第八話 呪われしクラウジウス家
「ふぅむ、ここでもなかったですわね……」
ミーアは心当たりの店を三軒ほど回ってみたが、シュトリナたちの姿は影も形もなかった。
「これは、もしかすると、まだ女子寮にいるという可能性もあるかしら……? 幸運の青いキノコは、身近なところに生えていると言いますし……。ふむ、困りましたわね」
「ミーア先生、あの……、あの」
ふと見ると、パトリシアがキョロキョロ辺りを見回しながら、瞳をキラキラさせていた。
「あのお店は……」
「ああ。裁縫店ですわね。大陸の最先端のデザインが揃っているということですけれど……」
「あんなにキラキラしたお店、見たことない」
「あら? あなた、帝都は見たことがありませんの?」
ミーアは思わず首を傾げる。
なるほど、セントノエルは確かに大陸の流行発信地ではある。けれど、帝都にだって、このぐらいのお店はある。それほど驚くこともないのでは? と思ったのだが……。
「はい。ずっとクラウジウス領の領都で暮らしてたから……」
それを聞いて、ミーアは鼻を鳴らす。
――ふふん、語るに落ちましたわね。わたくしの孫に化けようというのに、ルナティアに来たことがないなどと……。いや、でも、この子がベルと同じところから来たとは限りませんわね。そもそも、この子、あの光の中から現れたというだけで、時間移動をしたのではないということも考えられるかしら? ということは、わたくしの孫に扮しているわけでもない? ふぅむ……。
そもそもの話、ベルみたいなケースが何度もあってはたまらない。
あるいは、もしかすると、偶然にもタイミングが合ってしまっただけで、この子は、ベルとはまったく関係ないのかも? などと、考えてしまうミーアである。
――やはりヒントは、クラウジウス家ですわね。気になりますわね。クラウジウス家。絶対にどこかで聞いたことがありますのに思い出せませんわ。ぐむむ……。
前時間軸において、ルードヴィッヒにお説教されて以来、ミーアは努めて必要な名前は覚えるようにしてきた。そもそも、それより以前から帝国皇女として、帝国内の貴族の名前は、それなりに覚えてきたはずだったのだ。それなりには……最低限は……一応……うん……。
にもかかわらず、である! なぜか、クラウジウス家に対する印象がまったくなかった。
――外国の貴族ということも考えられますけれど……なんだか違う気がしますわね。ふぅむむ……。
考えた末、ミーアは、疑問を解消すべく動く。方法はとても簡単。
「ええと、パトリシア、クラウジウス伯は……」
そう……『爵位』を確定させるのだ。
家名だけでなく、爵位も合わされば、思い出せるかもしれない。そんな希望を胸に動き出したミーアだったのだが……。
「……伯? あの、クラウジウス家は、侯爵だけど……」
返ってきた答えは、意外なものだった。
「侯爵……?」
ミーアは思わず首を傾げる。なにしろ、侯爵家と言えば上位貴族だ。さすがのミーアでも覚えていないはずはない……きっと! たぶん……おそらく……うん。
にもかかわらず、覚えていないということは……。
「やはり帝国貴族ではない……? いえ、でも確かに聞き覚えが……あっ……」
その瞬間だった。ミーアの脳裏に閃くものがあった。
――あ……ああ、そうですわ! クラウジウス侯爵家! 聞き覚えがあるはずですわ!
思い出してみれば、覚えがあって当然のこと。なぜなら、クラウジウス侯爵家というのは……。
――パトリシアお祖母さまのご実家……。お祖父さまとご結婚なさる前の家名ではございませんの!
思わず、頭を抱えそうになるミーアである。まさか、自身に縁の家名を忘れているとは……。
なるほど、それは確かに失態ではあった。けれど、同情の余地もないではなかった。
なぜなら、ミーアは、クラウジウス家の者と会ったことがないからだ。クラウジウス侯爵家は、ミーアが産まれる前に、すでにお取り潰しになっていたのだから。
さらに、ミーアには、その名を記憶に残したくない事情があったのだ。それは……。
――ああ、そうでしたわね。呪われたクラウジウス侯爵家……懐かしいですわ。
『呪われたクラウジウス』
それは、ミーアが子ども時代に、何度か聞かされてトラウマになった、怪談話に登場する一族なのだ。しかもその怪談、血筋の者に恐ろしい怪物が訪ねてくる系の、タチの悪い呪いの怪談なのだ。
一応、念のため……誤解のないように言っておくと、ミーアは別に、呪いだとか幽霊だとかは怖くはない。全然怖くはない。だから、その手の話が出た時、耳を塞いでいたとか、そんなこともない。できるだけ聞かないように、記憶に残らないようにしていたなんてこともない。本当だ!
……とまぁ、そんなわけで、ミーアの中で、祖母の実家であるクラウジウス家というのは、記憶に残しておきたくない家の名前なのだった。
――ということは、この子はお祖母さまの名前をもらったわたくしの孫、ではなく、お祖母さま自身だと言いたいわけですわね……。敵ながら、よく研究しているということかしら……? はて?
と、そこで、ミーアは再び違和感を覚える。
なんだろう……なにか重大なことが見えてきそうな……そんな予感があって……。
――もしも、偽装するとして、そんな面倒なことをするかしら?
違和感は、疑問の形をしていた。
――そんな回りくどい解釈をするよりは、もっと、簡単な答えがあるのではないかしら?
ミーアが、推理に没頭しようとした……まさにその時だった!
「あら、ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下」
唐突に、ミーアに声をかけてくる者がいた。
――はて、誰かしら?
反射的に顔を上げたミーアは気付く。
考え事をしていたからだろうか。いつの間にやら、人通りのない裏路地に入っていたこと。
そして、そんな裏路地に一人の女性が立っているということ。そして、それは……。
「……はぇ?」
思わず、間の抜けた声を上げてしまった。
なぜなら、そこに立っていたのは……、
「うふふ、このような場所でお会いできるとは……。幸運を神に感謝したいぐらいですね」
ねっとりと絡みつくような……蛇のような笑みを浮かべる女性、バルバラだったからだ。