表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
639/1477

第二十話 令嬢トークは終わらない

 ――ふむ、上手く片付きそうでなによりですわ。

 ミーアは、心地よい満足とともに、お皿の上に残った最後の二枚のクッキーを眺める。

 ――お話も上手くまとまりましたし、クッキーもあれが最後の二枚。どちらも、もめずに済みそうですわね。

 あれが一枚しか残っていなかったら一大事だった……などと、ペロリと唇を舐めたところで……。

「そういえば、ミーアさん、私、すっかり誤解してしまっていたわ」

 ふと、ラフィーナが言った。

「はて……? なんのことかしら?」

 首を傾げつつも、ミーアの意識は、すでにクッキーに持っていかれている。

 なにしろ、最後の一枚である。

 これから先、ずっと食べられないわけではないにしても、しばしの別れであることは変わらない事実。

 しっかりと味を、この舌に刻んでおこうと、集中してクッキーをパクリ、サクリ、としていたのである。

「誤解していたわ。ベルさんのこと……。私ね、ミーアさんたちの様子を見て、てっきり、ベルさんが死んでしまったんじゃないかって、思ってたのよ。だって、ミーアさんたち、すごく落ち込んでいたから」

「ラフィーナさま……」

 そう言えば、とミーアは思い出す。

 あの、蛇の廃城から戻ってきてから、ラフィーナはどことなく優しかった気がする。リンシャのことを親身になって考えてくれたし、生徒会でも何かにつけてフォローしてくれていた。ミーアのテストの点が若干アレな感じになっていても、優しく見守ってくれていた。

 ――気遣っていただいてたのですわね。

 改めて、そのことに気付くミーアである。そして……。

――ならば、ベルのことは適当に誤魔化したりせず、きちんと説明しなければなりませんわ。ラフィーナさまだけではなく、アベルにもシオンたちにも、ちゃんと説明しておかなければなりませんわね。

 でもまぁ、個別に説明するのは面倒なので、一度に説明したいなぁ、などと思うミーアである。効率的に、省エネに生きたいミーアなのである。

 さぁて、どういう手順でしようかなぁ……などと思案に暮れている間も、ラフィーナの話は続いていた。

「それに、ヴァレンティナさんも、そんなようなことを言ってたわ。ミーアさんのそばにいた子を射殺(いころ)した。親友の大切な者を奪った私を生かしておいていいのか? って、私を挑発するのよ。とっても困ってしまったわ」

 頬に手を当てつつ、ため息を吐くラフィーナ。その目が、まるっきり笑っていないことに気付いて、ミーアはわずかに震え上がる。

「ラフィーナさまにまでそんなことを……。それは、こわ……ざかしいですわね。さすがは蛇ですわ」

 思わず、ラフィーナを挑発するだなんて「怖いもの知らずですわね!」などと言いそうになるミーアであったが、慌てて言い直す。それから、クッキーにむせた風を装って、ケホケホせきこんでみせる。

 ついでに、目の前の紅茶を一すすり。口の中をすすぎ、頭をクリーンにする。

 大切なのは、危険度の高さを計ることだ。

 しばし、心を落ち着けて、考えて……。

 ――まぁ、パトリシアのほうが解決すれば、ベルのことはそこまで心配しなくってもいいんじゃないかしら?

 そう結論を出すミーアである。

 なにしろ、ベルは未来から来たことを何人かに話したという、そういう未来からやってきたのだ。要するに、必要とあれば、ベルは自身の秘密を話すことができるのである。というか、その必要がある人に事実を告げた未来からやってきたわけで……。

 ――今回は、わたくしがなにかしなければ、ラフィーナさまが司教帝になっちゃうということもないのでしょうし……。帝国も安泰みたいですし……。

 危険度的に高そうな案件を片づけたことで、やや力を抜くミーアである。

 それは、端的に言ってしまうと、油断に他ならないものであったのだが……。

 そして、ミーアが油断した時には、たいてい恐ろしいことに巻き込まれるわけで……。恐ろしいモノを、呼び寄せてしまうわけで……。

「てっきり、ヴァレンティナさんに騙されてしまうところだったわ」

 苦笑いを浮かべるラフィーナに、ミーアはおずおずと言った。

「あの、ラフィーナさま、実は、そうではありませんの」

「え……? どういう意味かしら?」

「ええと、後でアベルやみんなにも説明しようと思っているのですけど……。ベルには少しだけ事情がございまして。ヴァレンティナさんに首を射抜かれたことも、あの時に命を落としたことも、本当のことなんですの」

「命を……落とした? まさか……じゃあ、ミーアさんと一緒にいたように見えたベルさんは……幽霊?」

 目を見開き、震える声で言ったラフィーナに、ミーアは思わず笑った。

「ほほほ、ラフィーナさま。そんなわけがありませんわ。そんな、幽霊だなどと、そんなもの、この世界にいるはずもありませんわ。ほほほ」

 おかしそうに笑うミーア。であったが……なぜだろう、ラフィーナはまるで笑わない。

「ああ……そうか。ミーアさんには、見えないのだったわね……」

「はぇ…………?」

 その時、ミーアは唐突に気付いた。気付いて……しまった。

 ラフィーナの視線が、どこか定まらないものになっていること……。否、定まらないというよりは、どこか遠くに焦点が合っているような……。ミーア自身よりやや後ろの……なにもないはずの空間を見つめているような……。

 それは、そう……あの、“猫がなにもない空間を見つめてじっとしている”ような、あるいは“犬が誰もいないはずの場所に向かって吠える”ような……、人間には見えていないナニカを自身のペットが見ているのだと、飼い主に確信させてしまうような、そんな行動に似ていて……。

「ら、らら、ラフィーナさま……? なっ、なにか、わたくしの後ろに、ありますの?」

「ふふふ、ミーアさん、この世界には、知らないほうが幸せなことって、あるのよ? ふふふ……」

 ややうつむき気味に、不気味な笑みを浮かべるラフィーナに、ミーアが、ひぃぃっと震え上がった、次の瞬間っ!

「なぁんてね」

 ラフィーナが顔を上げた。その顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいて……。

「…………はぇ?」

 思わず、間の抜けた声を上げてしまうミーアであったが、

「らっ、ラフィーナさま、酷いですわ! そんな風に、わ、わたくしを脅かすなんて」

「ふふふ、さっきからかわれたお返しよ。だって、すごく恥ずかしかったんだから」

 くすくすと笑うラフィーナに、ミーアはぷくぅっと頬を膨らませるが……すぐに吹き出してしまう。

 恋愛話に怪談話、年頃の、普通の令嬢が交わす賑やかな会話の風景が、そこにはあった。

「そう。事情があるのね。よくわかったわ。アベル王子のお姉さんにも関係することだし、一度、生徒会で集まって、そこでお話を聞きましょう。それで大丈夫かしら?」

 ラフィーナの提案に小さく頷くミーア……だったが……。

「それはそうと、ミーアさんは、怖い話が苦手なのね。では、こんな話は知っているかしら?」

「で、ですから、ラフィーナさまっ!」

 にぎやかな令嬢トーク(怪談話)は、もう少し続きそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ビスケットが1まぁーい、2まぁーい、3まぁーい…… 二の腕が1HNY、2HNY、3HNY…… ミーア「ヒィー!!」 霊場トークでは無かった(笑)
[一言] ここにきてラフィーナ様の愛らしさが爆上がりするとは 恐ろしい子!
[一言] ラフィーナ様 ホントに打ち解けてきたなぁ 大好きだし、幸せになってほしい一番の子 ただ、林先輩にはやらん!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ