第三十話 権威主義者ミーア!
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
生徒会室に入ると、みなの視線がミーア……の隣に立つ少女へと向かう。
「その子が、例の……?」
代表するように口を開いたのはシオンだった。ミーアは静かに頷いて。
「ええ、そうですわ。パティ、ご挨拶を。こちらは、シオン王子ですわ」
「シオン、王子……?」
きょとん、と首を傾げるパティに、シオンが優しく微笑みかける。
「初めまして。お嬢さん。俺は、シオン・ソール・サンクランド。サンクランド王国の第一王子だ」
「サンクランド……? でも、サンクランドの王子の名前は……」
「パティ。そういうことだと思っておけばいいですわ」
そう言って、ミーアは軽くウィンクする。
「なるほど、はい、わかりました」
表情は一切変わらないまでも、心得ました! と元気よく頷き、パトリシアはシオンに頭を下げた。
「パトリシア・クラウジウスです。以後、お見知りおきを」
彼女の堂々たる名乗りを眺めながら、ミーアはふと思う。
――しかし、この子、シオンを見てもまったく態度が変わりませんわね。
老いも若きも、あらゆる世代の女性陣を魅了するのがシオン・ソール・サンクランドである。かつてはミーアでさえも、その爽やかな笑顔に目を奪われたものである。
――それなのに、まったく見惚れもしないし、緊張もしないだなんて……。さすがはお祖母さまということかしら? それとも、蛇の教育の根深さを嘆くべきかしら? あるいは、恋愛にうつつを抜かす余裕がない事情があるとか……?
などと考察しているうちに、ラーニャ、クロエが順番にやってきた。
そして、最後にやってきたのは、ラフィーナと、もう一人。
「みなさん、揃ってるかしら?」
涼しげな笑みを浮かべるラフィーナ。その隣に立つ男に目をやりつつ、ミーアは気合を入れる。
――今はアベルがいないんですし、わたくしがしっかり頑張らねばなりませんわね。
そう……アベルは今、セントノエル島にはいない。ベルを伴って、姉に会いに行っているのだ。
いつもかたわらで支えてくれる彼の不在を心細く思いつつも、それを吹き飛ばすように、ミーアは気合を入れて、口を開く。
「ラフィーナさま、その方が?」
視線を向ける先、立っていたのは、すらりと背の高い優男だった。
年の頃は二十代後半、あるいは、三十に届くだろうか?
端整な顔には、知的な眼鏡がかけられていて、レンズの奥の瞳は、穏やかな笑みを浮かべている。
シオンやアベルには劣るものの、これまた甘いマスクの男であった。面食いのエメラルダ辺りであれば、自身の家の執事などにスカウトしたかもしれないが……。さすがにミーアは、そんな容姿など、歯牙にもかけない。
むしろ、ミーアが注目していたのは、別のものだった。それは……。
「お初にお目にかかります。ユリウスと申します」
ユリウスは、一歩足を引き、胸に手を当てて頭を下げる。
それは、帝国貴族の伝統的な礼だった。
「まぁ、これは、ご丁寧に。生徒会長をしております、ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ」
ミーアはスカートの裾をちょこん、と持ち上げて礼を返す。他の者が、それぞれに挨拶を交わしたところで、
「それにしても、驚きましたわ。あなた、帝国のご出身なのね? どこの家の方かしら?」
尋ねると、ユリウスは恥ずかしそうに頭をかいて、
「申し訳ありません。実は、没落した貴族の出身なので、今は家名を名乗らないことにしているのです。オベラート子爵家という名前に聞き覚えはございますか?」
「オベラート子爵家……ええ……まぁ……どこかで聞き覚えがある気がしますわ。詳しくは存じ上げませんけれど……」
などと愛想笑いを浮かべるミーア。実際のところ、まるで聞き覚えはなかったのだが、まぁ、それはさておき……。
「いずれにせよ、頼りになりそうな方で安心いたしましたわ」
ミーアの一言に、ユリウスは、小さく目を見開いた。
「頼りになりそう……ですか?」
怪訝そうな顔をするユリウスは、小さく首を傾げた。
「栄光ある子爵位をいただき、先代の陛下より金銭を援助いただいたにも関わらず、それをすべて食いつぶし、頼りの爵位までをも失った無能者の家でございますが……」
「ふふ、なにをおっしゃいますやら……。爵位を失ったと言いますけれど、あなたが家を継ぐ時に、どうにもならなくなっていた、などということもあるでしょう」
ミーアはふと思い出す。
破滅を回避するために、忠臣ルードヴィッヒと駆け抜けた日々のこと。
いろいろな場所に行き、手を尽くしたけれど、すでに、あの時点では手遅れで……。
――ご先祖の負の遺産が巡ってくる不幸というのは、往々にしてあるものですわ。それに……。
ミーアは、ユリウスの顔を見つめる。大切なのは、そこではないとばかりに……。ミーアはただ一点を見つめ続ける。
「そもそも、爵位は世襲のもの。信用する根拠にはなり得ませんわ。あるいは、あなたが自身の才覚を持ってそれを得たというのであれば、それをもって信用することに理があるのかもしれませんけれど……」
名のある貴族の家名をもって近づいてきた挙句に、無能を曝す愚か者など、ミーアはいくらでも知っている。あの当時の帝国で、爵位に相応しい働きをしたものなど、皆無だったのだ。
そもそも筆頭格である四大公爵家でさえ、あの当時はまったく信用ならなかったのだ。平民のルードヴィッヒのほうがよほど役に立ったのだから、爵位などなんの判断基準にもならない。
「むしろ、家が潰れ、なんの後ろ盾もない外国に流れ着き、そこで、学問を身につけて名を成す。その実績にこそ、信頼がおける。そうではないかしら?」
ユリウスの実績を評価するミーアである。そして、それ以上に信頼するのは……。
「なるほど……。それが帝国の叡智の考え、ですか……」
感銘を受けた様子のユリウスに、ラフィーナが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ふふふ、驚いたでしょう? ミーアさんは、爵位であるとか、既存の権威をあまり重視しない、柔軟な人なのよ」
その声を聞きながら、ミーアはユリウスの顔をジッと観察していた。その端整な顔……にかけられた……眼鏡のことを!
――ふむ、あの眼鏡、なんだかルードヴィッヒ感がありますわね。であれば、この方、きっとできる方に違いありませんわ。間違いありませんわ!
貴族の爵位は重視しないが、眼鏡にはガッチリと囚われている、眼鏡主義者のミーアなのであった。
そういえば、以前よりバルバラさん年の割に若過ぎ説があったため、少し設定を変えました。
バルバラ(55歳)ということにしておいていただけますと幸いです。
本文中に年齢を出してないし、初老と言っていたので、キャラ説明だけ直せば大丈夫なはず……たぶん。
ということで、よろしくお願いいたします。