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第七十四話 戦いは終わり……そして

「おおー!」

 幾度もの苦難を乗り越え、ようやく、歓喜の時は訪れた。

 テーブルの上に並んだ料理を見て、一同から歓声が上がる!

 お皿の上に並べられたもの、それは、見事な馬の形をしたサンドイッチだった。

 もしかして、馬の全身じゃなく、顔だけのほうが挟みやすいんじゃね? と途中で気付いたキースウッド指導の下、元祖馬パンと馬顔パンの二種類が、そこに並んでいる。

 ちなみに、馬顔パンの成形はミーアとアンヌの手に委ねられた。

 「なにもすることがないと、人間はロクなことを考えない」という真理に基づき、ミーアが余計なことを考えないように、役割を振ったのだ。

 そのせいで、馬顔フルーツパンのほうは「生クリームを表面に塗って、白馬にするのはどうかしら?」などと言う、ミーアのロクでもない発案によって、大変、甘い仕様になっているのだが……いいのだ! すんごく食べづらいし、手がクリームでベトベトになってしまうのだが……食べられればいいのだ!

 そうして作ったパンに、キノコ&ホワイトソースと、イチゴ&クリームを挟み、完成したものが、目の前に並んでいた。

 若干、クリームがはみ出していたり、ズレていたり、キノコがチョロチョロ顔を出していたり、表面に分厚くクリームが塗ってあったりして食べにくそうだが、ともかく完成したのだ。

 万感の思いをもってサンドイッチを眺めるキースウッド。そのそばに音もなくやってきて、

「ようやく完成しましたわね」

 などと……まるで、同労者のような口調で、つぶやくミーアに……。

 わたくしがやり遂げてやりましたわ! みたいな万感の思いのこもっていそうな表情を浮かべるミーアに――若干、イラァッとするキースウッドではあるが……。今は、いい。いいのだ。

 無事に、食べられるものができたのであれば、贅沢は言わないのだ。

「ええ……。お疲れさまでした。ミーアさま」

 若干、疲れた声で返事をして、下がろうとしたキースウッドだったが……。

「あら? どこへ行きますの? キースウッドさん」

「え?」

「これから、作った全員で食べますのよ? ほら、早く席についてくださいまし」

 当たり前のような口調でそう言うと、ミーアはみなに指示を出していった。

「あの、本当によろしいのでしょうか?」

 不安そうな顔をするペルージャンの従者の女性。そんな彼女に、アンヌが笑みを浮かべて頷く。

「ええ。ミーアさまは、そして、そのお仲間の方々は、そういう方々ですから」

 アンヌの言葉の正しさに、キースウッドは内心で頷く。

 ――そうだな……。この身分を越えた食卓は、間違いなくミーア姫殿下の影響によるものだ。

 王族も貴族も従者も、孤児たちも……共に一つのテーブルを囲む。その寛容な空気は、今日の和解の席にピッタリなもののように感じられた。

 ――さすがは、ミーア姫殿下というところか……。

 感心しつつ、キースウッドは席に着いた。


 一方でラフィーナもまた感心しつつ、その光景を眺めていた。

当初は、この会の始まりに、なにか言わなければならないと思っていた。

 ミーアに任せても良いが、ここはやはり、この会を発案した自分の出番だろう、と、少しだけ意気込んでもいたのだ。

 けれど、そんな気持ちは、子どもたちの様子を見て霧散してしまった。

 ――ここで、難しい話をするのは興ざめというものね……。

 子どもたちの顔には、もはやわだかまりはない。否、それどころではない、というのが正しいのかもしれない。

 甘いクリームと果実を挟んだ馬サンドは本当に絶品で。

 口の中でとろけるあまぁいクリームも、心地よい酸味を伴ったイチゴも、それを受け止めるどっしりとしたパン生地も……。そして、それを自分たちで作ったという達成感も……。

 あまりにも、あまりにも、美味しくて……。

 許すだとか許さないだとか、そんなことどうでもいい。口を利く暇などないし、みんなで美味しいものが食べられればそれでいい! とばかりに頬張る子どもたち……とミーアであった。

「ああ、実に甘い。やはり表面にクリームを塗ったのは正解……。ああ、でも、ダメですわよ? きちんと体にいいキノコサンドも食べなければ……。こっちも美味しいんですから、ほら、パティ、こっちのサンドイッチも食べるんですわよ?」

 などと、偉そうに世話を焼きつつ、忙しくフルーツサンドを食べるミーア。

 その微笑ましい光景に、思わず優しい気持ちになってしまって……、それからラフィーナは、そっと自らの手の内にあるフルーツサンドを見た。

 一口かじり、それから指についたクリームを、ちょっぴりはしたなく、子どものような仕草で舐める。溢れるような甘味に、思わずため息を吐き……。

「復讐に走るは楽なこと、されど、それは苦味を伴って終結するもの。和解するは難きこと、されど、それは甘味を伴って未来へと繋がるもの。この甘い馬パンは、この場に相応しいものだわ。さすがはミーアさんね……」

 満足そうにつぶやきつつも、ラフィーナは想像する。

 ――これを、馬龍さんとの遠乗りの時に作るとして……形が崩れてしまわないか心配ね。そこのところをもう少し、キースウッドさんに聞かないといけないかしら……?

 キースウッドの戦いは続く……のかもしれない。


 さて、その日の夜のこと……。

 シオンの部屋を抜け出したキースウッドは、学園の中庭に出ていた。

 夜空を見上げつつ、軽く杯を傾ける。まぁ、実際のところ、酔ってしまうわけにはいかないので、中身は陽光リンゴのジュースなのだが……。

「やれやれ、大変なことになると思ったが……ふたを開けてみれば、だったな……」

 子どもたちの無邪気な顔を思い出し、キースウッドは思わず笑みを浮かべてしまう。

 胸の内に宿るものは、なんとも言えない充実感だった。

「……あるいは、すべてはミーア姫殿下の手のひらの上、だったのだろうか?」

 そんなことをつぶやいてしまう。

 セントノエルでの生活は、子どもたちにとっては夢のような生活だ。されど、降って湧いた幸せというものを、人は簡単には受け入れられない。それに、今まであの子たちが、幾度も裏切られてきたであろうことは想像に難くない。

 信じて裏切られるよりは、最初から信じない。自分は幸福になんかなれないと、諦めることで、かろうじて自分の心を守る。そんな境遇の子どもたちをセントノエルに馴染ませるのは大変だ。

 かく言うキースウッドも、エイブラム王に引き取られると決まった時には、簡単には信じられなかった。心を開いたのは、いつのことだったのだろうか……? などと、ついつい思ってしまう。

「ミーア姫殿下は、子どもたちの境遇をしっかりと把握しておられて……、それで、このような流れを作り出した……そんなことがあり得るだろうか?」

 破滅へと繋がりかねないユリウスの行動も、ミーアの作り出した流れにより、いつの間にやら、彼と子どもたちとの絆を深めるきっかけへと変わってしまっていた。

 いったい、この流れのどこまでが、ミーアの計算に基づくものなのか……? すべてが計算の内とは思えないが、さりとて、すべてが偶然とも思えず……。

 考えようとしたキースウッドだったが、小さくため息。首を振る。

「まぁ、なんにせよ、過ぎ去ってみればいい思い出……」

 などと、いい感じの結論に至りそうになり……、ハッと我に返る。

「いやいやいや、実際に大変な状況だったわけだが……あれ、あのまま放っておいたら、絶対キノコ狩りに行くパターンだっただろ。っていうか、馬パンも今なら等身大のが作れるんじゃないか? とかつぶやいてたし、実際、かなり危険だったんじゃ……?」

 心を守るべく、記憶の底に封印していた危機的状況を思い出し……、キースウッド、思わず震える。

「ああ、こちらでしたか。キースウッド殿」

 その時だった。声を掛けられ、視線を向けると……。

「おや、モニカ嬢……」

 やってきたのは、本日の功労者、モニカだった。

 どうやら、彼女も一息吐こうと思ったのか、その手には、キースウッドと同じく、陶製のカップがあった。

「今日はお世話になりました」

 立ち上がり、恭しく頭を下げる。妙齢のご令嬢には礼儀正しく。常の冷静さを取り戻した彼は、座っていたベンチにハンカチを敷いて、そこに誘う。

「あら、ありがとうございます」

 モニカは素直に、そこに座ってから、

「今日は、良い仕事をしましたね。子どもたちが幸せそうで良かった。こんなに気持ちがいい諜報活動をしたのは、はじめてです」

 ニコリと嬉しそうに微笑んだ。それから背もたれによりかかったまま、夜空を見上げる。

「情報により敵の足を止め、力を弱め、仲間割れを誘って排除する……。戦局を有利に進めるべく、情報を操作する。それが風鴉のやり方でした。けれど……ミーアさまのやり方は、敵を排除して止めるのではなく、敵を味方に変え、みなの幸せへと繋げていくもの。今回は、ミーアさまのやり方を真似てみたのですが、上手くいきました。あの方は、素晴らしい方です」

「ええ。しかし、あなたにもとても助けられました。あなたが味方で良かった」

 それから、キースウッドは、盃を空に掲げ、

「心強く、可憐なお嬢さま(レディー)に」

 気障っぽく笑みを浮かべるキースウッドに、モニカは、ふふ、っと笑みを浮かべ、

「あれ? もしかして、口説こうとしてる?」

 いつかと同じ、冗談めかした口調で言った。対して、キースウッドは……、

「そうですね……」

 ニヤリと笑ってから……。

「それも悪くないかも、しれませんね」

 優雅な動作で膝をつく。

「その内、ダンスにでもお誘いしますよ、お嬢さん」

「……え?」

 ポカン、と口を開けるモニカ。不意を突かれた彼女の頬は、次の瞬間、ほのかに色づいてみえた。

 冷静になったキースウッドは、からかわれっぱなしではない。

 優秀な戦術家というものは、必ずや態勢を立て直し、反撃するものなのだ。


 さて……そのような、ちょっぴりロマンチックな光景が展開される一方で。

 ベッドの上で眠るミーアは……。

「うぅん……、もう食べられませんわ……」

 等身大の天馬型のクリーム&フルーツサンドイッチを食べる夢を楽しむのだった。


 翌朝、起きて早々に、夢の中で得た着想を、ノートに書き込むミーアの姿があった。

「等身大の天馬パンをフルーツクリームサンドイッチに……。これは、素晴らしいアイデアですわ!」

 キースウッドの戦いに、終わりはないのだった……。

ということで、来週はお休みとなります。

その次の週、11月1日から再開します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キャー!!渋いけど甘酸っぱ〜〜い!!! [一言] ミーア姫のところのあの料理人を読んで料理会!とか、安全かつ面白いことになりそうですね……一流に学ぶ事でミーア姫の自身の腕前に対しての認識も…
[良い点] 作中のカップルでこの苦労人ペアが一番好きかもしれません 心を許せるお相手が出来て良かったねー
[一言] 世の中 いろいろあるけど 毎度、ミーア様に 癒されてます。
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