第一話 再会
さて、そうして……図書館でベルとの感動の再会を果たしたミーアは……。
「…………はぇ?」
ミーア、思わず、おかしな声を上げていた。
一方のベルは、自らのかたわらに立つ少女を見て、しきりに首を傾げていた。
「ボクについてきてしまったんでしょうか? でも、そんなことあるって聞いてないですし……見たこともない子ですね……。誰なんでしょう?」
対して少女のほうは、辺りをキョロキョロと見回してはいるものの、その表情はほとんど動いていなかった。
「ふぅむ……」
ミーアは、そんな二人の様子を見つつ、小さく唸り声をあげて……。
「まぁ、いいですわ。とりあえず……」
と、気を取り直して笑みを浮かべる。
「また会えて嬉しいですわ。ベル」
大切なことは、それだ。
しばらくは会えないと思っていたベルが、目の前にいる。それだけで十分。
まぁ、なんだかよくわからない子どもがついてきているが、その程度は些細なことなのだ。
「元気にしているようでなによりですわ。それに、その服を見る限り、帝室も安泰の様子ですわね」
ベルが身に着けていたのは、上質なドレスだった。見ると、その表面はすべすべで、キラキラ輝いて見える。
「あ、はい。これは、ミーアお祖母さまの生誕二十五周年に仕立て人組合が作った素材で。『帝国の叡智の美肌』と呼ばれる布を使っています」
「…………そ、そう」
ミーア、微妙にひきつった笑みを浮かべつつ、自らの腕とドレスのすべすべ具合を見比べる。
――ふむ……まぁ、あのぐらい輝いていないことも……なくはないかしら? うん、まぁ、アンヌがお手入れしてくれていますし……。しかし、未来の帝国は大丈夫なのかしら……? なんだか、その一事を取っただけでも、不安が募りますけれど。
そのネーミング、止める者はいなかったのか? などと悩みつつ、まぁ、それはさておき……。
「まぁ、ともかく、どこかでゆっくり話を聞く必要がございますわね」
「帝国の叡智の美肌についてですか?」
「……いえ、そうではなく。あなたが再びここに来た事情とか、その子のことを本当に知らないか、とかですわ。どこかでゆっくりと……」
「失礼します」
その時だった!
図書室のドアが開く音。と同時に、入り口のほうから、可憐な少女の声が聞こえた。
「あっ、まずいですわ……」
その声の主の正体を悟り、ミーアは慌てる。なぜなら……“彼女”がこの場に現れたら、ゆっくり話を聞いている余裕なんて、なくなってしまうだろうからだ。
でも、同時に……。
――まぁ、止めるのも野暮というものですわね。
などとも思ってしまい、ついつい、動き出すのが遅れる。
その間にも“彼女”、シュトリナ・エトワ・イエロームーンは図書室の奥へとシュシュッと歩いてきていた。
「あ、ここにいらしたんですね。ミーアさま、生徒会選挙の準備のお手伝いに参りま…………」
すまし顔で入ってきたシュトリナ……。だったが、その声は途中で止まる。
なにか、事前に用意してきたのか、その手に羊皮紙の束を持っていたのだが……それがバサバサと音を立てて落ちた。
「あ…………」
その姿を見て、ベルのほうも固まる。けれど、すぐに気まずそうな笑みを浮かべて、
「リーナちゃん……えっと、た、ただいま……その……あの時は心配かけて……」
などと、もにょもにょ言い訳めいたことを言っているが……シュトリナは無言でそこに立ち尽くしていた。
刹那! 一歩、その足が前に出る。
二歩……まるで堤防が決壊するように、三歩、四歩、五歩!
シュトリナは走り出すと、勢いそのままベルの腰の辺りにガシッと抱き着き、
「……きゃあっ!」
そのまま床に押し倒した。
それから、ガッチリと両手でベルの顔を押さえて、じっくり観察。次に、その首筋を指先で、恐る恐る撫でた。
「ひゃっ、り、リーナちゃん! リーナちゃんっ! やっ、やめてっ! あははっ! くっ、くすぐったいです!」
ベルが、手足をバタつかせつつ、あられもない悲鳴を上げるが、シュトリナは撫でるのをやめなかった。それから……、
「かすり傷、一つない……」
ぽつん、とどこか沈んだ声でつぶやく。それからシュトリナはベルの顔を見た。
「あなたは……ベルちゃんの偽物? 蛇がそっくりな子を送り込んで、リーナの心を攻撃しようとしてるの? それとも、リーナ……ベルちゃんに会いたすぎて幻でも見てるの?」
「リーナちゃん……」
戸惑いを露わにするシュトリナに、ベルは、困ったように笑ってから、
「えっと、信じてもらえるかはわからないけど、偽物でも幻でもありません。ボクは……リーナちゃんのお友だちのベルです。戻ってきたんです」
そう言って、ベルは胸元から、なにかを取り出した。
「あっ……」
それは、古びた「小さな馬のお守り」で……。
それを見た瞬間だった。不意に……シュトリナの口から、小さな声が漏れた。
「んっ……ぅっ」
唇を噛みしめ、懸命に嗚咽をこらえるシュトリナ。けれど……抑えようのない歓喜の声は、容易に、少女の自制心を崩壊させた。
長いまつ毛が、ふるふるっと震える。見る間に、その愛らしい瞳にジワリと大粒の涙が浮かび上がった。涙はすぐに量を増し、目尻から、柔らかな頬を伝い、床へと落ちていく。
ぽろり、ぽろり、と……それが止まることはない。
「ただいま、リーナちゃん……きゃっ」
シュトリナは、無言でベルの首筋にギュッと抱きついた。
「ベルちゃん……ベルちゃんっ! わぁああああんっ!」
母親に泣きつく幼子のように、シュトリナはベルに抱きすがった。いつもの令嬢然とした仮面が剥がれ落ち、そこにいるのは年相応の一人の少女だった。
そんなシュトリナを抱きしめ、その頭を静かに撫でながら、ベルは優しい声で囁く。
「ごめんなさい。リーナちゃん……心配かけてしまって……」
そうして、シュトリナが落ち着くまで、ベルはその場から動こうとはしなかった。




