅の予感
「ふむ、ヤナとキリルを連れ帰るのは良いですけど……問題は二人を、どこに泊めるか、ですわね……」
生徒会室から出てきたミーアは、ふぅむっと唸った。
「まぁ、お城でも構わないのですけど……あるいは、またアンヌのご家庭に預かっていただくのもいいかもしれませんわね。ああいう温かいご家庭に触れるのがよろしいかもしれませんわ。パティも、いきなりお父さまに会わせるわけにはいきませんし、準備が必要ですわ」
などと考え事をしつつ、廊下を歩いていた時だった。
「ああ、ミーア、ちょうどよいところで会った」
その声に振り返る。っと、後ろからアベルが歩み寄ってくるのが見えた。
「あら、アベル、どうしましたの?」
瞬間、ミーアの顔に可愛らしい笑みが浮かんだ。特に意識してのものではないのだが……、ここ最近、ミーアは、アベルと話していると自然と微笑みを浮かべている自分に気付いていた。
なんだか、こう、胸の奥がポッポと温かくなって、ついつい笑みがこぼれてしまうのだが……。
――それにしても、アベル。また、少したくましくなったかしら? 背もずいぶん大きくなりましたし、顔つきも凛々しくて……。
「うん? どうかしたかね?」
ふわり、と柔らかな笑みを浮かべるアベル。一瞬前まで見えた凛々しい顔とのギャップに、ミーアの胸がトクゥンッと高鳴る。
「い、いえ、なんでもありませんわ。それより、なにかございましたの?」
「ああ。実は、お願いがあってきたんだ。ボクも帝国に同行してもいいだろうか?」
その突然の申し出に、ミーアはきょとんと首を傾げる。
「それは別に構いませんけど……急ですわね。どうかなさいましたの?」
っと、その時だった。ミーアの脳が……比類なき恋愛叡智が……答えをはじき出した!
――アベル……まっ、まさか、お父さまに挨拶に行くんじゃあ?
結婚前に殿方が、相手の親に挨拶に行く……。それは、エリスの書いた恋愛小説には頻繁に出現するイベントである。
王侯貴族の社会において、結婚とは極めて政治的色合いの強いものである。見合いから婚儀に至るまで、担当の者が話を固めていることがほとんどであり「娘さんを自分にください」などと言うやり取りをする余地などない。
見合いの席で顔を合わせた時点で、娘さんをいただくことは決定済み。親も了承済みなわけで……。
だが、とミーアは気付く。
――アベルは、勇敢な人ですわ。こうと決めたら一歩も引かない根性もありますわ。わたくしを奪い取るために、お父さまに直談判する、などと言う可能性は十分にあり得ることではありませんの……?
そうと気付いてしまうと、俄然、ミーアの呼吸が荒くなる。
かひゅーほひゅーっといささか落ち着かない呼吸をしつつ、胸元を押さえて深呼吸。それから、ミーアは改めて尋ねる。
「え、ええと、アベル、なんのために帝国に?」
「そうだね……。詳しい話は彼女のほうからしてもらおうか」
そう言って、アベルは視線を転じる。それで、ミーアも気が付いた。
一瞬前まで、アベルのことしか目に入っていなかったが……よくよく見ると、アベルの後ろに、一人の少女が立っていたのだ。堂々と腕組みし、仁王立ちするその少女の名は……。
「あら、慧馬さん……」
いつの間に……という言葉を、ミーアは慌てて呑み込む。
慧馬の顔が、かつてないほどに険しいものだったからだ。
「え、ええと、どうかなさいましたの?」
「実は、兄が敵に後れを取ったらしい」
衝撃の言葉に、ミーアは思わず目を見開いた。
「お兄さまって、あの狼使いが……ですの?」
混沌の蛇の最強戦力、狼使い。かのディオン・アライアですら認めるほどの実力者である。にわかには信じがたい事態であるが……。
「川に落とされて負傷した。しばらく動けないらしい」
「そして、突き落とした男が、巧みな船乗りだった、ということなんだが……」
後を継いだアベルは、ここで、意味深にミーアを見つめてくる。それで、ミーアもピンとくる。
「船乗り……もしや……バルバラさんをセントノエル島に渡らせた男ですの?」
「わからない。でも、そうかもしれない。そして……例のサンクランドで暗躍した蛇の男を乗せて、帝国のほうに去ったとのことだ」
「まぁ、帝国に……」
「厳密に言えば、川を舟で下って行った先が、帝国の方向だということなのだが……警戒するに越したことはないからね」
「ああ、なるほど。つまり、わたくしのことが心配だから、一緒に来てくださるということですのね」
ミーアは、気が抜けるの半分、安堵半分のため息を吐き……嬉しさに笑みを浮かべた。
「ありがとう。アベル、嬉しいですわ」
「お礼には及ばない。ボクが後悔したくないから、ついていきたいだけなんだ。大切な人が、危険な目に遭っている時になにもしてあげられない……。それは一番、苦しいことだから」
シレッと大切な人、などと言われてしまい、ミーア、ほぁあ、っと声にならない悲鳴を上げる。
――やっ、やっぱり、アベルって天然なところがありますわね。平然と、大切な人だなどと……うっ、嬉しいですけど、照れてしまいますわ。
頬を押さえ、グニグニと体をねじっていると……。
「アベル王子だけではない。我も同行させてもらう。不甲斐ない兄に代わり、我が、火燻狼追跡の任に当たることになったのでな」
やれやれ、っと首を振る慧馬。
「そういうわけだから、よろしく頼む」
「あら、それはまた……大所帯になりそうですわね。まぁ、なんにせよ、アベルと慧馬さんが同行するのは嬉しいですわ。うふふ、楽しい旅になりそうですわね」
かくて、帝国行きのメンバーが決まる。
ミーアたち帝国勢に加え、アベル、慧馬、それにヤナとキリルも。
賑やかな旅の予感に、ミーアはウキウキと笑みを浮かべるのだった。
そういえば、昨日からティアムーン原作のTVCMが流れ始めました。毎週水曜日の某アニメの枠ですね(作品名を出して良いのかわからないので伏せますが……)。
アニメじゃないけど、ちょっぴり動いてしゃべるミーアが見えたりします。アニメじゃないけど。
動画サイトの出版社ページなんかでも見られると思いますので、よろしければ……。




