第六十一話 波乱のランチ、キースウッドは泣いていい
アベルの快進撃は続いた。続く二試合でも上級生に勝利した彼は、負けなしで昼食の時間を迎えることができた。
中庭の一角、ぽかぽかと日当りのいい芝生に敷物を敷き、アンヌとクロエが食事の準備を進めていた。
そのかたわらで、ミーアはアベルに微笑みかけた。
「すごかったですわ! アベル王子」
両手をぶんぶんさせ、興奮した様子で話しかけてくるミーアに、アベルは照れくさそうに笑みを浮かべた。
「いや、ミーア姫の応援のおかげだよ」
「そんなことありませんわ。アベル王子の努力の成果ですわ」
などと言いつつも、悪い気はしないミーアである。
上機嫌に鼻歌混じりに、ミーアは言った。
「それにしても、本当にお強いんですのね。わたくし、ぜんぜん知りませんでしたわ」
それは、ミーアにとって、とても予想外の出来事だった。
――まさか、ここまで強いとは思いませんでしたわ。これならもしかしたら、シオン王子をぎゃふんと言わせることができるかも知れませんわ!
ミーアは、別にシオンやティオーナに復讐しようなんて大それたことは考えていない。
理由はもちろん危ないからだ。
なにしろ、ヘタなことをして恨みでも買おうものなら、ギロチンまっしぐらになってしまうかもしれない。
そんな危険を冒すぐらいならば、近づかない方がいい。
けれど、もし……、もしもその危険を冒すことなく、ぎゃふんと言わせることができるというのなら……それを応援するのはやぶさかではない。
いや、むしろ積極的に、全力で、全身全霊をもって! 応援してやりたいぐらいである。
「これならば、優勝も夢ではございませんわ」
「いや……、さすがにそれは、難しいと思う。なにせ、シオン王子がいるからね」
「大丈夫ですわ。アベル王子、必ず勝てますわ。自信をお持ち下さいな」
自分のことでもないのに、自信満々に断言して、どん、と力強く胸を叩くミーア。
「あなたは強いですわ。どうか、あのにっくきシオン王子を……」
「うん? 俺がどうかしたかな? ミーア姫」
「っ!? シオン王子?」
突然のことに、ミーアはぴょこんと飛び上がる。
――なな、なぜ、こんなところに、こいつらがいるんですのっ!?
ミーアの後ろには、シオンとキースウッド、ティオーナとリオラが立っていた。
シオンの分のサンドイッチはティオーナに持って行かせたはず。今頃は、どこか校舎の別のところで昼食を食べているはずなのに。
疑問をこめて、視線をティオーナの方に向けると、ティオーナは、なぜか、やってやりましたよ! みたいな顔をしていた。
親指をぐっと立てていい笑顔を浮かべている。
「ルドルフォン伯爵令嬢が、せっかくだから、ミーア姫たちと一緒に食べたらどうか、と言ってくれてね。お邪魔だったかな?」
「い、い、いえ、そそ、そんなことは、ございませんわ……おほほ」
そう答えつつ、ミーアは、思わず顔が引きつるのを感じる。
――前の時間軸で散々、わたくしの誘いを断ったくせに、こんなにもあっさりとっ!
そうなのである。ミーアは、前の時間軸、シオンに誘いを断られた挙句、この剣術大会をぼっちで過ごさざるを得なくなったのだ。ボッチで泣きべそをかきながら、用意したお弁当を食べたのだ……。
にもかかわらず、この態度……。
優しげな笑みを浮かべつつ、ティオーナやアンヌに話しかけるシオンを見ると、ミーアのお腹に、ふつふつと怒りの炎がわき上がってきて……。
「おや、このサンドイッチ、ずいぶん面白いな」
その炎は、アベルの声であっけなく消えてしまった。
「あ、あら、気づかれましたの?」
とたんに、ミーアはもじもじする。
アベルが、自分が作ったサンドイッチを手に取ったのを見て、急に落ちつかない気持ちになったのだ。
――アベル王子が、わたくしが作ったサンドイッチを見てますわ。ああ、そんなに見られると緊張いたしますわね。
ミーアは生唾を飲み込んで、アベル王子の反応を窺っていた。じーっと緊張に顔をこわばらせて……。
「ああ、これは、馬だね」
アベルは微笑みながら、サンドイッチをほおばった。
「うん、すごくおいしい。このサンドイッチ、すごくよくできているね」
その言葉に、ミーアは、ぱぁっと笑みを浮かべた。
「気に入っていただけたなら、なによりですわ」
サンドイッチを褒められて、ミーアは、なんだかすごく嬉しくなってしまった。
自然と体が弾んでしまったぐらいだ。
なにしろ、このサンドイッチの特徴は、言うまでもなく馬型なところである。
では、サンドイッチを馬型にしようと提案したのは誰か?
そう、ほかならぬ、ミーア自身である。
ならば、このサンドイッチに対する賞賛は、そのまま自分に対する賞賛と言っても良いのではないか?
ミーアの脳内では、そんなロジックが展開されていた。
ヘンテコな形のパンにはさめるように、中の具を調整したことも、パンがずれないように工夫を凝らしたことも……、キースウッドの汗と涙の努力はミーアの頭から飛んでしまっていた。
……キースウッドは泣いていい。
「アベル王子、少しいいだろうか?」
その時だった。
ティオーナたちとの会話がひと段落したのか、シオンがアベルのもとに歩み寄った。