第四十六話 メイタンテイ・ミーア、謎がすべて解けた気分になる
翌日から、メイタンテイ・ミーアは、助手のアンヌとともに早速動き出した。
なにしろ、昨夜、ヤナたち姉弟とパティの関係が判明したのだ。もしもこれで、あの姉弟を処断、などということになったら、パティが蛇になることが確定してしまいそうである。
ついてくるアンヌもまた、鼻息が荒い。
子どもたちに対する同情はもちろん、ミーアの始めた特別初等部構想の危機である。ここで奮起しなければ、メイドが廃る、とばかりに、気合十分の顔でミーアについていく。
「ミーアさま、どちらに向かわれますか?」
「そうですわね……うーむ、どうしたものかしら……」
腕組みしつつ、ミーアが唸る。
――なんとか、誤魔化したいところですけれど、セントノエルで起きた事件を適当に誤魔化すのは危険……。うぐぐぐ、なんとかしなければ……。
「ミーア姫殿下っ!」
っと、そこに声をかけてくる者がいた。
振り返ると、そこに立っていたのは、例の帝国貴族の子弟たち……のリーダー格の少年だった。
「あら、あなたは……、確か、チェスクッティ子爵のご子息のクレメンスさん、でしたわね」
ミーア、ニッコリと笑みを浮かべてやる。
後々、面倒を起こしそうな生徒には「お前の名前はきちんと把握しているぞ!」と釘を刺していくスタイルのミーア……であるのだが……。
「ミーア姫殿下が……僕の名前を……」
なぜか、クレメンス少年、感動した様子で、目をウルウルさせていた。が、すぐに、ハッとした顔で首を振り、
「そんなことより、姫殿下、その……噂を聞いたのですが、あいつらが大切な祭具を盗んだって……」
――あら、なかなかに耳が早いですわね……。
ミーア、内心で舌打ちする。一部にだけしか知られていないのなら、それほどの騒ぎにはならなかっただろうに、いったい、誰がペラペラとしゃべって回っているのやら……。
――それとも、特別初等部に関連付けた悪い噂というのは、広がりやすいということかしら……?
頭痛を堪えつつ、ミーアはクレメンス少年に視線を戻した。彼もてっきり苦情を言いに来たものだとばかり思っていたのだが……、
「本当に、その……あいつらがしたんでしょうか?」
彼は、どこか悔しげな顔で言った。
「なんとも言えませんわね。疑わしく思うのは仕方ないのかもしれませんけれど、仮に盗んだとして、どこに隠しておくのか。それに、このセントノエル島で売れると考えているとは思えませんし。というか、銀の祭具なんてヴェールガ国内でも売れないんじゃないかしら?」
仮にお金のために盗んだとして、祭具なんて、そうそう簡単に売れるものでも無いだろう。となると、あの子たちが怪しいとは一概に言えないわけで……。
そんなミーアの言葉を聞いて、少年は、一瞬、ホッとした顔をして、でも、すぐに首を振り、
「……ま、まぁ、下賤な民草のすることなんか、信用なんてできませんけど……」
その、なんとも言えない物言いに、思わず、ミーアは微笑んでしまう。
クレメンスは、バツが悪そうな顔で一礼すると、その場を去っていった。
「……しかし、直接的にあの子たちと触れ合っていた生徒はまだしも、ただ単に『貧民の子』と言うレッテルで考えている生徒たちは、問題ですわね。なんとかしなければなりませんわね」
ミーアのそんな不安は不幸にも的中した。
翌日から、生徒会には苦情が相次ぎ、シオンをはじめとしたメンバーは対応に追われるようになってしまった。
一方で、ミーアは打開の手立てを探していた。
ヒントになりそうな人物を見つけて、ミーアはその後を追いかけた。それは……。
「ユリウスさん、少しよろしいかしら?」
「ああ、ミーア姫殿下……。なにか?」
怪訝そうに首を傾げるユリウスに、ミーアは生真面目な顔で話しかける。
「少しお話がございますの。よろしいかしら?」
「はい。では……そうですね、部屋で話しましょう」
ユリウスはチラリ、とミーアの後ろに目をやった。おそらくは、ミーアと部屋で二人きりになるような状況を避けたのだろう。実に気が利く男である。
そうして、ユリウスの後について、ミーアとアンヌは、彼の部屋にやってきた。
特別初等部の教師用にしつらえた部屋、大きな机の上には雑多に分厚い本が置かれていた。
「あら、これは、授業に使う本かしら? ずいぶんと熱心に準備されておりますのね」
「ええ。教育に手は抜けません。それに、みんないい子たちですから」
ユリウスに勧められるまま、椅子に座る。と、それを待って、ユリウスが話し始めた。
「それで、お話というのは、例の盗難の件でしょうか?」
「ええ。その通りですわ。子どもたちの様子はいかがかしら?」
そう問うと、ユリウスは、心配そうな顔で頷いて、
「みんな混乱している様子です。心配はいらないと言っているのですが……。しかし、正直なところ、ミーアさまは、どうお考えでしょうか? あの子たちがやったのではないと、私は思っておりますが……」
「ええ、もちろん、わたくしも信じておりますわ。けれど、みながそうではない。だから、納得させなければならないと思いますの。そのために、ぜひ、あなたのご意見を聞きたいと思ったのですけど……」
その言葉に、ユリウスは、困惑した様子で瞳を瞬かせた。
「ミーア姫殿下は……やはり噂に違わず、変わった方なのですね」
「噂……はて、それは、どのような……?」
「ああ、いえ、申し訳ありません。決して悪い意味では……。ただ、高貴なる身分の方々は、大抵、民を下賤なものとお考えですから。てっきり、あの子どもたちを犯人扱いするものとばかり……」
「民が下賤……ああ、そのように見下すのは、とても馬鹿げたことですわ」
それこそが、断頭台へと至る道なのだ。民は決して下賤でもなければ、弱くもない。いつまでも踏みつけにすることなどできない。それをミーアは痛いほどよく知っていた。具体的には、こう、首の辺りが痛いほどに。
「そんなミーア姫殿下ならば、おわかりいただけると思いますが……、あの子たちは決して盗むようなことはしない。であれば、それよりは、ほかに誰か疑わしい者がいるのではございませんか? ラフィーナさまのご様子を見ていると、そのように感じられたのですが……」
「疑わしい人物……。まぁ、そうですわね」
確かに……疑わしい人物筆頭のバルバラは、今まさにこの島にいる。彼女が島にいるタイミングで、このような事件が起きる。それは、はたして偶然だろうか?
「要は、犯人がわかればいい。あの子たち以外の犯人がいればいい。だから……場合によっては、罪を被ってもらう、ということも必要かもしれませんね」
眼鏡を光らせるユリウスに、ミーアは、ゴクリ、と生唾を飲み込む。
「それは……つまり、生贄を出す、ということですわね」
深々とユリウスは頷き、
「察するに、ラフィーナさまのご様子だと、今お考えの人物は、もともと疑われるに足る罪を犯していたように感じます。であれば……今回の盗みの罪を加えたところで、どうということもないでしょう?」
確かに……蛇に罪を擦り付けてしまえ、というのは、ミーアも思わないでもない。ないが、しかし……。
「あの子たちを守ることが大切です。そのための手段の一つとして検討しておくのが良いのではないかと思いますが……」
子どもたちのため……そう言われてしまうと、ミーアとしても反対しづらい。それしか手がないのなら、仕方ないのかもしれないが……。バルバラの境遇を知ってしまったミーアとしては、あまり酷いことをしたくはない。
ラフィーナとて、それは同じことだろう。
「その”心当たりの人物”というのがどこに閉じこめられているのか、本当に、盗むことができないのか、調べておいてはいかがでしょうか? 場所さえお聞きできれば、私が……」
「ああ、いえ、それには及びませんわ。ラフィーナさまにお任せしましょう」
さすがに、バルバラに他の者を会わせるわけにはいかないだろう。が……。
――手段を選べる状況ではない、ということなのでしょうけれど……。
ミーアの悩みは深かった。
ユリウスの部屋を後にしたミーアは、考え事をしつつ、聖堂へと向かった。
「こう、コロッと犯人が見つかればいいのですけれど……」
などと、しょーもないことをつぶやきつつ、聖堂へと入る。
セントノエル学園の聖堂は普段から、生徒たちには開かれた場所だった。
荘厳なる聖堂で時に祈り、時に心を静め、自身の行いを振り返ることは、中央正教会が勧めるところだった。
けれど、その日、そこには普通の学生は一人もいなかった。代わりにいたのは……、
「ああ、ミーアさん」
純白の聖衣に身を包んだラフィーナと、その従者たちの姿だった。どうやら、なにか儀式を執り行っていたらしい。
「あら、ラフィーナさま、これはいったい……?」
「盗まれた聖具の取り換え作業をしているところよ」
そう言って、ラフィーナは木の箱から、それを取り出した。
それは、白い輝きを放つ、銀の大皿だった。
「ああ、それがそうなんですのね。パンを載せておくためのものかしら?」
「ええ。他にもいろいろと用途はあるのだけど、実のところ、聖餐に使っているというだけで、実際には普通の銀のお皿なのよ。聖具と言ってもね」
ラフィーナが小さく肩をすくめた。
「こうして、取り換えが利くものだから、騒ぐことはない、と言いたいところだけど……」
困り顔でため息を吐くラフィーナ。ミーアは微笑み返しつつ、
「そうですわね……。しかし、これはまさしく大皿ですわね……。とっても大きい……んっ?」
ふと、ミーアは違和感を覚えた。確か……最初、ラフィーナは言っていなかっただろうか? 銀の祭具が盗まれた、と……。
けれど、ミーアは、その実物を見て、ああ確かに『祭具』だ、とは思わなかった。確かに、『銀の大皿』だと思った。
それは、なにゆえか……? 少し前に、銀の大皿だと聞いていたからだ。
「なるほど、確かに、これは、大皿ですわね……。でも、わたくしはそうは言わなかったし、ラフィーナさまも、たぶん言っていなかったはず……。では、なぜ……パティは、大皿と言っていたのか……」
盗まれたものが大皿だとなぜ知っていたか? それは、すなわち……。
ミーアは……すぅっと青くなった。
――まっ、まさか……パティが盗んだから……ということでは? いえ、でも……。
その時だった。聖堂に入ってくる者がいた。それは……。
「失礼いたします。ああ、ミーア、ここにいたのか」
「まぁ、アベル。帰ってきたんですのね!」
ミーアはパァッと明るい笑みを浮かべるのだった。