第七話 にじみでる、ヒロインの……貫禄?
さて食堂を後にしたミーアがやってきたのは、女子寮のシュトリナの部屋だった。
――まぁ、連れ込まれるとしたら、ここしかありませんわよね。でも……。
部屋のドアを前にして、ミーアはいささか躊躇いを覚える。
今頃、中では熱い友情の語らい合いが続いているのだろうと思うと、ついつい気後れしてしまうというか……。
――いいところを邪魔したとか言われて、リーナさんに怖い目に遭わされそうな気もしますわね。
さすがに毒は盛られないだろうが、ベルを失った時のシュトリナの傷心ぶりを思い出すと、怖くもあり、邪魔をするのが申し訳なくもあり……。
さりとて、のんびりしている時間もない。
ミーアは傍らに立つ少女、パトリシアを見て……お人形のように表情を動かさず、ただ小さく首を傾げる彼女を見て、ふむ、と唸る。
――この子が、蛇の関係者だというのであれば、必ずや何かしらの陰謀が動いているはず。この子自身は、そこまで脅威度が高くはなさそうですけれど、油断は禁物ですわ。
小さな火花をきっかけに国全体を燃やそうとするのが蛇のやり方だ。無害であったり、些細なことのようであったとしても、油断は禁物。ゆえに、ミーアは、はふぅっと深く息を吸い、それから、意を決してドアを叩くっ! が……!
「あら? いませんわね」
反応はなかった。念のため、ドアに耳を近づけて中の様子を探るも、中からは一切の音が聞こえてこない。
「てっきり、部屋で事情を話しているものとばかり思いましたけれど、どこかへ出かけたということかしら……?」
ミーア、刹那の推理タイムを経て……。
「なるほど……。町に出ていてもおかしくはありませんわね。親友との再会の後では、町に買い食いに出かけたくなるのが人情というもの。それに、買い食いに行くのに、セントノエル島ほど、適した場所はありませんし……」
そうして、ミーアは、食堂でケーキを食べていたシュトリナの顔を思い出す。
シュトリナもまた、ミーアと同じ、ティアムーン帝室の血を引く者。なれば、物証は十分。
「ならば、探しに行く必要がありますわね」
幸い、ミーアはセントノエル島の買い食いスポットを熟知している。
帝国の叡智の情報網はダテではないのだ。
「あの、ミーア先生、どこに行くのでしょうか?」
「町に出ますわ。セントノエル島の町を歩く機会は、貴重なのではないかしら?」
「セントノエル……? ヴェールガ公国の島?」
「そうですわ。ええと、蛇にとっても良い学びの機会になるでしょう?」
ミーアの問いかけに、パトリシアは素直に頷いた。
女子寮を出た途端、びょうっと強烈な風が吹きつけてきた。
「きゃっ!」
っと、可愛らしい悲鳴が響くっ!
そうなのだ、高等部に上がったミーアは一味違うのだ。
可愛らしいヒロインとして、可憐なお姫様としてのたしなみというものを身に着けたのだ! いきなり強風に吹かれれば、悲鳴だって可愛く上げられる――上げられる?
「あら? 大丈夫ですの? パトリシア」
……と思ったら、ミーア、けろっとした顔で、隣のパトリシアに声をかけた。
なんと、悲鳴を上げたのはミーアではなく、パトリシアのほうだった!
ちなみにミーアは、風に吹かれた瞬間「おお、すごい風ですわ!」などと堂々たる態度を崩さなかったのだ。なんなら、その顔は余裕たっぷりに微笑んですらいて……。
乗馬を嗜むようになって以来、風とお友だちになったミーアなのだが……強風にあおられても慌てなくなったせいか、奇妙な貫禄が出てきて、ヒロイン力が下がったという噂があるとかないとか……。
まぁ、それはどうでもいいとして……。
「この風では、まだしばらくは湖に船を出せないんじゃないかしら?」
ふと、そんな心配をしてしまう。
これから向かう町のほうにも、その影響は出ていた。いくつかの店は、商品が届かずに店を閉じてしまっているし、開いていたとしてもメニューが限定されていたりするのだ。
ミーアは、セントノエル島のスイーツ店の状況をすべて把握しているのだ。
帝国の叡智のスイーツ情報網は、ダテではないのだ!
「まぁ、さすがに食べ物がなくなることはないでしょうけれど……。いざという時には、森の中のキノコを食べればいいわけですし……」
あの大飢饉を経験したミーアである。いざとなれば森のキノコで三食我慢するぐらいのこと、わけないのである。
いや、むしろ……。
――ヴェールガ茸の塩焼きとか美味しいんじゃないかしら? それをみんなで食べるというのは、ちょっぴり楽しそうですわ。
そんな風に、ワクワクしてしまったりもして……。歴戦のミーアの胃袋は、この程度のトラブル、美味しいイベントごとに変えてしまうのだ。
「まぁ、この嵐であれば外部から人が来られないわけですし……普段より安全なはず。急ぎでもありますし……」
などとつぶやきつつ、ミーアはずんずん、町中を歩いていく。
力強く、油断に背中を押されながら、ずんずん、ずんずん、進んでいく。
その行く先に懐かしき敵が待ち受けていることなど、今のミーアは知る由もないのだった。




