第二十三話 ハイパワーアイプリンセス、再び
さて、夜は明けて翌日。
ミーアは、普段と同じく授業に出ていた。
パトリシアは、アンヌとベル、それにシュトリナに任せていた。
ちなみに、ベルはセントノエルへの転入の手続きが済んでいないから、まだ授業に出られない。それは、まぁ仕方ないのだが……シュトリナのほうは今朝がた「体調が悪いから授業を休む」と言って、ミーアの部屋に遊びに来たのだ……遊びに来たのだ!
笑顔で悪びれることもなくそんなことを言うシュトリナに、ミーアは苦笑しつつも、
「まぁ、昨日の今日ですし、ベルと一緒にいたいのはよくわかりますわ」
などと、大変寛容な気持ちになる。
これまでのシュトリナの落ち込みようを考えれば、授業の一日や二日、ズル休みすることがなんだと言うのか。
孫娘とその友だちを見つめる、お祖母ちゃんの瞳はとても優しいのだ。
そんなわけで、ごくごく真面目に授業に出ていたミーア……なのだが、本日は、朝から、トロン、と眠たげな目をしていた。
「ふわぁむ……」
あくびを飲み込み、涙目になりつつ、ミーアは睡魔との死闘を繰り広げていた。
――ううむ……やけに眠いですわ。昨日はよく眠れなかったからかしら?
アンヌにベルのことを話した関係で、いつもより半刻も遅く眠りについたミーアである。大変な寝不足なのである。
――しかし、寝るわけにはいきませんわ。わたくしは『ミーア先生』。その呼び名に恥じぬように、勉学に励まなければなりませんわ。
眠気に負けぬよう気合を入れて、ギンッと目を開けておく「血走った瞳の姫」ミーアである。授業の内容は耳から耳へと抜けて行っていたが、そんなのは気にしない。
ともかく、目を開けておくことこそが肝要! すべての精神力を瞳に込める眼力姫ミーアなのである。
さて……その日の授業がすべて終わり、ミーアが、のびのび―っと体を伸ばしていたところに、
「ミーア。今日は生徒会の会合があると聞いたのだが……」
アベルが話しかけてきた。
「準備ができているなら、一緒に生徒会室までどうかな? 今朝からアンヌ嬢もいないようだから、エスコートしようかと思うのだが」
「まぁ、ふふふ。そうですわね、では、お願いしようかしら」
ミーアは笑いつつ、差し出された手を取って……それから、チラリ、とアベルの顔を見た。
ここ最近のことだが、ミーアはアベルの顔をよく観察するようになっていた。ちょぴっと血走った眼で、じっとアベルを見つめる、「観察眼姫」ミーアである。
それは、少年から青年に移り変わる美少年の姿を、しっかりとその目に焼き付けるため……ではない。もちろんない……!
確かにミーアの中には、そういった邪念が皆無とは言わないが、あくまでも、それはほんの少しのこと。せいぜい三割強といったところなのである。
そして、それ以外の理由は、もちろんアベルのことが心配だったからだ。
最近、アベルは無理をしているんじゃないか? ミーアの脳裏に、そんな心配があった。
あの、蛇の廃城でのこと。彼は実の姉、ヴァレンティナが蛇であったことを知った。それも、巫女姫という、蛇を統括する立場だったのだ。
その事実が、彼をどれだけ傷つけたのか、ミーアにはよくわかっていた。
――アベルはわたくしと同じで繊細で……とても優しい方ですわ。あのことでなにも思わなかったわけがありませんわ。
さらに、ヴァレンティナはベルの命を奪った。
ミーアが妹と公言していたベルをヴァレンティナが殺したこと……そのことをアベルが気に病まないわけがない。
そして、そんなミーアの心配は当たることになった。
あの日の姉の償いをするかのように、アベルは無理をするようになった。
周りに気を使い、より一層、剣の鍛練に励み、立派な王族として振る舞おうと、必要以上に頑張るようになった。
自己研鑽自体は素晴らしいものかもしれないが、その度を越した態度が、ミーアには少しだけ心配で……だからこそ、ミーアはアベルのことを、以前よりしっかりと見るようになったのだ。
――アベル、笑ってはいますけれど、少し疲れた顔をしてるみたいに見えますわね。心なしか目の下に薄っすらと……。うう、心配ですわ。また、元気になって、あの笑顔を見せてくれるようになってくれればいいんですけれど……。
そのためにも、今日のベルの帰還の報告会は大切だと思っていた。
――ベルが生きているということがわかれば、少しは気持ちが軽くなるはずですわ。
「ところで、今日はなんの会合なのかな? 時期的に言えば、生徒会選挙の関係だろうか?」
「ああ。そうですわね。それもありますわ。少しみなさんにお願いしたいことがありまして……」
「お願いしたいこと……? それは、昨日の事件と関係あるのかい?」
「そうですわね。まぁ、無関係とも言い難いのですけれど……ところでアベル、その後、どうですの? ヴァレンティナお義姉さまは……」
「ああ……うん」
その問いかけに、アベルは、少しだけ顔を曇らせる。
アベルは、時間を見つけてヴァレンティナの幽閉されているところに通っていた。
そこは、セントノエルにほど近い場所。ヴェールガ公国内にある、とある塔の一角だった。
表向き、修道院ということになっているその建物は、蛇の巫女姫を幽閉しておくための、特別な建物だった。そこに住む修道女たちは、みな、蛇に対する術を学んだ者たちだ。
本来、そこに囚われた者と会うことは許可されないのだが……。ヴァレンティナの場合、他国の王族であることに加え、ラフィーナの口添えもあって、アベルたちには特別に面会を許されている。
だから、アベルは時間を見つけては、会いに行くことを繰り返していたのだが……。
「相変わらず、だね。兄上も折を見つけては通っているようだけど……」
「あら……。ゲインお義兄さまもですの?」
それは、少し意外なことではあったが……。
「兄上もいろいろと思うところはあるみたいなんだが……」
「そう……なんですのね。ふむ……もしかしたら、今日、これからの会合が、お義姉さまのことに役に立つかもしれませんわね」
そんなことを話しつつ、二人は生徒会室にやってきた。