第三十一話 復讐者たち(ハイキッカーズ)集結す
セントノエル学園をぐるりと囲むノエリージュ湖。
少し前まで荒れに荒れていた湖面は、今では穏やかな波音を立てていた。
その湖を左手に見ながら、一台の馬車が走っていく。
それは『蛇の巫女姫ヴァレンティナ・レムノに復讐し隊』通称ハイキッカーズの面々が乗った馬車であった。
メンバーは自らの孫娘を殺されたレムノ王国の王子アベルと、殺された張本人たる孫娘ミーアベル。それに、直接的ではないとはいえ、頭をかち割られたリンシャ……と、誘拐されてネチネチ嫌がらせを受けたシュトリナである……シュトリナである!!
ちょこん、と馬車の中、かしこまって座るシュトリナ。その顔には、いつもと変わらない可憐な笑みが浮かべられていた。
ベルがヴァレンティナにお礼参りをすると聞いたシュトリナは、ぜひ、自分も同行したいと、力強く言ったのだ。とてもいい笑顔で言ったのだ!
最初は、ひさしぶりのシュトリナとの旅行が嬉しかったベルではあったが、あんまりに良い笑顔だったもので、ちょっぴり心配になってしまった。
ということで、馬車の中で一応確認しておくことにする。
「リーナちゃん、一応聞きたいのですけど、リーナちゃんも復讐するつもりなんですか?」
そう聞くと、シュトリナは笑みを崩さないまま、
「もちろんよ。だって、リーナ、いろいろと嫌なことされたし、言いたいことたくさんあるんだから」
「リーナちゃん……確認したいんですけど、言うだけ、ですか?」
「もちろんよ。乱暴なことなんかしない……」
「本当の、本当に……?」
そうして、ベルはジッとシュトリナの目を見つめる。見つめる……。っと、シュトリナがシュシュッと目を逸らしたのを見て、ベルは小さくため息を吐いた。
「リーナちゃん、お話しておきたいことがあります」
それから、キリリッと、とても真剣な顔でベルは言った。
「ボクの知っている、未来の世界のリーナちゃんは、とても優しい方……優しい?」
と、そこで、ベルは首を傾げる。
「いや、意外とお勉強をサボったりすると、怖い時もあるような……。ダンスの時も……。ま、まぁ、でも、ともかく、リーナちゃんは、だいたい優しい方なんです」
微妙に歯切れ悪く言って、ベルはシュトリナの手をギュッと握りしめる。
「そしてリーナちゃん、言ってました。自分がこんな風に笑っていられるのは、暗殺とか後ろ暗いことにかかわってこなかったからだって。ミーアお祖母さまが、そんな世界を作ってくれたからだって……。ボクはそんなリーナちゃんのことが大好きで……。リーナちゃんと一緒にいる時が大好きなんです。だから、絶対に短気なことをしないでください」
「ベルちゃん……」
いつになく、真剣な声で言うベル。そんなベルを見てシュトリナは深々と頷きつつ、
「もちろん……リーナ、ベルちゃんが悲しむようなことしないよ。うん。そんなこと考えもしなかった」
「本当ですか……?」
「本当。そんなこと、考えなかったもん……ちょっとしか……」
またしても、微妙に目を泳がせながら、シュトリナは言った。こう……若干、気まずそうに。
そんな彼女を逃がさないように、ベルは一歩踏み込む。その気合の踏み込みは、さながら、彼女の祖父、アベルのごとく!
「もしも、リーナちゃんがボクのために復讐しよう、なんて思うんだったら、そんなことする必要ありません。そして、もしも、リーナちゃんが、自分の気が済まないから復讐すると言うなら、ボクからのお願いです。やめてください」
シュトリナが復讐する理由を力ずくで奪い取ってから、ベルはふわりと笑った。
「せっかく、ミーアお祖母さまが、イエロームーン家が、暗殺にかかわらなくっていいようにしてくれたんですから、それを大切にしてください。リーナちゃんは、もう、誰も傷つけなくってもいいんですから」
「ベルちゃん……」
シュトリナは、感動した様子で瞳を瞬かせてから、
「あ、でも、それじゃあ、ちょっとお腹が痛くなって、十日ぐらい食事が喉を通らなくなるぐらいの……」
「……ダメです」
「じゃあ、三日ぐらい。三日ぐらいお腹が痛くなるお薬なら……」
「まぁ、そのぐらいなら……」
「いや、それもやめてくれ」
話を聞いていたアベルが、思わずと言った様子で止めに入る。それから、
「シュトリナ嬢、こうしてゆっくりと話す機会がなかったが、改めて、謝りたい」
とても真面目な顔で頭を下げた。
「我が姉、ヴァレンティナが迷惑をかけた。ボクで償えることがあれば、なんでも言ってもらいたいのだが……」
「あ、いえ……」
シュトリナは、ちょっぴり慌てた顔をする。けれど、すぐにいつもの可憐な笑みを……いや、どちらかというと、悪戯を思いついた子どものような、ちょっぴり小悪魔めいた笑みを浮かべて、
「……そうですね。それなら、アベル王子、一つ約束をしてください」
「なんだろうか?」
「ミーアさまと、どうぞ仲良くなさってください。温かで、幸せな家庭をお築きください」
「…………うん?」
はて、なんのことだろう? と首を傾げるアベルに、シュトリナは続ける。
「大切なお友だちの家庭の問題なので、少し気になって。間違っても、他の女の人と浮気なんてしないでくださいね」
からかう気満々の笑みを浮かべるシュトリナ。であったが、彼女に答えたのはアベルではなく、その孫娘のほうだった。
「大丈夫ですよ、リーナちゃん。アベルお祖父さまと言えば、ミーアお祖母さまに、ラブラブと評判で。浮気なんて考えられません。もう、見てるこっちが恥ずかしくなるぐらいで」
「なっ!?」
アベルは、思わず絶句する。
そうなのだ……。今までは、姉をなんとかすることだけ気になっていて、まともに考えてはいなかったが……よく考えると、目の前の少女、ベルは、自分とミーアとが結ばれることの証のような存在なわけで……。
そうして、ベルは無邪気な笑みを、シュトリナに向けて。
「リーナちゃんのところに負けず劣らずのラブラブっぷりなんですよ?」
ニッコニコとまるで悪意のない笑みを浮かべたまま、
「こっちも見てるボクのほうが恥ずかしくなるぐらいで……」
「なっ!? べ、ベルちゃんっ!?」
直後、飛んできた流れ矢に貫かれ、シュトリナが、けふっ! とむせる。
ベルが無差別に放つ矢は、的確にアベルとシュトリナを貫いた。
その矢は、恋の天使が放つ矢のごとく、二人にとある感情を植え付ける。それは淡い恋……などではなく、同じ被害者であるという強固な共感だった!
それは、サフィアスとキースウッドの間に芽生えたものに似た感情でもあった。ミーアの血筋が取り持つ縁とでも言えるだろうか。
ちなみに、もう一人の同乗者リンシャはといえば、自分のほうに矢が飛んでこないよう、できる限り、存在感を消していたのだった。
かくて、賑やかな復讐者たちは一路、ヴァレンティナの幽閉された塔に向かっていくのだった。




