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第四十四話 三つの目の意味

 いそいそと生徒会室にやってきたミーア。部屋の中にいたのは、ラフィーナとユリウスだった。

「ああ、ユリウスさんもいらしていたんですのね」

「ええ。私は、特別初等部の講師ですから」

 軽く眼鏡を押し上げて、ユリウスが言う。キラリと光ったレンズに、ちょっぴり心強さを感じつつ、ミーアはラフィーナに目を向ける。

「しかし、いったい、どういうことですの?」

「先ほどお話しした通りよ。倉庫にしまってあった銀の祭具が盗まれていることが、わかったの」

 その言葉に、ユリウスは眉をひそめる。

「ん? ということは、子どもたちが犯人と決まったわけではないということでしょうか? てっきり、私が呼ばれたので、犯人は初等部の子どもかと思っていたのですが……」

 困惑した様子で尋ねるユリウスに、けれど、ラフィーナの表情は冴えない。

「そのとおりよ。初等部の子どもたちだとは決まっていない。でも……」

 彼女が何を言いたいのか、ミーアは察した。

 何しろ、ミーアは、あることないこと言われ慣れている“風評被害の第一人者”である。……まぁ、実際にはミーアの場合には、あることあることないこと、ぐらいではあったのだが。

 ともあれ、この手のことは実際にやったかどうかは問題ではないのだ。今までは起こらなかったような事件が、特別初等部が始まってすぐに起きた。その事実をもって、攻撃の材料とすることは、十分に可能なのだ。

「特別初等部の子どもたちを、良く思っていない連中にとっては、ちょうどよいスキャンダルですわね……」

 それから、ふと思いつき、ミーアは口を開く。

「あの、盗まれた銀の祭具というのは……」

 ラフィーナは頬に手を当てて、微笑んだ。

「安心して。別に替えが利かないものではないわ。普通のものよ。もっとも、だからこそ、疑われてしまうかもしれないわね。祭具が唯一無二の価値を持つものであったなら、どこぞの貴族の子弟が欲しがったということもあるかもしれないけれど……どこにでもある普通のものならば、欲しがる理由はないから」

 ――なるほど。目先のお金に釣られて盗みを働きかねない者が犯人……。初等部の子どもたちが、すごく疑われそうな状況ですわ!

 ミーアは、面倒なことが起きた、と思わずため息を吐く。

「そんな……。あの子たちが、犯人のはずはありません。みな、素直な子たちです」

 ユリウスは、憤慨した様子で声を荒げる。

「ほかに、そういったことをしそうな者はいないのですか? 銀食器を狙う者は、なにも金銭が目的の者ばかりではないでしょう?」

「金銭以外が目的……」

「例えば、特別初等部のことが気に入らない者が、あの子たちに罪を被せようとしているとか、あるいは……そう。儀式自体を攻撃する目的だったとか」

 ――ああ、そう。その可能性がありますわね……。儀式を邪魔しようとする蛇が関与している……って! もしも、この件にパティが関わっていたりしたら、さらに厄介ですわ!

 ミーア、思わずクラッとする。なにしろ、その場合はラフィーナの儀式を邪魔するために盗んだということになるわけで、それは、ラフィーナに対する明確な敵対行為である。

 そして、そんなパティを連れてきたのは、ほかならぬミーアである……。ミーアなのである!

 ――こっ、これ、すっごくまずいんじゃ……。

 たらーりたらり、と背中に汗をかきながらも、ミーアは引きつった笑みを浮かべる。

「儀式自体を邪魔する者、ね」

 一方で、ラフィーナはなにか考えこむようにうつむいてから、

「ともかく、できるだけ騒ぎが大きくならないように、対策を考える必要がありそうね。シオン王子にも協力してもらうとして……。ユリウスさん、申し訳ないけれど、子どもたちのこと、よろしくお願いするわね」

「はい」

 深々と頭を下げ、それから顔を上げたユリウスは少しだけ微笑んで……。

「失礼ながら……安心いたしました。てっきり、特別初等部を閉じると言われてしまうかと思っておりました。それでは、子どもたちが可哀想ですから」

「あの子たちがやったと決まったわけではない。それはあり得ないことよ。安心して」

 優しげな笑みを浮かべるラフィーナに、もう一度、頭を下げてから、ユリウスは部屋を出ていった。


「儀式を邪魔したい者……ね」

 悩ましげに、もう一度つぶやいてから、ラフィーナはミーアに目を向けた。

「ミーアさんには、言っておかなければならなかったわね」

 その強い視線に、ミーアはドキッとする。

「はぇ、えっと……? なっ、なんのことでしょう?」

 パティのことを疑われていたらどうしよう? などと……、イヤだなぁ、聞きたくないなぁ、なんて思っていたミーアだったが、ラフィーナの口から出たのは意外な言葉だった。

「バルバラさんのこと……彼女は、まだ、この島にいるの」

「……はぇ?」

 一瞬、なんのことだったか、と首を傾げかけるミーアだったが、そう言えば、脱走してきたバルバラに、この島で襲われたんだっけ……などと思い出し、

「あら、元居た施設に戻されたものとばかり思っておりましたけれど……」

「実は扱いがまだ決まらないのよ。彼女は確かに蛇で、その思想にかなり染まっているけれど、その過去に同情の余地がないわけではない。だから、あまり過酷な場所に閉じこめておくこともできないだろう、と……」

「なるほ、ど……? ん? では、もしや、ラフィーナさまはバルバラさんが今回の盗みの犯人だとでも言いますの?」

 バルバラは、確かに儀式の邪魔をしそうな人間には違いないが……。

「調べた感じではそうではないと思っている。けれど、一方で、混乱を起こすタイミングの的確さからは、蛇の関与を疑いたくもなる状況ね」

 特別初等部は、蛇の温床に対する一手。それに対する的確な嫌がらせは、確かに、蛇の仕業に見えなくもない。

「しかし、蛇……本当に厄介な連中ですわ」

 思わずと言った様子でため息を吐くミーアに、ラフィーナは、わずかに声を落として、

「ところで、ミーアさん。三つの目の意味は、ご存知かしら?」

 唐突に、そんなことを言った。

「三つの目……? というと、ヤナさんたちの刺青のことかしら? あの子たちの部族に由来するものとしか聞いておりませんでしたけど……」

 きょとりん、と首を傾げるミーアであったが、続くラフィーナの話に、思わず眉をひそめる。

「あれは『真実を見通す目』という意味。古い邪教に共通する概念なの」

 そう言って、ラフィーナは、自らの額を指先で指し示しながら、

「神が作り、非常に良いと評価した『人』では不足がある。ゆえに、神の不足を補うために、真実を見通すための、三つ目の瞳が人間には必要だ、と。それは、ある種の神への冒涜の表明なのよ」

「あの子たち、ヤナとキリルの刺青にも、その意味があると?」

「どうかしら? 未だにその意味を持っているかはわからないけれど……少なくとも、そういった意味が、かつてはあったのよ。そして、あの子たちは、ガヌドス港湾国からやってきた」

 そう言うと、ラフィーナは、羊皮紙の束を机の上に置いた。

「それは……?」

「調査の途中経過よ。ミーアさんが見つけた、地下神殿のね」

「地下神殿……? ああ、あの……」

 夏休み、エメラルダとの旅行で見つけてしまった例の神殿。初代皇帝の悪事と、混沌の蛇との関係を示す碑文……。すっかり忘れていた、あの光景を思い出し、ミーアは思わず苦い顔をする。

 あの地下神殿があった無人島は、どこにあったか……? そして、初代皇帝が出会ったという、混沌の蛇とは、何者であったのか?

「……まさか」

 ラフィーナは静かに頷いた。

「報告書に、海洋の少数部族、ヴァイサリアンのことが書いてあったわ。混沌の蛇のルーツかもしれない、その候補の一つとしてね」

「では。まさか、ラフィーナさまは、あの子たちの先祖が混沌の蛇に関係しているというだけで、あの子たちを罪に定めようとしているのでは……」

 ミーア……ちょぴっと震える。

 なにしろ、ミーアは初代皇帝の子孫……のみならず、のみならず! なのである。

 ごくごく直近のご先祖、すなわち、祖母パトリシアが混沌の蛇教育を受けていたことが、つい先ごろ判明してしまったのだ。

 もしも、遠い先祖が混沌の蛇の源流かもしれない、なぁんて理由であの姉弟が罪アリ! とされてしまうならば、自分もまた、裁きの対象を免れないわけで……。

 そんなミーアに、ラフィーナは驚いた顔をした。

「まさか、違うわ、ミーアさん。私が言いたいのは、そういうことじゃないの」

 ブンブン、っと首を振ってから、ラフィーナは続ける。

「ただ、思ったのよ。あの子たちも、混沌の蛇の被害者なのかもしれないなって……だとしたら……守ってあげなければならないわ。なんとしても……」

 真剣な顔で、子どもたちを守らんと決意を固めるラフィーナに、ほうっと安堵のため息を吐くミーアであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なるほど… 現実の日本でも、親や親戚、祖先が犯罪に関わっていると色眼鏡で見られ、差別されてしまう… そんな悲しい現実を訴えているのですね! さすが社会派小説…
[一言] ラフィーナさまのお守りパワー
[一言] 第五部に入ってからですが、何か皆さん心身ともに成長されているような・・・ ティオーナさんはシュッとしたお姉さんに。 クロエさんは理知的な才女に。 そんな二人がティオーナ様と 三人並んで歩けば…
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