第七十話 ミーア姫、甘い罠の前に完全敗北する
翌日の午後……。就学時間も終わった平和な時間。
ミーア的に言えば、おやつを食べ終わり、若干、おねむになる、そんな時間……。
「ふぅむむ……」
セントノエル学園女子寮、ミーアの部屋にて。
ベッドの上にごろりんと寝転がる――ことなく、ミーアは唸っていた。
大真面目に机の前に座り、腕組みをして、うむむむ……などと、難しい顔で唸っている。
ミーアは真剣に考え込んでいたのだ。ちなみに、なにを考え込んでいたかというと……。
「ラフィーナさまの発案ですし……特別初等部の子どもたちのためにもユリウスさんのためにも、失敗はできませんわ」
例の、仲直りお料理会についてのことである。
確かに、あの場でユリウスの処遇は、ほとんど決まったと言ってよいだろう。お料理会のことは、直接的には関係ないだろうが……それはそれ……。
もしも、みんなで馬パンを作り、それがしょんぼりな出来だったらどうだろうか?
「仲直り自体が、微妙なことになってしまいそうですわ。それは避けたいですし……」
せっかく、ラフィーナが良い形で事件を閉じようというのだ。ならば、今度のサンドイッチ作りの会は、大成功させなければならない。なにより、ミーア考案の馬パンを作ったにもかかわらず、失敗するというのは、ミーア的にもあまり気持ちの良いことでもないので。
「ここは、前回のようにわたくしがアイデアを出してあげる必要があるんじゃないかしら?」
キースウッド一人の肩には重かろうと、完全なる善意で悪だくみを始めてしまうミーアである。
完全なるありがた迷惑である!
「やはり、形状は立体にして……立派な羽を……。羽……あ、そうですわ。ここは、あのキノコで翼の質感を大事にして……となると、キノコを集めるところから始めて……」
手近にあったノートにサンドイッチの設計図をサラサラーっと書き始めるミーア。そこへ……。
「失礼します。ミーアさま……」
「あら? クロエ、どうかしましたの?」
ドアを開け、現れたのはクロエだった。
その手に一冊の本を持ち、現れたクロエは、真剣な顔でミーアを見つめた。
「はて、その本は?」
「はい。今度のサンドイッチ作りのために、下調べをしようと思いまして……」
などと答える生真面目なクロエに、ミーアは思わず笑みをこぼす。
「ふふふ、さすがはクロエ。わたくしと同じことを考えておりましたわね」
頼りになる読み友の発言に、満足げに頷いて、それからクロエの持つ本に目を留めるミーア。
「それで、その本は?」
「最近、流行ってるお料理をまとめた本だそうです。モニカさんにいただきました」
「あら? モニカさんから?」
思わぬ名前に小さく首を傾げるミーアだったが、ぽんっと手を打った。
「なるほど。あの方はもともと、諜報組織の方でしたわね。ラフィーナさまの命を受けて、情報収集をしたと、そういうことかしら」
うむうむ、と納得の頷きをみせるミーアである。
「このお借りした本に、なにかサンドイッチに使えるアイデアがあるかもしれない、と思って読み込んできたんですけど……」
そう言って、クロエは机の上で本を広げる。
「ほう。なにか、いいものがございましたの?」
「そうですね。いろいろと参考になりました。例えば、このフルーツとクリームのサンドイッチというのが……」
それを聞いた瞬間、ミーアはカッと目を見開いた。
「まぁ! そんなものがございますの? というか、それはパンなんですの? ケーキではなく?」
慌てて本を覗き込む。っと、驚いたことに、そこには、クリームを挟んだパンの絵が描かれていた!
それは、丸く作ったパンに切れ目を入れて、そこにフルーツと白いクリームを挟んだものだった。
同じようなもので、腸詰肉を挟んだものは食べたことがあるが……パンにここまで甘い物を挟むという発想はミーアの中にはなかった。
「ああ……でも、そうですわね。よく考えれば、ジャムやハチミツだってつけるわけですし、生クリームやフルーツを挟んでも……、不思議はありませんわ!」
「私も、こんな食べ物があるだなんて全然知らなかったです。商人の娘として恥ずかしいです。これは、著名な料理人が開発したみたいなんですけど、すごく甘くて美味しいみたいですよ。子どもたちも甘いのが好きなんじゃないかって、モニカさんも言ってて……」
「ああ、それは真理ですわね。甘い物が嫌いな子どもなんかいませんわ。きっと、パティも好きなはず……。であれば、このサンドイッチは、いいですわね。うん、実にいいですわ」
ミーアの脳内を、甘い、あまぁいサンドイッチが埋め尽くしていく。
「特に、この紅月イチゴと生クリームのサンドイッチが……」
「生クリームに紅月イチゴ!? それでは、サンドイッチではなく、ほとんどショートケーキではありませんの!? そんなサンドイッチが許されるというんですの?」
ふるふるっと震える手で、クロエから本を受け取ると、ミーアは一心不乱に読みふける。
「よさそうなものに、モニカさんが印をつけてくれたみたいですね」
「なんと……。さすがは元風鴉……。情報の整理は、お手のものですわね」
などと、朗らかな笑みを浮かべるミーア……であったのだが……。
彼女は気付くことができなかったのだ。
それがすべて、キースウッドFeat.モニカによる、諜報工作であるなどと……想像すらしなかったのだ。
かくて、キノコ女帝ミーアは、甘い罠にからめとられた。それは、帝国の叡智が諜報戦に完全敗北した、珍しい例と言えるだろう。