第四十五話 パティの友だち、パティの過去
「ふーむ、ルーツ……。ううむ……」
ラフィーナから聞いた話は、しばらくミーアの頭から離れることはなかった。
腕組みをし、考え事をするミーアの足は、自然とある場所に向かって歩いていった。
ある場所……すなわち……食堂であるっ!
難しい話を聞いて、すっかりお腹が減ってしまったミーアなのであった。やはり、夕食前に難しい話を聞くもんじゃないな、と思いつつ、ズンズン食堂に向かっていく……っと。
「あら? パティ……それに、ヤナとキリルまで……」
ちょうど、食堂の入り口まで来たところだった。そこに見知った顔を見つける。
「あっ……ミーアお姉さま」
ミーアに気付いて、パティが声をあげる。つられて、姉弟もミーアのほうを見た。
これは、珍しい顔合わせ……と思いつつ、ミーアは三人のほうへと歩み寄る。
自然、ミーアの視線はヤナとキリルのほうに向いた。ミーアから指摘を受けたからかはわからないが、二人は、ちょっぴり前髪を短く切っていた。そのおかげで、二人の顔がよく見えた。
姉のヤナは、気が強そうな鋭い瞳と、美しい鼻筋が特徴的な少女だった。将来は、きっと顔立ちのはっきりとした美しい女性になるに違いない。対して、キリルのほうは、ちょっぴり気弱そうな顔をしていた。ミーアのほうに向けてくる丸い目は、おどおどとしていて、どこか落ち着きがない。
そして、姉弟の額には、揃って『瞳』の刺青がしてあるのだ。
――混沌の蛇のルーツ……。ヴァイサリアン族……。
「あの……?」
ジッと見つめてしまったからだろう。怪訝そうな顔をするヤナに、ミーアは優しく微笑みかける。
「これから三人でお食事ですの?」
「はい。今夜は、一緒に食べようって約束しました」
かくん、っと頷くパティに、キリルが嬉しそうに頷いた。
「赤月豆をパティお姉ちゃんに食べてもらうの」
ニコニコ笑みを浮かべるキリルの頭を……なんと、パティが撫でていた! その慣れた手つきに、ミーアは、おや? と不思議に思う。
「好き嫌いなんか贅沢だって言ってるのに……パティが甘やかすから……」
困り顔でつぶやくヤナに、ミーアはさらに首を傾げた。
「あら……、パティ?」
「あっ、えっと、ちがくて。パトリシア、さま? です」
「ふふふ、別に呼び捨てで構いませんわ。ねぇ、パティ?」
ミーアの問いかけに、無言で、コクリ、と頷くパティ。それから、ヤナの顔を見つめて、
「うん、大丈夫。今まで通りで……あなたたちは友だち、だから」
小さな声で、けれど、しっかりと断言するパティに、ミーアは思わず微笑んでしまう。
――ふむ、お友だちができたのですわね。良い傾向ですわ。
蛇に縛られた家、イエロームーン家のシュトリナを救い出したのは、友だちであるベルだった。パティも同様に、友だちとの繋がりが、大きな助けになるように思えた。
さて……夕食を堪能した後、二人と別れて部屋に戻ったところで、ミーアはパティに微笑みかける。
「それにしても、よかったですわね、いいお友だちができて」
そう微笑みかけると、パティはコクリと頷いて……、
「はい……あ、いえ……。友だちじゃありません」
「うん?」
不思議な反応を示すパティに、ミーアは首を傾げる。が……。
「蛇に友だちは必要ない。邪魔になるだけ、だから、友だちじゃありません」
「そう……」
ミーアは、思わず唸ってしまう。
――やっぱり、なんだか違和感がありますわね。この子……本当に蛇になりたいと思っているのかしら?
今のミーアの頭は比較的よく回転していた。なぜなら、夕食のデザートが美味しかったからだ。とても美味しいデザートだったのだ。特にクリームの上に載っているムーンチェリーが絶品で……まぁ、それはともかく。
「パティ、あなたは……」
「あの、それよりミーアお姉さま……。大切な宝が盗まれた、と聞きました」
「ああ。あなたも聞いたのですのね」
「はい。銀の大皿がなくなったと……」
「そのようですわね。うーむ……」
一転、ミーアは難しい顔をする。それを見て、パティは、ちょっぴり不安げな顔で……。
「まさか、特別初等部が解散……ということには?」
「そんなことはさせませんわ。大丈夫ですわ……。でも……うふふ」
っと、そこでミーアは笑みを浮かべる。
「それにしても、パティはよほど大切なんですわね。お友だちのことが……」
ミーアの言葉に、けれど、パティは、びくんっと体を震わせて……。
「そんなこと、ない……です」
慌てた様子で首を振ってから、まるで言い訳するように……、
「特別初等部は……混沌の蛇の役に立ちます。秩序を壊し、混沌を生み出す助けになると思います」
「ああ……そうですわね。確かに、そうかもしれませんわ」
必死に、特別初等部の存続を訴えるパティに、ミーアはそっと頷いて、
「それならば、きちんと続けられるよう、頑張らなければなりませんわね」
ミーアは静かに、つぶやいた。
その日の夜のことだった。
ミーアは不気味な声で目を覚ました。
うう、ううう、っと苦しげな声……。とても苦しくて、悲しくて……恐ろしい……まるで幽霊のような声!
ミーアは…………聞こえなかったふりをした。
この手の者に反応してはいけないのだ。聞こえない、怖い声なんかぜんっぜん聞こえない! 聞こえない!
自分に言い聞かすが……。
「ミーアさま……、ミーアさま」
ゆさ、ゆさ、と体を揺すられ、ミーアは仕方なく体を起こす。っと、心配そうな顔をするアンヌが見えた。
「アンヌ……どうかしましたの?」
「その、パティさまが……」
「パティが?」
ミーアは起き上がり、パティのベッドへ。
「……うなされておりますわね」
小さく囁き、パティの顔を覗き込む。っと、
「んっ……、ぅ……ハンネス……」
眉根を寄せて、ギュッと毛布を抱きしめるパティ。その口からこぼれた名前に、ミーアは小さく首を傾げた。
「……? ハンネス? はて?」
聞き覚えのない名前だった。
少なくとも、特別初等部の子どもの名前ではないはずだ。
「どういうことかしら……?」
この年頃の子どもが夢に見るとしたら、一番は両親のことだろう。けれど、普通は、親を名前で呼びはしない。あるいは、友だちの名前、使用人の名前という可能性も考えられるが……。
――そう言えば、先ほどのキリルに対する態度……。もしかしてパティには、弟がいたんじゃないかしら……?
パティが、ヤナ、キリルと仲良くなったことも、その考えを補強する。
――ヤナとパティは性格が全然違うように思いますけれど、同じ姉という共通項が二人を歩み寄らせたのかもしれませんわ。
ミーアの頭の回転は、相変わらず悪くなかった。寝る前にこっそり食べたクッキーが美味しかったのだ。ちなみに、きちんとその後、口もゆすいだ。どうでもいいことだが……。
――しかし、お祖母さまの弟といえば、わたくしの縁戚。もしかすると、お祖母さまのご実家のご当主であったかもしれませんわ。さすがに、わたくしが知らないはずはないわけですし……。妙ですわね。
怖いから、呪われたクラウジウス家の情報を完全にシャットアウトしていたことなど、もはや覚えてもいないミーアなのであった。




