第七十二話 決戦・伏兵・援軍!
伏兵は……意外なところから現れた。
「甘い物ばかりだと、体に悪いんじゃないでしょうか?」
ドヤァな顔で極めて正しいことを口にしたのは、ミーアの孫娘、ミーアベルだった。
「なっ!」
驚愕に、キースウッドが言葉を失った間隙をついて、ベルはペラペラしゃべりだした。
「お昼ご飯を食べずに、デザートだけ食べたらダメだって、言われたことがあります。子どもたちのためにも、きちんと普通のサンドイッチも用意したほうがいいんじゃないでしょうか?」
正論だ! 文句のつけようのない正論だった!
断罪王シオンも真っ青な完全無欠な正論を前に、キースウッドはたじろいだ。
一方、孫娘の正論を耳にしたミーアの……その胸の内に宿る教育者魂に火がついた! ついちゃった!
「ふむ……確かに、言われてみれば、タチアナさんにそんなようなことを言われましたわね」
記憶力には大変、定評のある帝国の叡智である。腕組みをしつつ、ミーアは考え込んだ。
「ああ、いえ、ミーア姫殿下? あまり、予定にないことは……」
「いえ。子どもたちの健康のことを考えると、きちんとした食事をさせてあげるべきですわ。甘い物で口がおごってしまえば、体に良い食べ物を食べたくなくなるのが人の情というもの」
経験者の発言は、実に力強く……。
「それに、甘い物ばかりでは、飽きてしまうかもしれませんわ……ここは、当初の構想通り、馬パンも並行するのが良いのではないかしら」
っと、ここで、ミーアはぽこんっと手を叩き、
「あ、そうですわ。体にいいということであれば、いっそのこと、キノコを入れてみるとか!?」
恐ろしいことを言い出した!
「ちょうど、新しい馬パン用に、キノコを混ぜる構想を練っておりましたの。ほら、天馬のように、翼があって……」
などと、おもむろに設計図を広げようとするミーアを、慌てて止めるキースウッド。
「いえいえ、ミーア姫……それはさすがに。ほ、ほら、今から採りに行くのはさすがに……」
「あら、大丈夫ですわ、キースウッドさん」
ミーアはキースウッドを気遣うように、優しい笑みを浮かべる。
「キノコのエキスパートであるわたくしであれば、サクッと行って採ってこられますわ。こう、サクサクッと……」
サクサクッと行って毒キノコを採ってくる気満々のミーアだった!
突然の、毒キノコ女帝の暴走に、キースウッドは慌てふためく。
「いや、ミーア姫殿下にはぜひパン焼きを……ですね」
などと言うキースウッドに、ミーアは、いっそ朗らかにすら見える笑みを浮かべて、
「大丈夫ですわ。パン焼き班には、ペルージャンの方もおりますし。あなたは、知らないかもしれませんけど、ペルージャンの方にかかれば、パン焼きなど造作もないことですわ」
知ってるよ! むしろ、だからこそ、あなたのところを担当させてるんですよ! などと言いたいのを懸命に堪えるキースウッドに、追い打ちをかけるように、ミーアは悪戯っぽいウインクを見せる。
「ほら、分業ですわ、分業。何事も手分けして行うことが大事なんですわよ?」
先ほど、自分自身が言った言葉を返されてしまい思わず、歯をギリギリさせてしまうキースウッドである。
「実は、最初からキノコを使ったパンが作れないか、と考えておりましたの。フルーツサンドに浮気しましたけれど、ここは、初志貫徹。馬パンを立体に進化させた、天馬パンを……」
おお、もう……などと、キースウッドが崩れ落ちかけたところで……援軍は意外なところから現れた!
「失礼いたします。ラフィーナさま」
「あら? サンテリ……。どうかしたの……? それは……」
声のほうに視線を向ければ、サンテリを筆頭に、数名の従者が入ってくるところだった。そして、彼らの抱えた籠の中には……。
「おっ……おぉ……」
ミーアが、そんな感嘆のため息を漏らしてしまうほどの量の……キノコ、キノコ、キノコ、キノコが山のように積んであったのだ。
ヴェールガ茸を始め、複数の種類のキノコが集まっている。
「こんなこともあろうかと、準備をしてありました。今、森で採れそうな旬のものは取り揃えております。もちろん、毒キノコはありません」
心強いその言葉に、キースウッドは、思わず、グッと感動する。
ふと視線を転じれば、モニカが小さく頷くのが見えた。
どうやら、サンテリに声をかけておいたのも彼女らしい。
キースウッドには油断があった。モニカの鮮やかな誘導の手腕にすっかり感動してしまったキースウッドは、そこで思考停止に陥ってしまっていたのだ。
あるいは、これでなんの心配もない、と思い込みたかったのかもしれない。
けれど、モニカのほうは、さらに不測の事態に備えていたのだ。先にキノコを出してしまったのでは、ミーアは否が応でもキノコパンを主張していたことだろう。だから、ミーアが自分で言い出すまでは、隠していたのだ。
いわば、これは次善の策。クリームイチゴサンドで終わっていれば、それが最善であったが、それが叶わぬとあれば、事前に危険を潰していく。
――これが、風鴉の手腕……。
感心すると同時に、彼の脳裏に、一つの言葉が思い浮かんだ。
かつて、サンクランドの伝説的な名将はこう言ったという。
戦において、現地の者たちの協力は、非常に心強い力となる……。
「これがサンクランド兵法、地の章『現地の協力者の大切さ』ということか……」
思わぬところで、戦術論の教科書の実践を経験するキースウッドである。
彼の戦術家としての手腕は、こうして磨かれていくのだった。