第六十八話 戦力分析……負け確定、か?
キースウッドは、剣術に優れた青年として知られている。
その才は天賦のものであったが、それに驕ることなく研鑽を続け、剣の天才シオンにも劣らぬ腕前を誇っている。
それだけでなく、やがて王となるシオンのため、戦術論・戦略論をも習得し、通常の従者とは一線を画す能力を誇っている。
戦えと言われれば鬼神のごとき武力を持って、兵を率いよと言われれば、歴戦の名将のごとく。そう振る舞えるように、自らを磨いてきたのだ。
そんな彼の、優れた戦略眼が告げている。
「こいつぁ、負け戦だぁ」などと……。
敗因はよくわかっている。
戦災孤児であったキースウッドにとって、特別初等部の子どもたちのことは、他人事ではなかった。また、ユリウスの理想も、彼にはとても共感できるものだった。
彼のような人物が世界には必要だし、冷遇されるべきではないと思った。
だから、ヤナがラフィーナにお願いした時点で……不覚にも少しだけ感動してしまったのだ。
……それが、油断を生んだ。
ラフィーナが、なんだか、ソワソワ嬉しそうにしている時点で、察するべきだったのだ。
こいつぁ、やべぇことになりそうだぞ……と。
「負け戦か……って、いやいやいや……負け戦の一言で片づけてはいられないんだって……」
うろうろと廊下を歩きつつ、キースウッドは考えていた。
「戦には、数が必要だ……。死闘を乗り切るためには、戦力となる者が必要なんだ」
彼の軍事的常識が告げている。戦力が……人手が必要である、と。
今でも思い出すたびに、背筋に戦慄が駆け抜ける。
ミーアの作り出した巨大な馬パンは、未だに、彼の夢に登場することがあるのだ。
あの巨大な生焼けのパンを、もしもシオンが食べていたら、などと想像するだけで……キースウッドの胃がキリキリ痛む。
あれは、本当に恐ろしい戦いだった。
その後、得られた心強い味方、サフィアスも今はこの地にはいない。
「つくづくサフィアス殿がいないことが悔やまれる。今頃、元気にしているだろうか?」
ふと、夜空に目を向ければ、明るい星が瞬いて見えた。キースウッドにはそれが、帝国の地にあるサフィアスのように見えた。
…………重症である!
とりあえず、首を振って頭をスッキリさせる。まずは、情報の整理が必要だ。
「やはり、敵はミーア姫殿下とクロエ嬢……このお二人には徹底した警戒が必要だ」
なにせ、目を離すとなにをしでかすかわからない。ミーアはキノコ、クロエは珍味の隠し味。なにかよからぬことをしないか、監視の必要が常にあった。
「ミーア姫殿下の孫娘だというミーアベルさまは……まぁ、問題はないかな」
無論、戦力としてカウントはできないが、まぁ、ミーアやクロエのように、変なものを混入する可能性は低そうだ、とキースウッドは考える。
「彼女は、特別初等部の子どもと同じ枠でいいだろう。きちんと指示を与えれば、なんとか、働いてくれそうだ。それと、イエロームーン公爵令嬢、あの方は……毒の調合とか上手いそうだから、料理も得意……か?」
しばし考えて後、キースウッドは結論付ける。
「そうだな! 料理と調合、そう違いはないな! うん!」
キースウッドは混乱していた!
純軍事的に考えれば、この手の希望的観測は、極めて危険なものなのだが……。
ともあれ、シュトリナは、見事、ティオーナと同じ枠に分類されたのだった。つまり、使いようによっては使える枠である。
「新加入のラーニャ姫殿下はどう考えるべきか……」
ペルージャン農業国の姫、ラーニャは、あと十日もすれば、収穫感謝祭のため、国に帰らなければならない。彼女が戦力になるならば、その前に料理会を開くべきだ。食と農作物に造詣の深い姫であるが、はたして、料理の腕前はいかばかりか……。
「確認したいところだが……ペルージャンは、大飢饉によって存在感を増している。それに、ミーア姫殿下肝いりの組織も、あの地に置かれるという。当然、ラーニャ姫もそれにかかわるようだし、決して侮るべきではない」
つまり、なにが言いたいかと言えば、「ラーニャ姫って、料理できますか?」などと気軽に聞くことはできないのだ。しっかりと気を遣う必要がある。
「そして、ラフィーナさま……。あの方の料理の腕は、どうなんだ?」
よく儀式に出てくる時などは、パンを手で割っている。少なくとも、パンを割るぐらいはできるはずだが……。
「うん……まぁ、変なものを入れるとか、そういうことはなさそうだし。いい意味で、こちらの言うとおりに動いてくれそうだ。大丈夫だろう」
そう判断しかけて、不意に……彼の脳裏に嫌な予感が残る。
「いや……、だが、ラフィーナさまは、ミーアさまに妙に甘いところがある。ミーアさまの言うことを素直に聞いて、変なものを混入する恐れはあるか。具体的には、キノコとか……」
となると、微妙に信用がおけなさそうだった。
「アベル王子とシオンさまは、言われたことをきちんとやってくれそうだし、そこまで変なことはしないだろう。あとは、ティオーナ嬢……も大丈夫だろう。うん、三人で野菜でも切ってもらうとして。あとは、従者のお嬢さん方か……」
前回のお料理教室の時にも、さんざん苦労したんだよなぁ! と、キースウッドは頭を抱える。
ミーアのメイド、アンヌは、以前より料理ができるようになったとか、ならないとか聞く。ティオーナのメイドのリオラは相変わらずだが、それでも少しは常識が付いただろう。オーブンで焼けと言われれば、オーブンで焼いてくれる……はずだ……たぶん……きっと。
「ラーニャ姫のところは、どうだ? ペルージャンの従者が、もしかすると、超料理上手という可能性はある。期待が持てそうだ。あとは、ベルさまの従者であるリンシャ嬢、彼女は、使えそうか……?」
今回、苦しいのは、生徒会の面々だけではないということだった。特別初等部の子どもたちの面倒も見なければならないのだ。
「料理経験者として現場指揮官として動けそうなのは、俺と、リンシャ嬢、ラーニャ姫の従者…………だけか? だけだというのか?」
腕組みしながら、ぶつぶつ廊下を歩くキースウッド。彼が、もう一人の強力な戦友、モニカの存在に気付くまでは、もう少し時間が必要だった。