第十三話 フロリストミーアのキノコチャレンジ!
ベルの圧力に屈して、ミーアは、つい先ほどの夢を語る羽目になった。
時折入るベルの質問にも答えつつ……。
――変ですわね。わたくしがベルから話を聞く場面だったはずなのですけど……。
などと、不満を抱きつつも、律義に話を進めていく。
「とまぁ、そんな感じなのですけど……いったい、その夢がなんだと言うのですの?」
「なるほど……」
ベルは何事か考え込むように腕組みしてから、おもむろに口を開いた。
「これは、ルードヴィッヒ先生の言っていたことなのですが、夢というのは、消えた時間線の記憶なのだそうです。もちろん、すべての夢ではなく、ただの夢も混じっているようなのですが、時折、他の時間線の記憶が……」
「…………はぇ?」
いきなり始まった、ちょっぴりアレな話に、ミーア、思わず目をまん丸くする。
それを見たベルは……、
「ああ。さすがにミーアお姉さまでも突然すぎて困りますよね。ええと、そうですね……」
うーん、っと唸ってから、きょろきょろと部屋の中を見回した。
「あの、ミーアお姉さま、つかぬ事をお聞きしますが、弦楽器など嗜まれたりは……?」
「いいえ、あいにくと」
「ですよね……。では……あっ! そうです。それじゃあ、ミーアお姉さま、これから一緒にお風呂にいきませんか?」
ぽんっと手を打って、そんなことを言い出した。
セントノエル学園女子寮の大浴場は、ミーアのお馴染みのスポットである。
ミーアはお風呂が好きなのだ。どれぐらい好きかと言えば、キノコやケーキに並ぶぐらい、と言えば、お察しいただけるだろうか。
「あら? もしかすると、キノコをお風呂に浮かべたら最高なのではないかしら!?」
などと思い付き、やってみようとしたところ、ラフィーナに割と本気めに怒られる、ということがあったが……ともかく、気持ちいいお風呂に入るためにはトライ&エラーを欠かさない、風呂のスペシャリスト、フロリストミーアなのである。
脱衣所に入ると、ちょうどお風呂から戻ってきたアンヌとパトリシアの姿があった。
椅子にちょこんと座り、丁寧に髪を拭いてもらっているパトリシア。使用人にお風呂の手伝いをしてもらうのは、貴族の令嬢としては当然のことだが……。
その澄ました表情とは裏腹に、小さな手が落ちつかなげに、もじもじしているのを、ミーアは見つけた。
――ふむ……貴族の令嬢らしく振る舞っておりますけど、ちょっぴり落ちつかない感じが現れておりますわね。やはり、蛇がなりすましているのですわね。
「あっ、ミーアさま……っ!」
っと、ミーアたちのほうに目を向けたアンヌが、ぽかーん、っと口を開けた。
その視線の先、立っていたのはベルだった。
――ああ、そうでしたわね。そういえば、アンヌはまだベルのことを教えておりませんでしたわ。
ミーア、思わず頭を抱える。
「えー、ええと、アンヌ。ベルのことは後で説明しますけど、まぁ、いろいろあって帰ってきたんですの」
「かっ、帰って……? で、でも……」
アンヌは一瞬、首を傾げかけたものの、すぐにぶんぶんっと首を振り、
「いえ。わかりました。ミーアさまが、そうおっしゃるなら……。あっ! でも、シュトリナさまには……」
「ええ。リーナさんにはすでにお話ししておりますわ。それとリンシャさんにも挨拶は済ませてきた……のですわよね?」
「はい。アンヌかあさ……、じゃない。アンヌさん、また、よろしくお願いします」
ぺこりんっと頭を下げるベルに、アンヌは優しい笑みを浮かべて、
「こちらこそ、よろしくお願いします。ベルさま。またお会いできてとても嬉しいです」
静かに頭を下げた。
――ふぅ、納得してもらえたみたいでよかったですわ。しかし、ベルのあの時のことを知っている方には、早めにお知らせしておかないといけませんわね……。
と、なにげなく、パトリシアに目をやったところで、
「あら、あなた、それは……」
ふと、ミーアはそれを見つける。
パトリシアの細い首筋、綺麗に浮かび上がった鎖骨の下あたりに見えた小さな痣……白い肌に浮かび上がるその三日月型の痣は……。
――パトリシアお祖母さまにも同じ位置に三日月型の痣があったと聞きますけど……こんなところまで同じにするとは、なかなかに芸が細かいですわね。
思わず唸りつつ、ミーアは尋ねる。
「その痣、痛くありませんでしたの?」
わざと痣を付けたというなら、なんだか、痛そうなことをされたんだろうなぁ、と顔をしかめるミーアだったが、パトリシアはきょとん、と首を傾げてから、
「平気。生まれた時からあるから」
「ふむ……」
ミーアはじっとパトリシアを見つめる。
――ということは、生まれつき、そこに痣がある子どもを探してきたか、はたまた、この子が嘘を言っているのか。あるいは……。
「ミーアお姉さま?」
ふと見ると、服を脱ぎ、準備万端整ったベルの姿があった。実に早い。
「ああ。今、行きますわ。それじゃあ、アンヌ、すまないのだけど、その子のこと、もう少しだけ面倒を見ていてもらえるかしら?」
「はい。かしこまりました」
アンヌと別れ、ミーアは手早く服を脱ぐと、大浴場へ。
ささっと髪を洗い、体を洗って汗を流す。
バルバラの襲撃といい、その後の夢といい、嫌な汗だったからだろう。お湯でざばーっと洗い流すと、すっきり爽快。頭の中がクリーンになる。
それから、浴槽のお湯に浸かり、おーふっと滋味深い吐息を漏らす。ぬるま湯もいいが、肌がピリピリするぐらい熱い湯も良い。お湯に香草が浮かんでいても良いが、綺麗に澄み渡ったお湯もまた良い。
要するに、どんな風呂にでも楽しみ方を見出すミーアなのであった。
――ふふふ、しかし、難しい話はお風呂でしたいなんて、ベルも血は争えませんわね。
などと思いつつ、ベルのほうに目を向ける。
遅れて、ベルもやってくる。浴槽に手を入れて、あつっと可愛らしい悲鳴を上げる。
滋味深い吐息をこぼすには、まだまだ若さが邪魔をするベルである。ミーアのようにはいかないのだ。
ベルは、何度かお湯を体にかけてから、浴槽のふちに座り、足だけをお湯につけた。
「それで、ベル、ここで何を……?」
「ああ、はい。ええと、浴槽の底の、石と石の繋ぎ目にある線が見えますか?」
「ええ、見えますけれど……」
セントノエル学園の浴槽は、貴重な白理石を敷き詰めて作った豪勢なものだ。その接合部には、ベルが言う通り整然としたラインが見える。
「あの一本を歴史の流れと考えてください」
「……はて、意味がよく……」
っと、ミーアの言葉を遮って、ベルが立ち上がる。
「そして、ボクがミーアお姉さまだとお考えください」
言うが早いか、ベルは、ぴょんこっとお湯に飛び込んだ。
とぷん、っとお湯がはね、生まれた波紋によって、浴槽の底の線が揺らぐ。
ぷはっと小さく息を吐き、ベルがお湯から顔を出した。
「見てましたか? ミーアお姉さま。つまり、こういうことなんです」
ぷはっとお湯から顔を出したベルに、ミーアは思わず顔をしかめる。
「……知りませんわよ。ベル。そんなはしたないことをしてラフィーナさまに怒られても」
「えへへ、大丈夫です。必要なことだから、このぐらいは許してもらえます。ボク、とっても仲良しなんですよ、ラフィーナおばさまと」
「ラフィーナ……おばさま?」
ミーア、ベルの無邪気な笑顔に戦慄を覚える。
まぁ、ベルが、ラフィーナと仲良くしているのは良いことなのだろうが……。
「…………知りませんわよ? ベル、ラフィーナさまが司教帝になっちゃっても」
なんだか、未来のヤバいルートをベルが開いてしまわないか、心配になってしまうミーアである。そんなミーアのことなど気にせずに、ベルは指を振り振り、続ける。
「ルードヴィッヒ先生曰く、なのですが……」