第十二話 ベル、語る
「ううむ、ベルからしっかりと話を聞かないと……」
頭をモクモクさせつつ、なんとかすべきことを整理しながら自室へと戻るミーア。
ドアを開け、部屋に入るや否や、そのままぽーんっ! とベッドの上にダイブした!
「ふわぁむ……少し疲れましたわね。ここは、横になって待つことにいたしましょうか……ふわぁ」
ここ最近の悪夢のせいで、すっかり寝不足(……ミーア的には)なミーアである。大きなあくびを、一つ、二つして。
「まぁ……あの子はラフィーナさまに預ければ悪いようにはならないでしょう。うん、それがいいですわ。バルバラさんのことも含めて、後でラフィーナさまのところに……ふにゅ」
そんな風にベッドの上で、うとうとし始めた。
そうして……ミーアは夢を見た。
そこは、イエロームーン公爵の館。
なぜだか、やたらと愛想のいいローレンツと、シュトリナと一緒にケーキを食べようとしている場面だった。
目の前に置かれたのは巨大で、クリームたっぷり! 上には色とりどりのマカロンが乗った実に見事なケーキだ!
「おお、おおお! これが、イエロームーン公爵家、秘伝のケーキ……。とても美味しそうですわ!」
そうして、満面の笑みでケーキにかぶりついたミーアは、直後、気付く。
ケーキを持ってきたメイド、それが、ニッコリと良い笑みを浮かべるバルバラだということにっ!
「ぐむっ!?」
瞬間、目の前がぐるんぐるん、と回り、床に倒れたミーアは……意識を失い……。
「ふひゃああああああっ!」
悲鳴とともに飛び起きた。
「くぅ、い、いやな夢ですわ。これは、バルバラさんと出会ってしまったからかしら?」
汗をじっとりとかいてしまったミーアは、思わず、ほーふぅと息を吐く。
「ううむ、汗をかいてしまいましたわね。早いところ、ベルから報告を聞いて、わたくしもお風呂に行かなければ……」
と、思っていたところで、ちょうどベルが部屋に入ってきた。
「うう……よ、ようやく、解放してもらいました……」
ベルは、なんだか、ちょっぴり疲れた顔をしていた。
「ああ、やっと帰ってきましたのね。ベル、今までどこに?」
「り、リーナちゃんの後、リンシャ母さまに捕まってしまって……部屋の中で根掘り葉掘りと……。つ、疲れました……」
ぐったりとミーアの隣にやってきて、そのままベッドに倒れるベル。顔をベッドに押し付けたまま、動かなくなってしあった孫娘にミーアは、
「……ベル、当然、わたくしにも同じ説明をしてくれるんですわよね?」
じとーっとした目を向けた。
「あ……やっぱり、聞きたいですか?」
くぐもった声で言ってから、顔だけ横に向けるベル。
「ええ。できれば、すぐにでも。いったい何があったのか、なぜ、あなたがまた、ここに来ることになったのか……」
ベルは、ううむ、っと唸って……。
「ええと、そうですね……やはり説明しておかなければいけませんね」
それから、ベッドの上に正座すると、とても生真面目な顔で話し始めた。
「これはボクの考えではなく、ルードヴィッヒ先生のお考えなのですが……」
と、そこで、ミーアは気になったことを指摘する。
「話の腰を折ってしまって申し訳ないんですけど、ルードヴィッヒはあなたの秘密のこと、知っているんですの?」
シュトリナだけならばまだしも、ベルはリンシャにまで自分の秘密を話したらしい。
いくらベルの口が軽いというか、自分の孫娘にしては、やたらと油断しがちな能天気で、割と適当なことが多いとしても……そうそう簡単にあの秘密を話していいと思っているとは考えづらい。いくらベルであっても……。
「……あの、ミーアお姉さま、今、なんだか失礼なこと、考えてませんでしたか?」
ちょっぴり頬を膨らませるベルに、ミーアはおほほっと笑いを返した。
「いいえまったくぜんぜん。そのような事実はまるでございませんわ本当ですわ」
早口に言って、誤魔化すようにペラペラと手を振ってから、
「まぁ、ともかく、その辺りのことはどうなっておりますの?」
「うう、いまいち納得いきませんが、納得したことにします。ええと、そうですね。そこからですよね」
ベルは、うんうん、と腕組みしながら、
「実は、ボクが過去に来るということは、ミーアお姉さまの仲間のみなさんは、みんな知っているんです。つまり、ボクがいた未来はこのボク、『ミーアベルが未来から過去に来たことが周知されていること』が前提となっている世界なんです」
「……うぅん? はて……?」
と首を傾げるミーアに、ベルは指を振り振り、偉そうに説明を続ける。
「だから、未来の世界で、ボクの秘密を知っている人がたくさんいて、その人たちには、今のボクが秘密を話してもいいということになってるんです。なぜなら、ボクのいた世界では、”そういうこと”になっているからです」
「ええと、つまりベルの世界で、過去のベルから秘密を聞いたことがある人には、今、ベルが教えても未来は変わらないと、そういうことですわね?」
「むしろ、教えないとちょっぴり未来が変わってしまうかもしれません」
そうして、深々と頷くベルに、ミーアは、懸命に頭を働かせる。
ベルが言っているのは要するに、自分が来た未来というのは、自分が過去に行きいろいろと行動することを前提とした未来であるということだ。
――な、なんだか、ぐるぐる回っているような感じがしますけれど……うん、まぁ、そういうことにしておいて……。
なにがどうなって、そうなるのかはよくわからないが、とりあえず、そういうことにしておく。それが大事なのだ。
「そして、それは、ボクがある年齢に達したら過去に飛ばされるということが、あらかじめ認識されて、準備された世界でもあります」
「ああ、そうなんですのね。では、未来でなにかトラブルがあったから、過去に逃げてきたということではありませんのね?」
そう問うと、ベルは苦笑いを浮かべた。
「そうなんです。残念ながら。そんな便利な方法があるなら、ボクもあの弓で射られる前に行きたいですけど……。あれ、すごく怖かったんですよ?」
ベルは首をさすりながら苦笑いだ。ミーアもついつい想像してしまい、鳥肌を立ててしまう。首に矢が刺さったまま、しばらく意識があるというのは、なんとも恐ろしい経験だろう。
痛いのが嫌いなミーアとしては想像しただけで寒気がする。
「あ、そういえば、ミーアお姉さま。未来の世界で『わたくしたちは、どうやら首に呪いでもかけられたみたいですわ』とか言ってましたけど、あれは、どういう意味だったのですか?」
小首を傾げるベルを見て、ミーアは、さらに一つの事実を察する。
――なるほど……。わたくしが、断頭台から復活したというあたりの話は、特に聞かされていないようですわね。
「ミーアお姉さま?」
きょとんと不思議そうな顔をしているベルに、ミーアは小さく首を振って見せた。
「なんでもありませんわ。きっと夢の話かなにかでしょう。ふわぁ、今も、なんだか、変な夢を見たところで……」
「夢……?」
その時、だった。
ベルの顔が、不意に真剣さを帯びた。
「どのような夢でしょうか? お姉さま」
「え? ああ、大した夢ではございませんわ。ただ、わたくしが軽く毒殺されかかる夢で……」
言った瞬間、グイっとベルが肩を掴んできた。
「大事なことです。ミーアお姉さま、その変な夢の話、聞かせてください」