表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
616/1477

第二百三十三話 自分ファースト探求

 そうして、月日は巡り……。半年後。

 セントノエル学園には再びの春が訪れていた。

「それでは、ミーアさま、私は、学園の方と少し打ち合わせをしてまいります」

「ええ、お願いいたしますわね。新入生歓迎舞踏会には、学園の職員の協力が不可欠ですし」

 笑顔で挨拶を交わし、アンヌと別れたミーアは、一人で図書室を訪れていた。

 もうすぐやってくる、生徒会選挙の公約作りをするためだ。

「ふぅむ、毎年のことですけど、公約作りはなかなか大変ですわね。そろそろラフィーナさまに生徒会長の座を返上したいところですけど……」

 つぶやきつつも、思い出すのは、生徒会長に立候補した時のことだった。

「ふふふ、思えば、ベルがいなければ、わたくしが生徒会長をすることもなかったのですわね」

 ラフィーナの求めに応じて、生徒会には入ったかもしれないが……会長の座を巡って、ラフィーナと選挙戦を戦うことになるとは思ってもみなかった。

「思い返せば、いろいろなことがありましたわね……あの子が来てから。ふふふ、ベルがいなければ、こうはならなかったでしょうね……」

 生徒会長の件だけではない。四大公爵家の面々との関係も、今とは全く違ったものになっていたに違いない。

「サフィアスさんなんか、もしかしたら、政敵になっていたかもしれませんし、本当にわからないものですわ」

 今でこそ、頼りになるサフィアスであったが、出会ってすぐは見栄ばかり張りたがる、どうしようもない少年だった。あの生徒会長選挙がなければ、彼との関係がどうなっていたのか、想像もできなかった。

「それに、イエロームーン公爵家。あの家との仲も、もっと別のものになっていたはずでしょうし……リーナさんも……」

 と、そこで、ミーアは最近の悩みの種のことを思い出した。

「……リーナさん、表面上は平静を装っていますけれど、無理してますわよね、やっぱり」

 ベルがいなくなって、一週間ほど、シュトリナは魂が抜けたようだった。

 声をかけても、表情一つ動かすことなく、まともに会話をすることもできなかった。

 けれど、ミーアやエメラルダらの働きかけにより、一か月もすると徐々に元気を取り戻していった。今では、可憐な笑顔を浮かべることもあるし、お茶会にも参加する。その振る舞いは、一見すると、かつてのままだ。

 だけど……その顔に心からの、無邪気な笑みが浮かぶことはなかった。

 表面上は平静を取り繕ってはいるが、無理をしているのが見え見えで、ミーアも、周りのみんなも心配していた。

「ベルのことを、きちんとお話できればいいのですけど……」

 ベルの秘密のことを、シュトリナにだけは話しておこうと思っていたミーアであったが、シュトリナは頑としてそれを聞いてはくれなかった。

「ベルちゃんから聞くって、約束しましたから……」

 その一点張りだった。

「大丈夫です。ベルちゃんは死んだんじゃありません。よくわからないけど、ベルちゃんはきっと、天使みたいなものなんだって、思うことにしておきます。今は一度、天に帰っているけど、必ずまた戻ってくるんだって……。その時になったら、きっと全部話してくれるんだって、思ってますから……」

 なんだか、泣きそうな顔で、そんなことを言われてしまったので、もう、なにも言えなかった。

「リーナさんのことはなんとかしないといけませんけど……。なかなか大変ですわね。やはり時間が必要かしら……」

 それに、ルードヴィッヒたちにも説明はまだしていない。こちらは、いずれ説明する、で納得してもらってはいるものの、さて、なんと説明したものやら……。

「リーナさんの天使説で押し切るというのもありでしょうけれど……いずれにせよ、悩みの種は尽きませんわね……ふわぁ」

 そんなことをつぶやきつつ、とろん、と眠たげに、ミーアは瞳を瞬かせた。

「しかし……少し眠いですわね……。最近、夢見が悪いせいかしら…」

 アンヌと二人だけの部屋。それが、なんだか広く感じられて……ちょっぴり寂しくもあり……。そのせいか、最近のミーアは、少しだけ寝つきが悪くなってしまったのだ。

「不思議なものですわね。以前まではむしろ手狭に感じておりましたのに……。ふふふ、にぎやかな子でしたものね……」

 今でもふと、部屋の中でベルの姿を探している時があった。

 お祖母さま、と呼ぶ声が聞こえるような、そんな気がしてしまって……。

「あの子のためにも頑張らないといけませんけれど……ふわぁ……」

 っと、大きなあくびをもう一つ。

「ふむ、ダメですわね。眠たくって。やはり眠い時には寝るしかありませんわね」

 ミーアは、図書室の机に顔を伏せて、そっと瞳を閉じる。

「それにしても、やっぱり、なにか導が欲しいですわね。考えるヒントでもあればよいのですけど……どこかに、落ちてないものかしら……? あの本棚の辺りに、また皇女伝か、日記でも挟まっていれば……。ああ、未来の歴史書とかでもいいのですけど……」

 なんとなく、そんなことを考えた時……ふと視界のはずれ、奥の本棚に黄金の光が散ったように見えた。

「ベル……?」

 顔を上げ、そちらに目を向けたミーアであったが……。錯覚だったのか、光はすぐに見えなくなった。

 小さく首を振り、ミーアは苦笑いする。

「なんて、ね。ふふふ、感傷的になってますわね。頑張らないといけませんわね。あの子の、誇れる祖母になるために」

 ミーアの子や、孫が暮らす世界を少しでも良くするため。

 ベルが目覚める世界を、優しい世界にするために。

 ベルが笑って目覚めることができる世界、その世界こそが、ミーア自身が幸せを享受できる世界だと思うから。

 こうして、ミーアの『自分ファースト探究の旅』は続いていく。

「しかし……。頑張るにしても、やっぱりなにか導が欲しいところですわね。もしくは、なにか、甘いものが……」

 諦め悪くつぶやきつつ、時にサボりつつも、続いていく。

 ミーア以外の何者かになることなく、どこまでもミーアらしく、彼女は歩み続ける。

 その歩みの行き着く先がどこに繋がるのか、彼女と、彼女の帝国とがどこに向かうのか……。

 帝国の叡智という月の導く明日が、どのような世界となるのか……。

 知る者はまだ、誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ベル様の存在って大きかったんですよね。 ベル様を切っ掛けに、ミーア様は自分以外の人たちへの関心を強め、最後には子孫の繁栄まで願うようになったし。 心を癒やすにはまだまだかかりそうですよね。 …
[良い点] 半年経ってもミーアはまだこの有様ですか…。 なんだかシュトリナを気遣う事で自分を保っているようにも思えます。 [気になる点] シュトリナはさすが公爵令嬢ですね。 見ていて痛々しいですが、ち…
[良い点] え、なんか最終回近そう?もうあらかた片付いてしまったような。あとはミーアの皇女伝が誰が書いたものなのか?かな……シュトリナは1週間じゃ立ち直れないでしょう……自分の油断で毒を盛られてブロー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ