第七十三話 キースウッド、奮戦す!
サンテリらの援護を受けたキースウッドたちであったが、大幅に計画の変更を迫られることになった。
クリームイチゴサンドに加え、馬パンwithキノコも作らなければならなくなったのだ。
急遽、グループを再編成。
クリーム作り班の中から、シュトリナとベルを分け、モニカの指導の下、キノコサンド用のホワイトソース作成班をねん出する。
また、パンの形を普通の形から、泣く泣く馬型に変更。フルーツ馬サンドと、キノコ馬サンドの二種類を作ることとする。
馬型にするのはキノコパンのほうだけでいいんじゃ? と提案するも、ミーアに押し切られたキースウッドである。さらに、
「ふぅむ、羽に使えそうなキノコはありませんわね? もっと、こう……幅広のひらひらしたキノコがあれば……」
「ミーア姫殿下……。この場にあるキノコでは不足ということですか? 姫殿下の、キノコへの愛は、その程度であるというのですか?」
ミーアが作らんとしている恐ろしい激流に、敢然と立ち塞がるキースウッド。なんとか、これ以上の状況の悪化を防ぐべく、その場に踏みとどまる。
「この場にあるキノコを最大限活用して、最善の形を作る。それこそが、キノコへの愛ではありませんか!?」
キノコへの愛ってなんだよ……? と内心で首を傾げつつ、キースウッドは切々と訴える。
「……むっ?」
その力説に、思わず眉根を寄せるミーア。
「ミーアさん、私のために張り切ってくれるのは、とても嬉しいけれど。今日は子どもたちとユリウスさんの仲直りのための会だから。想いのこもった新しい馬型パンの作り方は、また後日、直接教えてもらいたいわ」
ラフィーナからも、援護が入る。
……援護というか……後日に問題を先送りするだけのような気がしないではなかったが、すべてを飲み込み、キースウッドは大きく頷いてみせた。
「ぜひ、この場にあるものを使って、最善の形を整えていただきたいのです」
そう言ってやると……ミーアは、
「ふむ。そうですわね……。わたくしとしたことが、いささか、高慢になっていたようですわ。小さなキノコに忠実でないものが、より大きなキノコに忠実になれるはずもなし。謙虚さが大事ですわね」
などと、納得の表情を浮かべる。そんなミーアを眺めつつ、ふとキースウッドは思う。
――この人、本当に、帝国の叡智なんだろうか……?
などと! 彼の勘が限りなく、帝国の叡智の真実に近づいてしまった、まさにその瞬間っ!
「おっと……」
「あっ、ごめんなさい」
特別初等部の少女にぶつかりそうになる。少女はぺこり、と頭を下げるも、その顔には、楽しそうな笑みが輝いていた。
そのまま、トコトコ走っていく少女の背中に、
「あまり、走らないように。気を付けて」
と声をかけつつも、キースウッドは改めて思う。
――あの子たちの笑顔は、そもそもは、ミーア姫殿下が作ったものだったか……。
特別初等部の子どもたちと近い境遇にあったキースウッドには、その笑顔はとてもまぶしいものだった。
今の子だけじゃない。各調理台にいる子どもたちは、不器用にイチゴのヘタを取る子も、キノコの石づきを取ってばらす子も、パンをこねるのを手伝う子も、クリームを泡立てる子も、ミーアの新たなる馬パン設計図にワクワク顔の子も……みんな楽しそうな笑顔を浮かべていた。鼻先に小麦粉を付けたり、イチゴの果汁で服にシミを作ってしまったり、失敗もするけれど……そこには、年相応の無邪気さがあった。
弱く、虐げられ、人を信じることすら難しかった彼らに、こんな風に純粋な笑みを浮かべさせる……。それを叡智と言わずして、なんと言うというのか。
――ミーア姫殿下は、料理の際に若干、興奮してポンコツなことを言いだすだけで、基本的には帝国の叡智なのだ。料理の腕前が若干ポンコツだからといって、彼女の功績すべてを疑ってしまうのは、いかにも公平さを欠くことだったな。
キースウッドの反省は、彼の内に芽生えかけた疑念を洗い流すのに、十分なものだった。
さらに……。
「リーナちゃん、このキノコサンドイッチのソースに隠し味とか、必要じゃないでしょうか?」
「んー、料理にはそういうの必要だって、リーナも確かに聞いたことあるわ。それなら、そこの赤い香辛料を入れるのは……」
「これですね? 量はどのぐらい?」
「んー、あんまりちょびっとだとわからないだろうから、きちんと味が出るように多めに入れたほうがいいんじゃないかな?」
などと言う、恐ろしい会話が聞こえてきたので、キースウッドの意識は自然、そちらに向けられた。
慌てて、踵を返そうとしたキースウッドの視線の先、モニカがゆっくりと歩いていくのが見えた。
「シュトリナさま、少しご教示いただきたいのですが……。相手に毒を盛る際、大量に盛って、相手に気付かれる……。そのようなことをするでしょうか?」
きょとん、と首を傾げたシュトリナは、神妙な顔で首を振る。
「いいえ、そんなことはしないけど……」
「そうですよね。毒を隠した状態で相手に飲ませることが肝要だから。ところで“隠し”味とは、読んで字のごとく隠した味であると思いますが、量は、それで適切でしょうか?」
そう言われ……シュトリナは、腕組みして考え込み……。
「なるほど……。隠し味は、相手に気付かれてはいけない。大量に調味料を入れることは下策、と?」
その言に、モニカは、コクリ、と無言で頷く。
シュトリナも、納得した様子で笑みを浮かべると、
「ねぇ、ベルちゃん。その赤い粉だけど、そんなにたくさんは入れないほうがいいと思うの。その半分、ううん、四分の一ぐらいでいいかも。あんまり少なすぎて効果がなくっても失敗だと思うけど……」
――四分の一。ああ、うん。まぁ、そのぐらいなら……うん。あり……なのか? ま、まぁ、イチゴサンドイッチはかなり甘くなる予定だし。それで、帳消しになる……かな? だっ、大丈夫、なはず……はずっ!
辛い物にいくら砂糖をかけても辛さは和らがない、みたいな話をどこかで聞いたことがあったような気がするが……あえて、忘れたふりをして、キースウッドは調理台を回って行く。
かくて、従者たちの不断の努力のもと、料理会は進んでいくのだった。