第五十八話 おこがましい!
「ゆっ、ユリウス先生が……? そんな」
全校集会が終わってすぐに、ミーアはラフィーナから呼び出しを受けた。それは、生徒会の他のメンバーも同じだった。
そうして、生徒会室に入って早々に告げられた事実。それは、祭具を盗んだのがユリウスであったということだった。
「でも、どうしてユリウス先生がそのようなこと……」
思わず、つぶやくミーアである。同時にミーアの頭に思い浮かんだこと……それは……。
――ユリウス先生は……確か、帝国出身だったはずですわ……!
事の責任を、帝国に遠い位置に押しやったはずなのに……気付けばすぐそばに、責任の二文字が迫ってきていた。
さすがに子どもたちと同じ理屈は適用されないだろうが……それでも、ずぅんっと暗い顔をするミーアである。
「ショックなのは、わかるわ。私もとてもショックだった」
沈んだミーアの表情を見て、ラフィーナも悲しそうな顔をする。
「でも……」
っと、言葉を続けようとしたところで、ノックの音が聞こえた。
「続きは、本人を交えてしましょうか」
扉が開き、入ってきたのはユリウスと……ベルとシュトリナだった。
「あら? どうして二人が一緒に……?」
首を傾げるミーアに、ふふん! と得意げな顔をするベル。さも「ボクが捕まえました!」みたいな顔をするベルである……実におこがましい!
そして、無論のことながら、ミーアは、ベルが捕まえたなどという可能性を考えない。
帝国の叡智は騙されない。シュトリナならばともかく、ベルが捕まえた? あり得ない!
一方で、ユリウスのほうは、といえば、こちらも、いつもと変わらない穏やかな顔をしていた。それは、状況にそぐわない表情、まるで、お茶会に呼ばれでもしたかのような、落ち着いた表情だった。
「ユリウスさん、お聞きしたいことがあってきていただいたの。少しいいかしら?」
ラフィーナの問いかけにも、ユリウスは表情を崩すことはない。
「さて……。今さら、私に聞くことなどないと思いますが……」
諦めているのか、慌てるでもなく、悔しがるでもなく……。あくまでも落ち着いた声で、彼は言った。が……。
「あなたが銀の大皿を盗んだことは、すでにわかっているわ。あなたの部屋から出てきたし、おそらく、あなたも否定はしないのでしょう?」
「ええ……。盗まれた物が見つかってしまったのであれば、私としても見苦しく言い逃れをするような真似は……」
「もしかして、わざとではないかしら?」
ラフィーナは、彼の顔を覗き込むようにして、言った。
「わざと……? なにがでしょうか?」
「あなたが盗んだという証拠が見つかるようにしていたこと……。あなたが犯人だと、私たちに示すために、わざとわかりやすくしていたんじゃないかしら?」
「ははは。わざとそんなことをする意味がどこに?」
おかしげに笑うユリウスだったが……ラフィーナは取り合わずに、真面目な顔をしていた。
「意味はあるわ。子どもたちを守るため。あなたの経歴のすべてが、嘘だとは思えないから」
そう言って、ラフィーナは羊皮紙の束を彼の前に置いた。
「あなたが、子どもたちを大切にし、孤児たちに教育することを熱心に考えていたことがよくわかる」
「……ははは。よくできた経歴でしょう? 蛇に用意してもらいました。ヴェールガ公国の目を欺くなんて、やっぱり我ら蛇のほうが上手……」
「もっと軽いものを盗んでもよかったのに、わざと重たい銀の大皿を選んだ。子どもが盗むのに、あの大皿は明らかに不自然。それをわからせるために、あえて、あれを選んだ。そうでなければ、ミーアさんだって、あんなふうに堂々と子どもたちを信じるとは言えなかった」
――んっ?
一瞬、なにか誤解が混じったような気がしないでもなかったが……グッと飲み込み、ミーアは、うんうん! と頷いておいた。
さも「わたくし、すべてわかっておりましたわ!」という顔で……実におこがましい!
「自らの希望を叶えるために、できるだけ子どもたちに被害が及ばないようにした。そうではなくって?」
蛇ならば、子どもたちに疑いがかかるようにして、もっと事態をかき回してもおかしくはなかった。生徒会と学生たちの間を分断するよう立ち回り、秩序を破壊することだってできたはずだった。
だが、彼はそうしなかった……。ただ、わずかにできた隙を突くように、バルバラのもとに向かっただけだった。
そのやり方は、拙く……蛇の綿密さとも、悪質さからも程遠い。
「人が良いですね。聖女ラフィーナ……。あなたも、ミーア姫殿下も実に人がいい。こんなことなら、ここまであからさまにする必要はなかったかな……」
ユリウスは、小さく肩をすくめて、ミーアのほうを見た。
「……あなたたちが特別なのかな? それとも、私が知っている連中がたまたまクズばかりだった。そういうことなのだろうか?」
ユリウスは小さく首を振ってから、
「私は蛇……。世の秩序を憎み、あなたたちとは相いれぬ存在……。そういうことに、しておいてはいただけませんか?」
「そうして、バルバラさんと同じ場所に収監される……それが望みかしら?」
ラフィーナは、一度、言葉を切ってから、ユリウスの目を見つめる。
「ユリウスさん、あなたのことを調べさせていただいたわ。あなたは、バルバラさんの子ども……よね?」
ラフィーナの問いかけに、ミーアは、ぽっかーんと口を開けた。
――はぇ? なっ、なにを言っているのかしら? ラフィーナさま……。バルバラさんの子どもはすでに亡くなっているはずでは……?
頭の中を???で埋めるミーアを尻目に、ラフィーナの話は続く。
「そして、あなたの復讐は……すでに終わっている。家を没落させること。子爵家を堕とすことで、すでに、あなたの復讐は終わっていた。そして、残りの人生をあなたは……不幸な子どもたちのために使おうとした。自分と似た境遇の子どもたちのために使おうと思った……。そうではないかしら?」
「なるほど、すべてお見通しということですか」
ユリウスは苦笑いを浮かべて、首を振った。
「未練がましい男と……笑ってくださっても結構なのですがね……」
深い、深いため息とともに、彼は言った。
「別に一緒に収監されようだとか、処刑されたいだとか、そこまでは考えていなかったんです。ただ……一目会いたかった。そのチャンスが今だけしかないのだと、そう思ったら……立ち止まることができなかった。それだけなのです」
そうして、彼は話し出す。彼の身に、なにが起きたのか、を。