第三十九話 帝国の叡智、強大な権威を金で買わんとす!
ユリウスと修道女に学園内の案内を任せて、ミーアたちは打ち合わせをすることにした。
「ふぅむ、あの人数であれば、ユリウスさんお一人でも、講師については足りそうですわね」
学業に関しては、ユリウスに任せても大丈夫だろう。
彼は、さすがに秀才らしく、文学も算術も問題なくいけるらしい。あのぐらいの子どもたちに基礎的な教養を教えるのには、彼一人で事足りるだろう。
なので、問題は、倫理・道徳的なこと。蛇に染まらないようにするための教育だった。
「ふむ、そちらに関してはラフィーナさま、お願いできるかしら?」
それは、疑問の形をとってはいるものの、実際には「そっちは全部任せましたわ!」というミーアの力強いメッセージを含んだ言葉だった。
……そして、ミーアは、当然、その要請が受け入れられるものと思っていた。
だって、相手は聖女ラフィーナである。相手を教え諭すことなど朝飯前のはず。ゆえに、それは、あくまでも確認のもののはずで……。
そんなミーアの言葉に、ラフィーナは当然のごとく頷き……頷……かない!?
「……え? 私が、するの?」
などと、むしろ、困惑した様子を見せている。
――あ、あら? 妙ですわ。この反応、想定外ですわ……。
などと首を傾げるミーアに、ラフィーナはちょっぴり困り顔で、
「ミーアさんのお願いには、できるだけ答えたいと思っているのだけど……でも、先日のミーアさんの教育論を聞いた後だと、少し荷が重いわ。てっきり、ミーアさん自身が教鞭をとるものとばかり思っていたから……」
「……はぇ? え、えーと、先日のこととは……」
「ほら。五種のキノコグラタンのことを例に挙げて、教えてくれたじゃない。子どもたちをどう扱うのが正解か……。私、あの言葉にとっても感激してしまって……」
などと言われて、ようやく思い出す。
――ああ、そういえば、確かにあの時、ちょっぴり上手く言えたなって、自分でも思いましたけれど……。
それから、ミーアは慌てて、各メンバーの顔を見る……、と!
――ひっ、ひぃい! なんか、みんな、わたくしがやるのが当たり前みたいな顔してますわ!
てっきり、正義と公正の権化たるシオンがしゃしゃり出てくるかと思っていたのに、なんだか、ぜんっぜん、そんな様子もない!
「え、あ、で、でも、ここはラフィーナさまか、シオンとかがいいんじゃないかしら? ねぇ、シオン、あなたなら、サンクランドの正義と公正を彼らに存分に教えてあげられるんじゃ……」
なので、仕方なく話を振ってみると、シオンは……。
「弟の面倒一つ見られなかった俺が子どもたちの教育にかかわる? それはおこがましいにもほどがあるというものだろう」
いつになく、やさぐれた感じで言いやがった!
――ぐ、ぐぬぬ、こいつ、まだエシャール王子のこと、気にしてましたのね。確かに、あれは、シオンにもかなーりの責任があることとはいえ……。
生徒会の二大巨頭、ラフィーナとシオンが断ったことで、必然的に、他のメンバーにも頼めなくなってしまう。明らかに、断られるビジョンしか浮かばないし。
ということで……。
「で、では……不肖、このわたくしが、子どもたちへの倫理面での教育をいたしますわ」
涙を呑んで、厄介ごとを引き受けるミーアであった。
「ああ……これは、大変なことですわ……」
部屋に戻ったミーアは、ベッドに寝転がり、うががーっとゴロゴロする。
やがて、ひとしきり暴れた後で、ミーアは気持ちを切り替える。
――まぁ……、でも、よくよく考えると、これはかえって好都合と思うべきかしら……。
そもそも、特別初等部の一番の目的は、パトリシアを教育することにある。そして、それを知るのはミーアのみ。ならば、他の者に任せるわけにはいかない。
より確実性を取るのであれば、ミーア自身が教師をするのが一番よいのだ。
――それに、これはいい予行演習になるかもしれませんしね……。
ミーアは、さらに、自身の子どものことにも思いを馳せる。
どうやら、これから八人産まなければならないらしいが、その八人、産んだら放っておいてよいものでもない。きちんと教育しなければならないのだ。だが……。
――養育係が、きちんと機能するか、甚だ不安が残りますわ。
アンヌに関しては、恐らく問題ないだろうと思っている。ミーア同様、時に甘く、時に厳しく、きっとしつけてくれるに相違ない。ベルを見ていても、それは確信できる。
だが……他はどうか?
ミーアの子どもの教育を担ってくれるであろう筆頭のルードヴィッヒだが……ベルの話を聞く限りでは、いささか甘い。
それはもう、かつてのクソメガネを知り、さんざん涙目にされてきたミーアとしては、まったくもって納得いかないことではあるのだが……。
――ベルの前では、大変な好々爺面をしているルードヴィッヒが、わたくしの子どもたちに甘い顔をしないなどとは、到底思えぬこと。同様にリンシャさんも、少し怪しいですわ。
ベルの様子を見るに、リンシャも養育係としては、ちょっぴり甘いところがあるらしい。彼女には厳しくしつけてくれることを期待していただけに、ミーアとしては意外なところであった。
――それに、リーナさん……。あの方に関してはベルの親と仲良くなるために、むしろ、積極的に甘やかしそうな雰囲気さえございますわ。
もともと、シュトリナには頼む予定はなかったが……仮に頼んだとして、上手く務められるとは思えず……。こうして考えていくと、どうも、ミーアは程よい教育係を見つけられそうにない。となると、時々は、自分の目で子どもを見て、しっかりと大切なことを教えていく必要があるわけで……。
――嫌な男の子の黙らせ方とか、知っていると便利なことをきちんと継承してあげたいですわね。こう、どうやって蹴ればいいかとか……レムノ王国での経験を生かして……こう。
まぁ、それはさておき……。そのような明るい未来のためにも、今回のことは何かの役には立つかもしれない。であれば……。
「こうなってしまった以上、積極的に生かすべきですわね。ふむ……」
それから、ミーアは、アンヌのほうに目をやり、手際よく準備を進めていく。
その第一歩は……。
「アンヌ、申し訳ないのですけど、今から言うものを町で買ってきてくれないかしら?」
「はい。わかりました。なにを手に入れればいいのでしょうか?」
首を傾げるアンヌに、ミーアは、胸を張って堂々と言い放つ。
「度の入っていない眼鏡ですわ!」
ミーアが欲したもの……それは、権威と知恵の象徴たる眼鏡だった!
それを聞いて、アンヌは、一瞬、怪訝そうな顔をしたものの、
「わかりました。探してまいります」
すぐに頷いて、部屋を出ていくのだった。




