第六十五話 剣術大会5 -再戦の約束を-
ガィンっと甲高い金属音が響く。二人の刃が交わったのは、この試合が始まって二度目のことだった。
勝負に訪れた微妙な変化。見守る者たちにとって、それは些細な変化ではあったが。
戦っている当人たちにとっては、とても大きなものだった。
「なるほど、ようやく本気、というわけかい?」
剣から返ってきた手ごたえに、アベルは顔をしかめた。完璧にはじき返されたのならばまだマシだった。
けれど、放った斬撃は大した抵抗も返されずに、受け流されてしまった。
危うく崩されそうになった体勢を、足を踏ん張って立て直す。
「いや、信じてもらえるかはわからないが、今までだって俺は本気だったさ」
そんなアベルを静かに見つめながら、シオンは不敵な笑みを浮かべた。
「しかし、わかっていても、受けとめるのは一苦労だな。その斬撃は、本当に大したものだ」
剣をだらりと下げて、下段に構え直すと、シオンは笑みを浮かべた。
「その鋭い攻撃に敬意を表して忠告するが、次に“今までと同じ攻撃”をしてきたら……、君の負けだ、アベル王子」
今までのものとは違う、不敵で獰猛な笑み。アベルは彼の言葉に嘘偽りがないことを察して……、
「そうか。ならば、なすべきことはただ一つ、だね」
剣を、高々と頭上に掲げる。今までと何一つ変わることのない構え。
堂々たる攻めの構え。
「諦めたということか?」
それを見たシオンはわずかに眉をひそめる。対してアベルは不敵に笑った。
「いいや、まさか。勝つためさ、シオン王子」
「そうか。いや、改めて敬意を表するよ、アベル・レムノ。全力を持って君を倒そう」
もしも、シオンの言葉によって戦術を変えるようならば、アベルの負けは確実なものだったろう。
彼のどんな攻撃であっても、シオンの天より与えられた才能を超えることはなかっただろうから。
けれど、アベルは今までと同じ、最も自信がある構えを取った。
しかも、ほかに何もできないという諦めからではなく、勝つために。
言いかえるならば、それは“今までと同じ攻撃”をするつもりはないという意志、今までの物を超える攻撃を繰り出そうという決意。
それゆえに、シオンは認めた。
自分を倒す唯一の可能性に賭ける相手を、全力を持って当たるべき好敵手として。
二人は互いの間合いギリギリのところに立ち、動きを止める。
少し前から激しくなってきた雨が、互いの体を打ってはいたが、そんなことはもはや気にする余裕はなかった。
アベルは最高の一撃をシオンに打ち込むことのみを考え、集中力を高めていた。
それゆえに彼が忘れていたとしても、それは無理のないことだったのかもしれない。
これが命をかけた決闘でも、戦闘でもないということを。
学生同士の親睦を深めるための、ただの試合なのだということを。
それは出場者に風邪をひかせてまでするものでもなく、雨の中で無理をして続けるものでもない以上、当然……、
「両者そこまで!」
審判から中断の声がかかってしまうのだった。
「なっ!」
その声に半ば呆然となってしまうアベルと、
「ああ、やはりそうなったか」
剣を鞘におさめ、肩をすくめるシオン。
どうやら彼の方は、そのことをきちんと理解していたらしく、特に驚いた様子はない。
「この勝負の決着はいずれつけたいものだが……。さしあたっては今年の冬の剣術大会あたりが一番近い機会となるかな」
そう言って、シオンはアベルに笑みを浮かべた。
「どうだろう、アベル王子。この俺との再戦を約束してもらえるかな?」
そうして差し出された手を、
「ああ、望むところだ」
アベルは握り返す。
こうして、固くかわされた握手をもって、二人の戦いは幕を閉じた。
「アベル王子ー!」
闘技場を降りたアベルに、ミーアは走り寄った。
あと一歩でにっくきシオンを倒せそうだったアベルに、ミーアは最大限のねぎらいの言葉をかける。
「すごかったですわ、惜しかったですわ。あと一歩でしたのに」
「いや……、ミーア姫、あのまま続けていたら、ボクは……」
目を白黒させるアベルに気づかず、ミーアは続ける。
「きっと、アベル王子の勝利を嫉んだ誰かが、浅ましくも雨乞いでもしたに決まってますわ! ホントに、あと一歩でしたのに、正々堂々たる勝負に水を差すなんて、けしからんやつですわ!」
……ちなみに、前の時間軸においてボッチ弁当を食べ終えたミーアは、一人自室に引きこもっていた。
その際、憎きシオンが優勝しそうだと聞いたミーアは一心不乱に雨乞いをし、雨で大会が中止になったと聞いた時は、快哉を叫んだものなのだが。
浅ましく、けしからんやつだった自分自身のことなどきれいさっぱり忘れているミーアなのであった。
かくして、この年の剣術大会は雨により中止となった。
王子たち二人が交わした再戦の約束、それは当人たちも予想もしていないほど早く、なおかつ予想外の場所で成就することとなる。
それは闘技場の上ではなく戦場で、しかも互いに真剣でのこととなるのだが……。
それは、まだ少し先の話である。