表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
652/1477

第三十三話 共感と嘆きと希望的観測

 ――あ……焦った……。ミーアさまの、たとえ話か……。

 ミーアが大満足で笑っているのを尻目に、キースウッドは、何気ない風を装って、椅子に腰を下ろし……ふぅうっと深いため息を吐く。

 ――さすがに、キノコ料理を作りたい、などと言い出されたらお手上げだったな。

 ただでさえ、ラフィーナという強大な敵を相手取らなければならないのだ。そのうえ「キノコ料理が作ってみたい」などと言うミーアが出現しては……もはや降参するしかない。

 狼二匹を相手に戦えと言われて、さらにそこにディオン・アライアが敵として出現したような……そんな絶望感に一瞬襲われたキースウッドであった。

 ――まぁ、しかし……よくよく考えてみれば、そうそう悪いことばかり起こるはずもない。そうだ、ラフィーナさまに教える件だって、実際には、それほど絶望的状況ではないのかもしれないな。俺としたことが、いささか冷静さを欠いて、過度に絶望視しているだけなんじゃないか? ラフィーナさまが、ミーアさまたちより料理ができるという希望だってあるわけだし……。

 サンドウィッチのことをお願いされた後のことだ。ラフィーナから直々に呼び出しを受けたキースウッドは、そこで、こんなことを言われた。

「パンを馬の形にしたサンドイッチなんて、挟むのが難しそう」

 と……。

 その一言に、キースウッドは希望を見出した。すなわち、ラフィーナはサンドイッチを作ったことがあるに違いない、と。

 だって、作ったことがなければ、挟むのが難しいだなんて、思うはずがない。だから、彼女は経験者だ。そうに違いない……そうであってほしいなぁ! などと……淡く儚い希望を持ってしまったのだ。

 ――だから、ふたを開けてみれば、ミーアさまたちを相手取るより遥かに楽だということもあり得るな。うん、あり得る!

 ……基本的に、キースウッドは現実主義者である。

 戦いに慣れた狼を相手取った時も、決して勝てるなどと楽観視しなかった。むしろ、自分にできるギリギリを見極め、最善の立ち回りをした。そういう男である。

 希望的観測に身を委ねる愚は、重々承知している。にもかかわらず……、この問題に関しては希望的観測にすがりがちなキースウッドである。

 今回の場合、そうしたほうが心の平和を保てるだろうと、彼の本能が告げているのだ。

 ――しかし、まぁ、そんなことより、ミーア姫殿下は変わらないな。

 気を紛らわすようにつぶやいて、彼はミーアに視線を戻した。

 ミーアの言葉、特別初等部の生徒の選考基準のこと。

 ――国の別を問わず……才の多寡を問わず……その才が生かされないことを許さない。これは、あの剣術大会の時、アベル王子に向けたものと同じだ……。

 差別なく、区別なく、その者を一人の人として見る。その者の可能性を見る。そのうえで、それが開花しないのは許さないという姿勢。

 それは、聖ミーア学園でも見られたものではあったが、ここ、セントノエルではさらに研ぎ澄まされているようにも思えた。

 ――才を評価して取り立ててくれる王は善王だ。その王にアピールするように自らを高める生き方、努力に報いてくれる王の下で生きるのは、ある意味で幸せな生き方と言えるだろう。どれだけ努力しても、評価されないよりは、よほど幸せなことで……だけど、それは同時に、才を失った時に寵愛を失うのではないか? という不安に苛まれる生き方でもある。

 幼き日にエイブラム王に拾われ、シオンと兄弟のようにして育てられたキースウッドには、その気持ちはよく理解できた。

 王や王妃の人柄はよくわかっている。尊敬し、敬愛し、信頼している。

 けれど、もしも無能を曝したら捨てられるのではないか、という不安は、本能レベルで、彼の心に刻み込まれていた。

 だからこそ、自らの剣の才を、弛むことなく鍛えて、伸ばし続けたのだ。

 ――そのおかげでサボらずにいられたと考えることもできるが……ミーア姫殿下は違うのだろうな……。

 それが、今の五つのキノコグラタンのたとえ話だろう。

 ミーアは別に、天才を求めてはいない。才の大きさは問題ではない。

 ほどほどの才であったとしても、その才が生かされる道を探してあげること……。それこそが国の上に立つ者の務めであると、彼女は言っていたからだ。

 民をキノコとするならば、その味を見極めて、料理するのが統治者である自身の務めであると……。

 その良さ、悪さを理解し、ただ、その者の最善の生き方を模索し、用意してやること。それがミーアの出した答え。

 ――捨てられるかも、という危機感により才を伸ばす者はいるだろう。だが、ミーア姫殿下はその逆。恩を与え、その恩に報いよ、と奮起を促すのだ。その者が生きる場所を用意し、そこで最大限、自分の力を尽くせ、というのだろう。

 先に大恩を与え、お前にできる最善の忠義で返せ、という……その姿勢に、キースウッドは、思わず感嘆のため息をこぼした。

 ――なるほど、この人は善王の器を持っている。いや、普通の善王ではない……。

 その、あまりの器の大きさに、キースウッドは心から感心して……同時に、ついつい、こうも思ってしまう。

 ――その才の一部でも、料理のほうに割いてくださればな……。いや、まぁ、完璧な人間がいない以上、仕方のないことであるのはわかっているのだが、ああ、でもなぁ……。

 ラフィーナとの料理教室を想像し、思わず、キースウッドは天を仰ぐのだった。


 ……キースウッドは知らなかった。

 ミーアのように、周りを頼れば……案外、助けてくれる人というのはいるもので……。

 ラフィーナのメイドのモニカが……まぁまぁ、それなりに料理ができるということを、キースウッドが知るのは、もう少し後のことであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 苦労人キースウッド……と一応は思ってましたが、そこまで心の傷を負ってたのか!とは今回まで気づいてやれませんでした。 憐憫惻隠の緒を締めて、気に掛けていきたいと思います。 と感想を書きたくな…
[一言] ま~た眼鏡かけてないのに裸眼で曇ってるよw
[良い点] 普通教育を広げるのは良いですね!パティにも色んな友達が出来たら楽しいし将来のためになる! [気になる点] パトリシアと言う名前を聞くと馬車を引く白馬を思い出す世代です [一言] これはもし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ