第五十一話 私、これが無事に終わったら……ダレカのナニカのフラグが立つ時
その日の夜のことだった。
突然、訪ねてきたミーアを部屋に迎え入れたラフィーナは、思わぬ相談に考え込んでしまった。
「全校集会で、ミーアさんのお考えを述べる……。真犯人が見つかれば、すべての疑いは晴れると思うけれど……それでは意味がない、とミーアさんは言うのね?」
確認するように問うと、ミーアは神妙な顔で深々と頷く。
「ええ……まぁ、そうですわね……。できれば、今回は……その、あの子たちの中に犯人がいる、と……そんな前提で生徒たちに納得してもらえないか、と思っておりますの」
紅茶に口をつけかけたラフィーナは、一瞬、動きを止める。
それから、上目遣いにミーアを見つめる。ミーアは、慌てた様子で、わたわたと手を動かしつつ……。
「あっ、いえ、もちろん、わたくしは子どもたちのことを信じておりますわ。だけど……」
「ええ。いいの、ミーアさん。あなたの言いたいことはよくわかっているから」
ラフィーナは、改めて紅茶に口をつけ、ふぅっと小さくため息を吐く。
ミーア・ルーナ・ティアムーン、帝国の叡智と呼ばれる友人が言わんとするところ、それをラフィーナは正確に理解していた(……しているつもりだった)。
特別初等部構想は、蛇に対する攻めの一手だ。孤児や貧民街の子どもたちというのは、蛇の温床になりやすい、弱い者たちだ。飢餓や国の危機が起きた時、最初に切り捨てられる可能性が高い存在だ。
ミーアはそんな彼らに勉強させ、その境遇を抜け出す術を与えようとしている。
混沌の蛇の感染する思想が『誰からも顧みられず、希望を失った弱者』に作用するというのであれば、その弱者に希望を与え、蛇の毒を無効化する。
苦境にある者たちに、秩序を破壊する蛇の毒に代わる、希望と言う名の薬を与えようとしているのだ。
そして、それは当然、セントノエルだけでやれば良いというものではない。
大陸中の、虐げられた子どもたちに手を差し伸べていかなければ、意味がないわけで……。
「ミーアさんの考えを実現するために、清廉潔白な子どもたちだけ集めるというのも無理な話……。いいえ、今いる子たちだって、過去に一度たりとも犯罪に手を染めていないなんて、決して言えないでしょうね」
貧民街で育ってきた子どもたちにとって、犯罪は生活に密着したものだ。食べ物がないならば、盗むしかない。そうしなければ死んでしまうという過酷な状況。
生き残るために仕方なく、悪事に加担した者は、当然いるだろう。
仮に、今回の盗難に関与していなかったとして、子どもたちにそんな過去があれば、やはり、特別初等部を攻撃する材料になってしまう。
ミーアたちの考えに反対の人間は、どんなことだって利用するに違いない。
――きっとミーアさんは、そのことをなんとかしたいんだわ。今いる彼らだけじゃない。将来、迎え入れるであろう子どもたちのことをも考えて……。
ラフィーナは静かに頷き、
「そのために、全校集会で話がしたいと……そういうことなのね」
「ええ。みなの前で、ぜひお話ししたいことがございますの」
セントノエルは、大陸の次世代を担う王侯貴族の子弟が集う場所。その使い方を、ミーアはしっかりと知っている。ここで学んだことは、きっと生徒たち一人ひとりの心に根差し、それを持ち帰った卒業生たちが国を変え、世界をよりよくしていってくれる。
ミーア(……ラフィーナの中の)は、それを信じているのだ。
そのことが頼もしく、また、今までほとんどその力を使ってこなかった、自分が不甲斐なくもあり……。
「セントノエル学園の混乱を蛇がみすみす見逃すとも思えない。今の蛇にどれだけの力が残っているのかはわからないけれど、手が打てるならば早めに打っておきたいわ」
それから、ラフィーナはミーアに微笑みかける。
「ミーアさんが必要だと言うのなら、私は協力を惜しまないつもりよ。だけど……いったい、どうするつもりなの?」
その問いかけに、ミーアは意味深に微笑んで、
「大丈夫ですわ、ラフィーナさま。わたくしが必ずや……」
自信満々に、頷いてみせるのだった。
さて、ミーアが出て行ってから、ラフィーナは、島の警備の責任者、サンテリを呼んだ。
「いかがなさいましたか? ラフィーナさま」
「例の、お願いしておいた件なのだけど、あまり急がなくっても良くなりそうなの」
「では……」
「ええ。みなの前で、犯人を吊るし上げるようなことは、しなくても済みそうよ」
「そうですか。それはなによりでした」
頭を下げて立ち去ろうとするサンテリに、ラフィーナは一言付け加える。
「ああ、もちろん、犯人を捜すことだけは継続でお願いね。それほど急がなくってもいいけれど……」
ユリウスの、あの優しげな笑みを思い浮かべながら、ラフィーナはつぶやく。
「ミーアさんのおかげで、あまり後味が悪いことにはならなそうだけど……困ったわね。どう処理したものかしら……」
悩ましげにため息。っと、その目が机の上に置かれた一通の手紙に留まる。
つい先ごろ、慧馬の手によって届けられた手紙、そこに書かれていたのは……、馬龍からの乗馬デートのお誘いだった!
「今回のことが無事に片付いたら、また、遠乗りに行きたいわね。うん、ミーアさんを誘って行ってみようかしら。あ、そうだわ……あの、例の馬型のサンドイッチを作ってみましょうか。ミーアさんや、ほかの方たちも誘って。子どもたちも誘ったらいいかもしれないわね……」
遠い目で、つぶやく。
「この件が無事に終わったら……そう、無事に終わったら……」
いささか、不穏なことを。
ラフィーナのちょっぴり不穏なつぶやきで、ダレカのナニカのフラグが立ってしまったような……そんな感じがしないではなかったが……。
ダレのナニのフラグなのかは、神のみぞ知るところであった。