第五十二話 揺らがぬ権威をその身に帯びて~我、クソメガネなり!~
ラフィーナとの会談の翌々日、聖堂にて、全校集会が開かれることになった。
生徒たちの前に出るのは、ミーアとラフィーナ。さらに、前方に特別初等部の子どもたちの席が設けられ、中等部以上の学生たちと向き合うようにして座っている。
詰めかけた学生たちに目をやれば、シオンやアベルをはじめとした、生徒会役員たちの姿が見えた。彼らは、学生たちに交じり座ってもらうようにしていた。
かつて、ミーアの選挙を支えた生徒たち、シオンが掌握するサンクランド貴族の者たちなどにも協力してもらい、会場の空気をミーアの有利にするのだ。
――不測の事態の際には対処してもらうようにしておりますし……これで問題はございませんわね。
まぁ、若干、問題と言えば、ベルが寝坊して遅刻していることと、シュトリナが付き添って、この場にはいないことは、問題かもしれないが……。
――うん、些細な問題ですわね。リーナさんのお薬が必要になるようなこともないでしょうし、大丈夫、大丈夫。
などと頷いている間に、ラフィーナの声が響いた。
「それでは、全校集会を始めます。今日は、銀の祭具が盗まれた件について、みなさんにお話ししたいことがあり、この集会を開きました。この件について、生徒会長、ミーア・ルーナ・ティアムーン姫殿下から、お話があります。どうか、みなさん、しっかりと聞いてくださいね」
ニッコリ、ラフィーナが清らかな笑みを浮かべる。その笑みに……なぜだろう? ミーアはちょっぴーり、圧力のようなものを感じてしまうが……。
ラフィーナは、ミーアのそばまでくると、軽くウインクしてみせた。
――ああ、ええ、そうですわね。ラフィーナさまが、きちんと、話がしやすいよう、場を整えてくださいましたし……。ここからは、わたくしの出番ですわ。
ミーアはそっと立ち上がり、す、っす、と制服の皺を直す。
それから、スチャッと取り出したるもの……それは…………そう! 権威の象徴、すなわち、ダテ眼鏡である!
ミーアはそっと眼鏡を覗き込み、呪文を唱えるようにして、三度……。
「……わたくしは、クソメガネ……わたくしはクソメガネ……、わたくしは……クソメガネ?」
小さな声でつぶやき……、次の瞬間、カッと目を見開き、
「そうですわ! わたくしこそが、クソメガネですわ!」
自分がクソメガネことルードヴィッヒになったような……そんな気分になった瞬間……、そのイメージを固定するように、シュシュっと眼鏡をかける。
そうして、ミーアは、帝国の知恵袋の精神をその身に帯びる。
――おお、なんだか、ルードヴィッヒの知恵を得られたような気がいたしますわ。ふむ、試しに算術の問題を……。
なんだか、頭が良くなった気がして、午前中の授業で苦戦した算術の問題を、頭の中で解こうとして……。解こうと……して。
――いえ、今はそんなことをやっている場合ではありませんわ。
はたと、大切なことに気付く。
そう、今すべきは算術ではない。もっと大切なことがあるのだ。
決して、やっぱり難しいものは難しかったですわ! などと悟ったり、あら? やっぱりあんまり頭良くなってない? などと感じたからではない。
いざ解いてみたら、想定以上に難しかっただとか、難しくてもさっき習ったばかりのところが解けないとかどうなの? と思ってしまったということは全然、断じてない! ないのである!
帝国の叡智は、事の軽重を間違えない……ただ、それだけのことなのだ。
それから改めて、ふんむす! っと気合いの鼻息を吐いてから、ミーアは、壇上へと立った。
「ご機嫌よう、みなさん。本日はお集まりいただき、感謝いたしますわ」
ゆっくりと、生徒たちの顔を眺めていく。
その場に集う生徒たちの顔に、敵意は見られない。不信の色も、今のところはない。
――こちらがなにを言うかの様子見か、あるいは、困惑といったところかしら……?
彼らの雰囲気を見てとって、ミーアはなんとなくだが、悟った。
彼らは、たぶん本気で特別初等部を潰そう、とは思っていないのだ。
その主張を通すために、なにか努力をしようとか、具体的な行動をしよう、などと思っている者は、ほとんどいないだろう。
もちろん、ミーアたちがしていることに対する反発はあるだろう。不満、拒否感もあるのだろうが……。
――ただそれは、せいぜい口に出すぐらい。友人同士で、互いに囁きあうぐらい……なのですわね。
それは小さな悪意だ。自分の心に負担がかからない程度の悪意、あるいは、ちょっとした鬱憤を晴らそうという、軽い気持ち。
されど……その空気も高じていけば、子どもたちに対する攻撃を誘発する。あいつらは悪い奴らだから、殴ってもいいだろう、そんな雰囲気を醸成しかねない。
気軽に不満を囁きあう感覚で、暴力が振るわれるようになってしまうかもしれない。
――そして、攻撃された子どもたちが反撃でもしたら、もう、取り返しがつかないことになりますわ。それを避けるためにも……さらには、パティが犯人だと、バレた時のためにも、頑張らなければ!
変な正義感を発揮されないように、しっかりと事前に釘を刺す。そのための理屈を、今、彼らに提示し、押し付ける!
深々と息を吸って、吐いて……。それから、ミーアは、ついっと特別初等部の子どもたちのほうに視線を向けてから……。
「わたくしは、この子たちのことを信じますわ。この子たちの純粋さを、優しさを、善良さを、信じておりますわ」
堂々たる宣言により……ミーアの言葉は始まった。