第六十三話 剣術大会4 -決戦-
「それでは、次の試合を始めます。シオン・ソール・サンクランドくん、アベル・レムノくん、闘技場に上がってください」
名を呼ばれた二人の王子は、ゆっくりと闘技場の上に歩を進めた。
闘技場の周りには、多くの生徒たちが集まっていた。
剣の天才と名高い大王国の王子、シオンはもちろんのこと、新入生ながらに快進撃を進めるアベルに対する注目も、否応なく高まっていたのだ。
――やれやれ、まさかボクがここまで注目を集めてしまうとは。予想外ではあったな。
苦笑いを浮かべつつ、アベルはシオンに礼をする。
それから、引き抜いた剣を頭上まで引き上げる。
いわゆる上段、王家に伝わる剣術の第一の構え、攻撃的な構えだった。
それに対して、シオンは、剣をだらりと下げた下段構えだった。
シオンの剣は天才の剣。
相手の一撃を受け止め、受け流し、相手の態勢が崩れたところで反撃を打つ。
カウンター、後の先をとる剣術。
その一撃は必殺の一撃。体勢を崩された相手は、避けることも受けることもできず、敗北する。
相手のどんな攻撃をも受けきることができるという自信がなければ、絶対にできないやり方、アベルにはとてもできないやり方だった。
アベル・レムノは凡人だ。
彼は生まれた時からそれを自覚していたが、その想いが決定的になったのは、かつてシオンと剣を交えた時のことだった。
生まれながらの才能の差はあって、それを埋めることはきっとできない。そんな実感があった。
だから、彼は諦めた。それが賢い選択だと思った。
埋められない才能の差があるのなら、頑張るだけ無駄。
だから、頑張らない。
とても理にかなった考え方だと思ったのだ。
だけど……、セントノエル学園に来て、ミーアと出会って、アベルの中に想いが生まれた。
シオンに負けたくない、勝ちたい。
勝って、ミーアの期待に、信頼に応えたいと。
けれど、ああ……、現実は残酷だ。
想いがあれど、実力の差も才能の差も埋められない。
相手が才能におぼれ努力を怠る者であれば、努力を積み重ねることで勝てる。
けれど、シオンは天才でありながら、決して鍛錬を怠ることはなかった。才ある者が凡人と同じように鍛錬し、実力を高めていく。
それでは差は埋まらないどころか、むしろ開いていくばかり……。
普通のやり方では無理なのだ。
……それゆえに、アベルは捨てた。
それはとてもとても、単純なことだったのだ。
剣術では勝てない、ならば、鍛錬をより限定すればいい。
より、絞り込めばいい。
守りを捨て、フェイントを捨て、突きを捨て、横なぎを捨て……。彼は、ただ一つのことにのみ努力を集中する。
振り上げた剣を振り下ろす。その動きの研鑽のみに、すべての努力を傾けた。
あの日、ダンスパーティーの夜から、ただただ毎日、剣を振り下ろすことのみに心血を注ぎ続けた。
その積み上げた研鑽が、努力が、今、天才の剣に届く!
ガイィイインッ!
甲高い金属の音と、遅れてくる鈍い手応え。
アベルは己の一撃が、防がれたことを悟った。
――まだ、届かなかったか。
失意に目の前が暗くなる。
けれど……、いつまでたっても、シオンの反撃はない。
つばぜり合いになった刃は、むしろ自分の方が優勢で……、シオンは大きく闘技場の端まで下がった。
「手加減はしないという話ではなかったかな?」
不満げに言うアベルに、シオンは苦笑で応える。
「期待に応えられずに申し訳ないが、こちらにはこちらの事情があるんでね」
「ボクを愚弄するつもり……、というわけでもないのか。まぁ、どちらにしろ……」
アベルは再び、上段に剣を構え直し、
「ボクにできることは限られているのだがね」
次なる一撃を放つ。
「くっ!」
シオンは、その一撃を紙一重で避ける。狙ってやったことではない。その鋭さゆえに、紙一重になってしまうのだ。
――まさか、これほどとは……。
相手を低く見ているつもりはなかった。
しかし、アベルの一撃はシオンの予想をはるかに上回る鋭さと重さをもっていた。
なんとか、アベルの一撃の前に刃をねじ込むことに成功はしたが、それがせいぜいで……。
その威力を受け流すこともできず、その破壊力はもろにシオンの腕を襲った。
――腕がしびれたのは、父上との鍛練以来だ。
反撃はおろか、剣を持っていることさえ危うい。紛れもなく、アベルの一撃はシオンを追い詰めていた。
されど……、
「はぁっ!」
アベルの再度の振りおろし、それをシオンは足運びのみによって避ける。
シオン・ソール・サンクランドは紛れもない天才だ。ゆえに、一撃目ですでに、アベルの間合いを完全に見きっていた。
――それにしても、振り下ろしだけだからまだ何とかなっているが……。
シオンは気づいていた。
アベルの攻撃が、振り下ろしに限定されているから避けられているが、もしこれにほかの動きが混ざっていたら……。
振り下ろしほど威力がなくてもいい。
必殺の一撃があるのであれば、それを活かすように立ちまわればいい。
シオンはアベルの秘めた可能性に、危険を感じていた。
――ともかく回復を待つしかない。しびれが治るのにあと何秒かかるのかは知らないが……。
ふと思いついたことを聞いてみる。
「アベル王子……、君をここまで強くしたのは、やはりミーア姫か?」
「ああ、そうだ。ミーア姫はこのボクを信じて、勝利を願ってくれた……。ゆえに、ボクは負けるわけにはいかない」
「そうか……。それは、うらやましいな」
小さくため息を吐き、剣を構え直す。
「だが、負けられないのは俺の方も同じだ」
腕のしびれがとれるまで、あと少し。
反撃の機を待つ彼の刃先に、ぽつり、と雨粒が降ってきた。