第六十一話 乾燥したものには若干劣るものの……
いったんユリウスを下げてから、ラフィーナは悩ましげな顔をした。
「困ったことになったわね。どうしたものかしら……」
憂いに満ちた吐息を、ふぅっとこぼして……。
「とりあえず……彼をバルバラさんに会わせる、ということに反対の方はいるかしら?」
はっきりと、そう言った。
その大変慈悲深い言葉に、ミーアは腕組みしつつ頷いた。
――そう、ラフィーナさま、そういうの、とっても大事ですわ!
偉そうに、まるで「聖女ラフィーナを育てたのは、このわたくしですわ!」と言わんばかりの顔で頷くミーア。実におこがましい! と言いたいところではあるのだが……実際のところ、確かに今のラフィーナを形作る要素に、ミーアのアレやコレやの行動が深く深く関係しているため、強くはツッコめないのが、とってーも口惜しいところではある。
「それは、とても良いお考えだと思います」
ラフィーナの言葉に、一番に賛同の声を上げたのはティオーナだった。
「やっぱり、家族に会えないのはとてもつらいことですし、ぜひ、そうすべきだと思います」
ルドルフォン家は、家族仲が良い。領地の農民も家族扱いであり、総じて「家族」に対する思いが、ティオーナの中では強いものだろう。
「そうだな。俺も、それには賛成だ」
続くのはシオンだった。彼もまた、弟と会えない境遇にある。ユリウスの気持ちが理解できるのだろう。後ろで、キースウッドが少しばかり心配そうにシオンを見つめている。その視線がふとラフィーナのほうに向き……微妙に憂いを帯びたように感じられた。
――あら、キースウッドさん、もしかして……ラフィーナさまに気があるのでは?
などと……本人の目の前で口走れば、本気で殺意を向けられかねないことを妄想していると、ふいにラフィーナが目を向けてきた。
「ミーアさんは、どうかしら? なにか、良い考えがあれば聞きたいのだけど……」
「ふむ、そうですわね……」
ミーアは、再び腕組みして、わずかに黙り込んでから……。
「できれば、パティの同行を、認めてもらいたいと思っているのですけど……」
先ほど思いついたことを口にしてみる。
バルバラとユリウスのことをきちんと聞かせることは、パティをまともに育てることにきっと役に立つ……はずだ。たぶん。
「パトリシアさんを……?」
ラフィーナは不思議そうに首を傾げた。頬に手を当てて、考えることしばし……。
「あっ……。それはもしかすると、子どもたちに、ユリウスさんの事情を聞かせたいと、そういうことかしら?」
ラフィーナの問いかけに、ミーアは「うんっ?」と思うも、とりあえず黙って微笑んでおく。
意味深な笑いの使い方を学んだミーアである。相手の出方を見る時、なにか考えている風に笑うのは、割と有効な手段なのだ。
「あの、どういうことでしょうか?」
クロエが代わりに質問の声を上げてくれた。ラフィーナは一度頷いて、考えをまとめるように軽く首を傾げながら……。
「私はユリウスさんの行動には、同情すべき点があると思っているわ。だけど、子どもたちが誹謗中傷を受けたこともまた事実。配慮をしたと言っても、あの子たちは不当な疑いの目を向けられて、被害を受けた。少なくともあの子たちは、ユリウスさんの行動で迷惑を被っている。そうでしょう?」
ラフィーナの問いかけに、クロエはこくりと頷いた。
「だから、ミーアさんは、ユリウスさんに謝罪の機会を与えたいと、そう考えているのではないかしら? そして、そのために、彼の境遇を子どもたちにも教えたいと……。彼がなぜ、それをしたかったのか、その気持ちを教えたいと、そう思っているのではないかしら?」
それから、ラフィーナは悲しげな目をした。
「ユリウスさんは、お母さまに会いたいがために、子どもたちを危険に晒した。けれど、子どもたちを思っていたということにも、おそらく嘘はないはずだもの。人はいろいろな面を持ち合わせているもの。ただ、悪いだけの人なんていない、と……私は最近強く思うようになったわ」
それを聞いて、ミーアは……不覚にも感動した!
――ああ、ラフィーナさまが、とても、とってーも優しいですわ。慈愛に溢れておりますわ。
ミーアの目には、今のラフィーナは優しい獅子に見えた。
ちょっとぐらい尻尾を踏んでも許してくれそうな……穏やかな笑みを浮かべる……獅子に見えた!
ここまで来るのに長かったなぁ、と……しみじみと色々なものがこみ上げてくるミーアである。
――しかし、それはさておき……なるほど。そうすれば、ユリウスさんを追放するということにはならないかもしれませんわ。
それまでは、ユリウスをセントノエルから追放することは避けられないだろうと思っていたミーアである。けれど、もしも子どもたちにきちんと事情を説明するならば、いささか状況が変わる。
なにしろ、子どもたちには、先ほどの全校集会で、たとえ過去に悪いことをしていたとしても許しますよ、と言ってしまったからだ。
せっかく、子どもたちの心に安心を植え付けたというのに、もしもユリウスに厳しい罰を与えてしまったら、微妙に首尾一貫しない印象を与えるに違いない。
そして、どこかから新しく講師を連れてくるよりは、ユリウスに続投してもらったほうが、面倒がなさそうだ、とミーアの直感が告げている。
新たに呼んだ講師が、より一層、危険な蛇である可能性は否定できない。無論、ラフィーナの側も警戒はするだろうが、完璧に、とはなかなかいかないものだろう。
そして、それよりなにより、ミーアは……信じたいと思ったのだ。
ユリウスの言葉を……それ以上に、彼がかける眼鏡を……!
――ガミガミうるさかったですけど、クソメガネはいいやつでしたわ。だから、きっとユリウスさんも……。
そんな信念を固く持つミーアなのである。
眼鏡への信用はとても固いのだ。乾燥したキノコには若干劣るものの、生のキノコよりは確実に固いのだ!